幼馴染がバイト先にやってきた。







「おい、橋本。彼女さん、今日も来てるぞ?」

「え、彼女?」


 アルバイト中、先輩が茶化すような口調でそう話しかけてきた。

 俺がアルバイトをしているのは、某ハンバーガーチェーン店である。もちろん学生客が多いのだが、彼女、と言われてピンとこなかった。

 とりあえず「テレテ、テレテ、テレテン」というポテトの揚がる音を聞きながら、俺は先輩の指先に視線をやる。すると、そこにいたのは――。



「このは……?」



 受け取り待ちで、手持ち無沙汰なクールビューティー。

 幼馴染の如月このはさんが、そこに立っていた。


「あの子、お前がシフトの時に必ずくるからな。付き合ってるんだろ?」

「つ、付き合ってませんよ!? 幼馴染です!」


 そして、改めてからかってくる先輩。

 だが俺は弁明する間もなく、他の人に呼び出されてしまった。


「いいですか、先輩? このはに変なこと吹き込んだら、怒りますから!」

「はいはい、行ってらっしゃい~」



 俺は不安を少し抱えながら、ひとまず店の奥へと向かう。

 先輩の悪戯っぽい笑みを見ながら……。





「(あ、和真。奥に行っちゃった……)」


 このはは、ボンヤリと彼を眺めながらそう思った。

 少しばかり残念だが、仕事中に声をかけるのはマナー違反だろう。その辺をしっかり弁えている彼女は、しょんぼりするだけで、アクションは起こさなかった。


「三百二十一番でお待ちのお客様~?」

「(あ、わたしだ)」


 そう考えていると、自分の番号が呼ばれる。

 今日はこれで帰ることになる。和真のシフトが何時までか分からないので、今まで待つことはなかったからだ。それがまた、少しだけ寂しいこのは。

 しかし仕方のないこと。

 そう思い直して、彼女は受け取り口へと向かった。すると、



「橋本のお友達ですよね? いつもありがとうございます」

「…………え?」



 不意に、店員からそう声をかけられた。


「それと、これはサービスっす」

「え、でも……」


 そして、一つだけのはずのシェイクが二つ。

 その店員はニッコリ笑い、それらを差し出してきた。


「あぁ、お金は俺のバイト代から天引きにしてもらうんで。お気になさらず」

「あの……」

「あぁ、それと――」


 矢継ぎ早に言い包められる。

 最後に、名もなき先輩店員はこう笑うのだった。



「橋本、今日はあと三十分で上がりですよ」――と。







「おつかれさまでしたー!」


 着替え終わり、外に出る。今日のバイトはこれで終了だった。

 いつもより比較的短いシフトだったので、給料は少なくなる。ほんの少し懐が寂しいここ最近だが、これも全部このはのためだ。

 俺は彼女を愛でるために、努力は惜しまないと決めた。

 というわけで、帰ろうとすると――。



「かずまっ!」

「え、このは!?」



 ――このはが、待っていた。

 彼女は両手にシェイクを持って、ニッコリと微笑んでいる。


「えぇ、どうしたんだよ。この時間だって知ってたのか?」

「えへへ、教えてもらっちゃった!」


 幼馴染はそう言って、片方のシェイクを手渡してきた。


「…………先輩、か」


 受け取りながら苦笑い。

 変なことは吹き込まれていないと願いたいが、どうなのだろう。しかし、とりあえずは感謝するしかない。そう思って、二人で歩き出した。


「お疲れ様、和真!」

「あぁ、このはも。いつもありがとな」


 シェイクを飲みながら、幼馴染に笑いかける。



「少し、溶けてるな……」

「あはは、でも美味しいね!」




 甘い甘い、シェイクのような時間。

 バイトの疲れは、これで一気に吹き飛ぶのだった。


 

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