勇者、高いところは苦手だけど女の子とのデートの観覧車なら喜んで乗る


 ニートシ岸壁で、インキュバスなる男にとっての宿敵を発見できれば、運命の女性に初めて会える(予定)。

 もしそこにいなければ、インテルフィのたっぷりもっちりふっくらおっぱいを揉める(予定)。


 どちらにしても俺にとって美味しい状況であるが、現状ではニートシ岸壁が有力そうな雰囲気だ。



「うわー、絶景ですねー!」



 潮風に流れるセミロングの金髪を手で押さえながら、パンテーヌが無邪気に歓声を上げる。


 ニートシ岸壁から臨む海は、壮観の一言に尽きた。既に日は落ちているが、絢爛に輝く星が深い青の中に立つ波飛沫を仄白く照らす。


 こんなに暗くても、空と海の境目はちゃんとわかるのだ――そのことを知ってパンテーヌは目的すら忘れて感動し、ラクスもまた微笑みを浮かべて見とれていた。


 俺も同じく、言葉を失ってしまった。


 家では海なんて、飽きるほど見ていた。しかし今、俺が目にしているのは見慣れた砂浜の海岸とはまるで違う。岩肌に叩き付ける波は荒々しく、海の色はどこまでも濃く、水の深さを物語っている。


 岸壁と聞いて俺が思い浮かべていたのは、海に突き出す平たい丘のような場所だった。お昼過ぎから夜の間によく公演されている、奥様達に人気の二時間サスペンス芝居でよく見るアレだ。ラストに真犯人が追い詰められて、動機を語ったあとな説得されて泣き崩れるシーンに選ばれがちなとこな。



 なのにだよ。



「エージ、随分と静かですけれど生きてます? 蘇生魔法が必要になったら、遠慮せずわたくしに言ってちょうだいね?」



 インテルフィが手押し車の荷台に乗った俺を振り向き、優しく声をかける。


 蘇生魔法が必要になる時は、『えーでもお願いするのは恥ずかしいなー申し訳ないなー』なんて遠慮どころじゃないだろうよ。だって死んでるんだもん。死んでたら喋れないもん。


 しかし、そんなツッコミを入れる元気など俺にはなかった。


 簡易な地図ではわからなかったが、ニートシ岸壁は激しく隆起した岩場が険しい登り坂になっていた。海辺ではあるけれど、先を行くには登山せねばならないに等しい場所だ。おまけに暗いせいで足元も覚束ない。


 ひいこらひいこら言いながらいくつもの岩を乗り越えてやっと登頂したと思ったら、そこからの景色を見て唖然としたよね……俺達が到着したのは終点じゃなくて、岸壁の果てはまだ向こう――その間には橋もなく、自然の厳しさをこれでもか! これでもまだ足りないか! とでも訴えているかのような深い谷が待ち受けていたんだから。


 落ちたら死ぬという点では同じでも、わざわざ下りなくていい分、断崖絶壁の方がまだ潔くてマシだと思ったわ。



 で――――俺達は現在、夜の帳の中、崖を登り下りしている。



 魔法で行けばいいじゃないかと散々訴えたよ! だけど『敵と対峙する時に備えて魔力を温存しておかねばならない』と却下されたんだ!


 そんなわけで自力で行くことになったのだが、ラクスとパンテーヌは命綱もなしに平気で崖を下り、景色を楽しむ余裕まである。


 俺? 普通に足が竦んで動けなかったよ!


 そしたらインテルフィが俺を手押し車に無理矢理乗せて、それを引いて崖下りを始めたんだ!


 それもさー、重力って知ってる? と問いたくなる感じでスタスタと垂直に岩壁を歩いてくんだよ。さすがは元女神様だよ。でもな、俺は普通に重力の影響を受けるんだよ! そこを考慮してくれよ!


 こうなったら手押し車から転がり落ちないように、荷台の縁を必死に掴むだけで精一杯だ。悲鳴なんか上げる暇すらねーわ!


 恐怖に流れる涙を拭うこともできず、恐らく血の気が引いて真っ白になっているであろう顔を無言で引き攣らせている俺を、インテルフィは何度も振り向いてランタンで照らしてはうっとりしていた。


 どんな状態の俺も萌え萌えなのはわかるが、今だけはやめてほしい…………さりげなくクールかつウェッティに、おしっこチビッちゃってるんで。

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