勇者、分不相応に調子ぶっこいてる奴に対してはとても厳しい
やっと降り立った谷の底は、想像以上に真っ暗だった。しかしランタンの灯りで照らしてみると、岩だらけではあるものの、崖の上に比べるとなだらかなようだ。
打ち付ける波飛沫が溜まったらしく、窪んだ箇所が水たまりとなっていたので、俺はそこでわざと転んでお漏らしで濡れたズボンを誤魔化した。さらに痛がるフリをして、腰をプリプリ可愛く振って股間をバシャバシャ洗っておいた。
ちょっと演技がうま過ぎたのか、三人には『こんなに痛がるなんて可哀想に……』と言いたげな強い哀れみの目で見られたけれど、お漏らしはバレずに済んだみたいだ。やっぱり俺様、天才イケメン!
俺の服を乾かすついでに軽く休憩をとったところで、対岸となるこれまた高い崖を眺めていたラクスが声を上げた。
「おい、あそこにあるのは、家じゃないか?」
「えっ……あ、本当だ! 家がありますね!」
ラクスとパンテーヌは、とても視力が良いらしい。二人がランタンを掲げる先を追っても、俺の目には崖の半ばに大きな亀裂があることしか窺えない。二人曰く、その隙間に、小屋らしきものがあるという。
それが、例の男の住んでいる家なのだろうか?
だとすると、相手が人間であるとは考えにくい。人間なら、あんな場所から市場に行くなんて毎度命懸けとなる。たとえ人と接したくなくて隠居生活するにしても、ここまで不便な場所は選ばないはずだ。
「あら……何か出てきましたわよ?」
おやつ代わりに皆で食したアガリカ町産オババ印のスウィカの皮で、俺に風を送っていたインテルフィが立ち上がる。おいこら、ナチュラルにスウィカの皮を俺に向けて投げ捨てたな? ペチンって頭に当たっただろ。今は髪を洗える状態じゃないんだから、無駄な汚れで頭皮と毛穴に負担をかけるような真似さらすなや。
が、文句を言おうとした口は、開いたまま固まった。
家があるという亀裂から出てきたのが、大きな黒いコウモリだったからだ。
大きな黒いコウモリ。
それはリラ団長を拐った者の『真の姿』であり、しかしあれが俺達の探している犯人であるならば、女の目には『己の理想像』に見えるという恐ろしい能力を持っていて……。
はっとして、俺は慌てて三人の様子を窺った。ラクスもパンテーヌも、インテルフィまでも、呆然と浮遊するコウモリを見つめている。
「お、おい! 皆しっかりしろ! お前ら、あれが何に見えているんだ!?」
必死に声をかけると、三人は不思議そうに俺の方を向いた。
「何って、コウモリだろう? 薄暗いところだし、いてもおかしくはないじゃないか」
「あんな大きなコウモリがいるなんて、フンとかすごそう……あの家に行きたくなくなってきました」
「それにしても立派なコウモリですわねぇ。そういえばわたくし、コウモリって食べたことがありませんわ。捕まえて、追加デザートにしましょう」
インテルフィの言葉にラクスとパンテーヌも賛同し、三人はこぞってコウモリに向かって石を投げ始めた。
おいおい、こいつら、リラ団長を拐ったのがコウモリだったってことすら忘れてないか? コウモリ食べてみたさで、目がギラギラしてるんだが。
とはいえ……この三人には、あれがコウモリに見えている、ってことだよな? てことは、あれってインキュバスでも何でもなくてただのコウモリなんだな。あー、ドキドキして損した。
「な、何するんだ、お前ら! 何故そんなひどいことをする!? お前らは好きな相手に石を投げていじめるのが趣味なのか!? 何てドSな奴らだ! いてっ、いてていてっ、やめ……やめーやああああ!!」
あれ? あのコウモリ……喋ってる……?
しかも好きな相手って、何言ってんだ? コウモリ好きな女なんてそんなにはいないと思うぞ? 俺みたいなイケイケなメンメンならともかく、いくら何でも自意識過剰すぎないか?
コウモリの分際で、無駄に自己肯定力高すぎだろ。いるよねー、ショボいくせにやたら自信満々で女の子にウエメセで絡む奴ー。
「くそ、しぶといな!」
「頭に当ててスタン狙うしかありませんね!」
「内臓を潰さないように気を付けてくださいね! せっかくの肉が傷んでしまいますわ!」
ほーら、全く相手にされてないじゃねえか。プークス、ダッサァ。
それにしても奴ら、完全に食欲に支配されてやがるな。コウモリが喋ってるのにも気付いてないみたいだ。
うーん、コウモリってそんなに美味しそうか? 羽根の部分が何か不気味だし、俺はあんまり食いたくないんだけど……。
「ちょ、ちょっと本当に待って!? もしかしてお前ら、私が『理想の相手』に見えてない!? 嘘だろ、何で!? どうして私の能力が通用しない!?」
…………ん!?
自称モテモテ(笑)コウモリが退治される姿を悠長にニラニラウォッチしていた俺だったが、奴の発言にはっとした。
『理想の相手』……能力…………やはり、こいつは!!
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