勇者、己の理想を求めてエロ絵を描いたことがあるけど絵心のなさに絶望してすぐやめた


「…………で?」

「で、とは?」



 仏頂面で尋ねた俺に、インテルフィが爽やかな笑顔で問い返す。


 俺が朝から不機嫌なのは、洞窟内で女子三人と一夜を明かしたというのに、ラッキースケベなエピソードが全くなかったせいではない。


 こんなにも紳士である俺を信用せず、おかしなことをしないようにと四方にバリアをかけられ、さらに睡眠魔法によって強制的に寝落とされたせいでもない。


 おかげでラクスとパンテーヌの寝姿を拝むどころか、胸と股間を期待に膨らませ楽しみにしていた寝込みを襲われる展開も打ち砕かれたせいでもない。


 それもあるけど、それだけじゃない。


 昨夜は俺の秘密の暴露やら二人の身の上話やらでうっかりしていたが、目が覚めて落ち着いた今、やっと気が付いたのだ。



「俺はコラー樹林に行こうっつったよな? 何でカイテンウン洞窟にいるんだ? 俺が我を失っている間に、予定変更したってのか? あぁん?」



 オラムラ村から一番近いのは、俺が提案したコラー樹林だ。


 コラー樹林はそれほど広くはないが、意外と入り組んでいるため中を探索するとなると余裕で一晩はかかるという話だった。つまり移動時間を考えると、立ち寄っていないことは明らかなのである!



「目的地はニートシ岸壁ですから、途中にあるこちらにも軽く寄ってみようという話になったのですわ」


「は!? 何でニートシ岸壁!? お前、俺の意見は自分の意見だっつったよな!?」


「ええ。エージが行こうと言う場所以外にしようと思っていたので、意見を聞きましたのよ。何かおかしいところはありまして?」



 インテルフィはしれっと答えた。


 そうだよな、お前そういう奴だよな!

 食事に誘おうとしたら俺に好きな食べ物を聞いてきて『わあ、奇遇ー♡それアタシが全部嫌いな食べ物ー♡好み合わないから一緒にごはんは無理だねー♡』って笑顔で断ってきた女ばりに嫌な奴だよな!!


 とはいえカイテンウン洞窟まで来てしまったのなら、戻ってコラー樹林に行くよりこのままニートシ岸壁に向かった方が早い。納得はいかないがごねても仕方ないし、インテルフィの決定に従うしかないだろう。


 これでコラー樹林にリラ団長が捕われていたら、その時こそお詫びにパイ揉みをさせていただくからな! 覚えとけ、クソ駄女神!




 カイテンウン洞窟を出てから、俺達はさらに東にあるニートシ岸壁を目指して進んだ。


 海に近付くにつれ、潮の香りが感じられるようになってくる。すると俺の胸にほんのりとホームシックのような感情が走った。


 海辺の我が家に移り住んで早五年。数日とはいえ、こんなに長く家を空けたのは初めてだからだろう。ずっと旅行にすら行っていなかったからな……。



「へー、エージが海に住んでいるのはワキャメとコンビュのためなのか」


「海藻類を摂ると髪にいいとは聞きますけど、効果はあったんですか?」


「どうなのでしょうね? 魔王討伐後は頭頂部に二本しか残っていないといった状態でしたけれど、ここまで戻ったのは事実ですわ。エージは食生活を改善する他にも、頭皮マッサージをしたりえっちな妄想をすると髪にいいんだと言ってえっちな本をたくさん買ったりと頑張ってましたから、海藻による結果かどうかはわたくしにもはかりかねますわね」



 なのに俺のおセンチなお気持ちは、インテルフィ達のクソみたいな雑談のせいでハラハラと流されてしまった。



「え、えっちな本を買ったのは髪のためだぞ!? 断じて俺がえっちだというわけでは……」


「頭頂部に二本……ゴキュの触角みたいだな」

「頭頂部に二本……ぶはっ! 想像するだけでキモウケるんですけどー!?」



 必死に弁明しようとするも、ラクスとパンテーヌは別のワードの方に気を取られたようで、それぞれ身を震わせたりバカ笑いしたりで俺の話など聞いてなかった。


 ま、まあ……えっちな本のことを突っ込まれなくて良かったとしよう。エルフがえっちなことをしまくるエロフものもたくさんあったし。




 のどかな田園風景が続く中、途中で出会った畑仕事に勤しむ村人に目撃情報を聞いてみたが、農家の皆様はやはり早寝早起きのライフスタイルだそうで特に手がかりは得られなかった。


 代わりにニートシ岸壁に最も近い村で、遅めの昼食を摂ろうと立ち寄った食堂で、感動するほど美味しいワキャメ汁と共に、俺達は有力な手がかりを入手した。


 ――数ヶ月前から、付近の市場に怪しい者が訪れるようになったというのだ。


 食事を終えるとすぐ、俺達はその市場に行ってみた。残念ながら今日は来ていないらしく、そいつに遭遇することは叶わなかったが、市場の者達からいろんな話が聞けた。


 その人物は全身を布で覆っているため、人相はまるでわからないが、声音から恐らくは男性だろうと皆は言っていた。ついでに、顔までしっかり隠しているせいで前がよく見えないようで、いつも躓いて転んでいるから『コロンさん』と密かに呼ばれているそうな。

 口数は極端に少ないが、そのおかげで市場では値下げ交渉をするのが常なのに言い値で商品を買ってくれるので、良客に分類されるらしい。仕事は何をしているのか尋ねたオバサンによると、相手は『画家でしゅるんっごっ』と激しく噛みながら答えたという。


 ここまでの情報を総合すると、そいつが変なことは確かではあるものの、俺達が探している誘拐犯とは何だか違うように感じた。


 だって人と関わるのが嫌で引きこもっている画家なんて、普通にたくさんいそうじゃないか。


 俺の独断と偏見では、画家というと厭世的で空想の世界に浸りがちで極端に人見知りな奴か、ヌードデッサンに釣られて絵を描き始めたエロい奴か、性癖全開のエロ妄想のワンシーンをリアルで見たいと考えて筆を取ったエロい奴のどれかといったイメージだ。話を聞く限りでは、そいつは人見知り系だと思われる。実はアガリカ町出身で、マーロも知ってる奴なのかも。


 しかし、そんなお気楽な想像はすぐに吹っ飛んだ。


 そいつが買っていくのは主に食料品だったが、この数日は購入する量が二倍に増えたというのだ。しかもこれまで衣料品などほとんど手に取らなかったというのに、『女物の衣類』を物色するようになった。これは怪しい。


 いきなり大食いになり、さらに女裝にまで目覚めた……なんてこともないとは言えないが、普通に考えるなら『家に女が一人増えた』と結論付けるのが妥当だろう。



 とにかく、そのおかしな男はニートシ岸壁付近にいる。

 そいつが俺達の探しているインキュバスかどうか、会って確かめてみようじゃないか!

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