勇者、自分がカッコ良く見える角度に関しては妥協を許さない


 バジリスク焼肉は、とても美味しかった。


 ラクスが旅のお供に持参してきた万能塩のおかげもあって、肉の量から察するに俺の体積の五倍くらいはあったと推測される巨大なバジリスクも、四人で皮まで全て食べ尽くすことができた。万能塩、まじ万能。



「エージが代償に奪われたのは……髪、だったんだな?」



 改めて、ラクスが問う。俺が小さく頷くと、今度はパンテーヌがバツの悪そうな顔で口を開いた。



「私達はてっきり、エージさんがその……薄いのは個人的な髪質の問題だと思っていたんです。力の代償として大切なものが奪われるって聞くと、ほらもっと何かこう、ね? 人の命だったり、自分の寿命だったり……エージさんの場合はデリカシーとか人としての魅力とか、そういった感じのものだと思ってました」


「確認しておけば良かったんだろうが、そういったことを突っ込んで聞くのは気が引けて、な?」



 二人は顔を見合わせてから、気まずそうに俺を見た。



「い、言っておくがな、俺だって知らなかったし選びようがなかったんだよ!」



 何とも言えない空気を払拭しようと、俺はわざと大きな声で抗議した。



 魔王討伐の途中でも、普段より抜け毛が多いとは感じていた。けれどそれは、入浴がままならない環境とストレスのせいだと思っていた。


 最初の頃は『ぽっと出の使えない奴だ』と皆に思われていたおかげで戦闘を任せることが少なかったし、伝説の剣の持ち主だと認識されてからも『魔王と対峙するまで力を温存しておくべきだ』と考えたナイーブン達によってサポート役に就かされていた。



 だから、魔王を倒すまで自分でもわからなかったんだ――――まさか代償が、髪だなんて!



 ちなみに、親父は俺が物心ついた時から髪が薄かった。薄いくせにやたらしぶとく減少が緩やかで、ずっと同じ薄らハゲ頭のままだった。

 それを見て育ったため、自分もああなるのではないかと心の奥底で危惧していたのだろう。俺が感じていた以上に、その思いは深刻だったらしい。


 確かにヘアケアには肌以上に力を入れていた。顔は変えられなくても、髪型はいつでも何度でも変えることができる。髪次第で、なりたい自分になれる。


 『代償』として奪われたことで、俺は初めて気付かされたのだ――――自分にとって、髪は俺が俺であるために、何よりも大切なものだったんだ、と。



「失ってみなければ、わからないことだってあるさ。何を大切にして、何を糧に生きているのかなんて、俺達は自分自身でも理解できていないのかもしれない。そして、知らなくても生きていけるというのは、常にそこにあるからで……とても、幸せなことなのかもしれないな」



 はぁ……俺ってば、本当に発言までイケメンすぎる。


 トドメにかました、フッと溜息をつきながらの憂いの表情も俺が最もカッコ良く見える角度でキメたったぞ。鏡で何度も確認したナンバーワンのイカす俺だ、多少髪が薄くたって蕩けてしまうだろう? そうだろう?



 チラリとラクスとパンテーヌの様子を窺うと、二人はひどく複雑な顔をしていた。焚き火の炎の勢いが落ちたせいだろうか? 笑いを堪えているようにも、泣きそうなのを堪えているようにも見える。



「そ、そうだな……失って初めて知るというのは、辛いことだよな……」


「エージさん、一番薄くなっている場所を見せつけながらそんなこと言わないでください……笑うに笑えなくなってしまいます……」



 何ですと!?


 慌てて頭に触れて確認してみると、パンテーヌの言う通りだった。俺的ベスト角度である、左斜めやや俯き加減になった時に相手に最もよく見える部分の密度が、いつもより低くなっていた。


 あはは、これだとダブルの意味で最も輝いて見えるよねー……じゃねぇわ、クソが!



「せっかくエージが秘密を打ち明けてくれたんだ。我々も、話そうか」



 ラクスが了解を得るようにパンテーヌを見る。パンテーヌが頷いたのを確かめてから、ラクスはそっと口を開いた。



「……私達がこんなにも必死になってリラ団長を救おうとしているのは、彼女に恩返しをしたいからなんだ。リラ団長は、私達を救ってくれた恩人なんだよ」



 それを聞いて、インテルフィはああ、と小さく声を放った。



「そういうことだったのですね。あなた達がわざわざ不満を堪えてまで、あの魔道士団に留まっているのが不思議でしたの。エルフという種族ならば魔力に信頼が置けますから、二人だけでフリーの魔道士として活動した方が効率良く稼げますもの。それに団長と団員という関係にしては、随分と心酔しすぎているように感じておりました。わたくしはてっきり、恋愛感情でも抱いているのかと」


「恋愛感情、ですか。生まれつき女を捨て去っているお姉様と違って、女子力溢れる私には言い寄ってくる者もそれなりにおりましたけれど……まだそういった気持ちが理解できないので、全てお断りしました。しかしあの方達が私に抱いた思いを恋愛感情と呼ぶなら、きっとそれ以上ですよ」



 さらりと姉をディスり自分アゲをかましてから、パンテーヌは先を続けた。



「私とお姉様は五年前の王国の危機の際に、村を魔物に滅ぼされました。命からがら逃げのびましたが、家族を失って途方に暮れ、それでも何とか飢えを凌ぎながらあちこちをさまよっていたところ、エルフ狩りに遭ったんです」



 パンテーヌの横顔に、暗い影が落ちる。見た目は人間の少女にして十四歳くらいだが、その表情はあどけない顔に似合わずひどく大人びていた。


 彼女達は、俺には想像もつかないほど辛い経験をしたようだ。恋愛については見た目通り、まだまだおこちゃまみたいだがな。



「すまない……俺がもっと早く『魔王』を退治していれば、君達を苦しませることはなかっ」

「その時に助けてくれたのが、リラ団長なのだ」



 俺の切なみ溢れるカッコ良い台詞を遮り、ラクスはインテルフィに笑顔を向けた。


 おい、何で俺をスルーする? 俺に惚れるのが怖いからか? そうか、なら仕方ないな。



「私達を無理矢理連れて行こうとした奴らを、たまたま通りがかったリラ団長が撃退してくれたんだ。たった一人で数人の男共を倒したリラ団長は、本当に格好良かった」


「家族を失ってから、誰かに救われるなんて初めてでした。二人だけで生きていくものだと思っていたから、私達を救ってくれる者がいるなんて思ってもいなくて」



 当時のことを思い出したんだろう、パンテーヌは涙ぐんでいた。


 その後、二人はリラ団長に拾われる形でヘイオ町魔道士団に入団した。しばらくは見習いとして修行期間を設けられたが、エルフだけあって高い魔力ですぐに魔道士認定試験に合格し、リラ団長に恩を返そうと日々頑張っていたという。



「私達は、何としてもリラ団長を救いたい。最初は、パンテーヌと二人だけで行こうと考えていた。けれど、それで失敗したらと考えると怖くて……!」



 ラクスがぐっと拳を握って身を震わせる。パンテーヌが涙目のまま寄り添うと、二人は互いに縋りつくように抱き合った。


 そうか……彼女達はずっと、大きな不安と戦っていたんだ。大切な人をまた失うかもしれない恐怖に押し潰されまいと、必死に耐えていたんだ。



「大丈夫だ、俺がいる」



 なるべく優しく、それでいて頼り甲斐のありそうな強い響きを心掛け、俺は二人に告げた。



「お前達の大切なものは、俺が守る。俺も、失う痛みを知っているからな……お前達には何も失わせやしない。こんな思いを、お前達にはさせたくない。いいや、絶対にさせないさ」



 なあ……俺、カッコ良かったよな?


 台詞はもちろん、キメの笑顔の口角の上げ方まで完璧だったと思うんだよ。ときめいてキュン死して昇天して、惚れて抱いて奪って結婚してって迫ってくるのが普通だよな?


 なのにどうして『リラ団長とてめえの髪を一緒にするな!』『キモい顔で薄ら笑いしやがって薄ら寒いんだよ薄らハゲ!』などと激しく罵られ、洞窟内を追い回されなきゃならんのだ!?


 パンテーヌの追尾火球も怖かったけど、ラクスの状態異常魔法の連打、まじでヤバかった……。全回復してくれるまで、いっそ殺してくれというほどの苦しみを味あわされたぜ!


 猛毒と麻痺と混乱と恐慌と石化と老化を一気に食らうなんて、二度と経験したくない!!

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