ニートシ岸壁〜VS.操られた美女(仮)
勇者、無意識に強敵と戦いながら過去語りできるほど強いみたい
この国を手中に収めようとした『魔王』――その姿は随分と想像と違ったが、面食らっている暇はなかった。
側近のドラゴン達は、ナイーブン達が必死に食い止めている。彼らの思いに応えるためにも、長い階段の上にある玉座にて、高みの見物を洒落込んでいる奴を倒さねば。
そう思うのに、体が動かない。まさか、あれが魔王だなんて信じられなくて――しかしそれが魔王である証に、俺の体は凄絶な気を受けて怯み、微動だにできなくなっていた。
『エージ、大丈夫』
そんな俺の身を、背後からあたたかく柔らかな感触が包む。インテルフィだ。
『わたくしがついていますわ』
彼女の体温が、身を縛る畏怖から解き放っていく。彼女の優しい声が、身を竦ませる恐怖を消し去っていく。
インテルフィの手が、俺の利き腕に添えられた。皮膚から溶け合い、一体になるような感覚。湧き上がる力はこれまで感じたことがないくらい熱く、内側から燃えているのではないかと錯覚したほどだった。
インテルフィと共に剣を握り、俺は魔王に向かって駆け出した。
すると氷の礫が降ってくる。凄まじい魔力が込められているらしく、触れた部分があっという間に凍った。しかし即座に治癒魔法で治し、さらに氷結対策に炎属性魔法を使って『ヌクポカアチチンバリア』を自身に施す。魔王に近付くほど勢いを増して襲いかかってきた礫は、剣で弾き飛ばした。
追加で登場した氷像のゴーレムは、炎熱ビームや旋風トルネードで倒した。背後にいるインテルフィの存在すら忘れて、俺は玉座に続く氷の通路を駆け抜け、氷の階段を駆け上った。
やっと到着した玉座。
実際に対峙してみても、そいつは魔王などという呼び名とは程遠い容姿をしていた。しかし、見た目を裏切るとんでもない強さで、やはりこいつは魔王なのだと身を以て知らされた。
魔王はHPがとんでもなく高いようで、インテルフィの加護をもってしてもひどく苦戦した。
どれほどの時間、戦っただろう、しかし俺はついに――――魔王に渾身の一撃を浴びせたのだ。
『∑∝††F、βF<F†Fーー!!』
言葉にならない声で断末魔を放ち、魔王は蒸発するように消え去った。キラキラと結晶のような光が散り果てていったが、あれは魔王の涙だったのかもしれない。
いや…………散ったのは、魔王の涙ばかりではなかった。
高台にある玉座から、戦っていたはずの仲間達を振り向いた俺の目が不可解なものを捉えた。
キラキラの中に、無数の黒く細長い物体が漂いながら舞い落ちている。それはさながら、漆黒の線が空中を泳いでいるみたいに不思議な光景だった。しかもその現象は、俺の周りでのみ起こっていた。
よく見ようと、視界を邪魔する前髪を指で払い除けた、その時だ。
風に流れるようにふわりと、波にさらわれるようにさらりと、その前髪がごっそり抜けて空に散ったのだ!
慌てて俺は自分の頭に手を当てて確認してみた。
ない。
いやまだ疎らにはあるけど、ほとんどない。
冒険に出たらしばらく髪を切れなくなるだろうと思い、半端に伸びてもカッコ良さをキープできるウルフカットにし、地毛の黒に染め直してもらった俺の……俺の髪が…………!!
「…………その疎らに残っていた髪も、すぐに散りました。あの時のエージは、えも言われぬほど素晴らしい輝きを放っておりましたわ!」
当時のことを思い出したのだろう。インテルフィがこの上なくうっとりとした表情で、ほうと甘い吐息をつく。
「風と共に散りぬ……いや、髪よ何処に去りぬ、だな」
「つまり残機は風前の灯火ならぬ、風前の灯毛だったのですね」
「うまいな、パンテーヌ。今回は素直に負けを認めよう」
「フフン。お姉様のくせに私に楯突こうなんて、百年早いのです!」
対してバカエルフ姉妹は、人の不幸で名言対決をしてくれたようだ。ありがてえこったな、こんちくしょうめ!
「って、え? え? え? 何なにナニ、何でお前ら、俺が魔王を倒した時のことを知ってるんだ!?」
驚いて飛び上がったところで、俺は辺りがゴツゴツした岩に囲まれた薄暗い場所であることに気付いた。
どうやら洞窟の中らしく、目の前には焚き火を囲んだ三人がいる。しかも焚き火には簡易なやぐらが組まれ、何かの肉が焼かれていた。
えぇ!? 何もかもがいつのまに!?
ぼんやりと過去を振り返っている内に、えらく時間が経過していたようだ。うわぁ、ビックリした……こんなに周りが見えなくなったのは、ちょいとえっち系の酒場で従業員の女の子達に乗せられて挑戦した脱衣ゲームで有り金全部使い果たした時ぶりかも。
「それにしてもエージさん、すごいですね。このバジリスクを倒している間も、ずっと過去を語ってましたよ」
木で突っついて肉の焼け具合を確認しながら、パンテーヌが言う。
ウソ!? 俺ってば脳内の過去を振り返りながら、それをずっと声に出してたの!?
「って、おい! これ、バジリスクなのか!? このバジリスクを俺が倒したって!?」
「ああ……覚えてないのか? この洞窟に入っていきなり襲いかかってきたのを、お前が『オニクヤサンカッター』とかいう技で一気に切り裂いて解体したんだ。ついでに皮剥きと骨抜きもしてくれたぞ? その剣で」
ぽかんとした顔で、ラクスが答える。
待て待て待て! 全く記憶にないけど……え? バジリスクってクソデカい蛇みたいな魔物だよな? それを倒したということは……!?
思うが早いか、俺はサークレットを外した。すると、はらはらはらりと、懸命に育てた努力の成果が抜け落ちる。
「うわーー! マジだーー! 何てことしてくれたんだ、インテルフィーー! 勝手に加護ったなー!? 許可なしで加護るのはやめろって、あんなに言ったのにーー! バカバカバカバカ、大っ嫌いーー!!」
どうしようもないとわかっていても、儚く散った己の一部だったものを拾い集めながら、俺は泣き叫んだ。
「はあ……エージの泣き顔、本当に可愛いですわね。これだからあなたの側にいるのを、やめられないのよ。ああ、ゾクゾクする…………ずっと見ていたいわ!」
俺の大嫌い発言など完全にスルーして、インテルフィはフリフリと激しく身を揺らして悶えていた。
俺、本当にこいつ、嫌い。絶対に嫁にしたくない女、殿堂入りのナンバーワンだ!
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