勇者、その手には乗らないぜといって乗るオチャメさんな一面がある
通勤なのか退勤なのか、やたら着飾っていたりやたらぐったりしていたりする人々が通り過ぎがてら、インテルフィのドレスにしがみついて喚き散らす二人をじろじろと見る。
するとインテルフィはふっと表情を緩め、二人のお揃いの金の髪を撫でた。
「あなた達がエージのことを決して好きにならない、好きになれないと改めて知って安心しました。でもね、どうかわたくしではなく彼を崇拝してほしいの。それがご無理なら、最低限で構いませんから勇者として……いいえ、せめて人として扱っていただかなくてはならないのです。そうでないと、エージは本気を出せませんもの。だってあなた達、彼にはどうしてもやってもらいたいことがあるのでしょう? わたくしも同じ気持ちなのよ」
はっとしたような顔で、二人はインテルフィを見上げた。
あれ、俺を崇拝しろなんていいこと言うじゃん! と感心しかけた俺だったが、よくよく考えてそうでないことに気付いた。
この女……要するにラスボスを倒す時に全力を使わせたいから、俺をあんまりいじめるな、適当に持ち上げとけと二人に訴えているのだ。
物は言いよう、危うく騙されるところだったぜ!
ふん、そんなタネも仕掛けもバレバレな手に乗るもんか。俺をバカにするな!
「エージ、悪かったな……その、実は私達も妹さんと同じような物語が好きで愛読しているのだが、それを魔道士団の男連中に揶揄されたことがあってな」
ラクスがきゅっと両手で俺の右手を握ってくる。
ひゃー! ラクスたんの方から触れられたの、初めてじゃない!?
しかも二の腕でローブの上からもわかる大きなおっぱい寄せてるから、むにゅっのむにょっでむにむにっな質感が迫って……んああ! 手が滑ったフリしてこの手をその谷間に沈めてしまいたい!!
「あの時は本当に腹が立って、仲間とはいえ許せなくて半殺しにしたんです。妹さんも同じ気持ちだったんじゃないかと思うと、どうしても我慢できなくて。ごめんなさい、エージさん。でも、密かに趣味を楽しむ私達の気持ちも、少しはわかってほしいんです……」
左手を取ったのは、パンテーヌ。
こっちはさらにあざとく、すりすりと手の甲を撫でつつ、うるうるの上目遣いで見上げてくるという小悪魔手法できた。
くっそ可愛い! 零れ落ちそうな涙を、そっとすくってやりてぇぇぇーー!!
「い、いいって、もう気にすんな。俺もカンチョー責め射精管理オンリーのマニアックな痴女物のエロ本が家族バレした時は恥ずかしい思いをしたからな。気持ちはわかるぜ?」
そう言ってウィンクを決めてみせると、二人は顔を引き攣らせてそっと俺の手を離した。
フフッ、俺の心の広さと理解の深さに打たれて、今更畏れ多くなっちゃったかな?
よぉし、エージ・ウスゲン、張り切ってまいりましたー! 二人にいいとこ見せるぞーー!!
「みんなぁ、ごめんなさぁい! お待たせしちゃったわねー!」
宿の前で待機していた俺達は、その声に顔を上げた。ナイーブンだ。
手押し車を預けたままだったのだが、旅に必要になりそうなものを詰めてくれるというのでここで待っていたのだが。
「運命の人候補が三十人以上もいたから時間がかかっちゃって。一次選考だけで、朝までかかっちゃったわー」
昨日の皆は、もれなく美味しくいただかれてしまったらしい。
一次選考って、何次まであるんだよ……。大賞、特別賞、部門賞とか、複数の受賞枠があったりするのかな……。
だが、それ以上に俺を驚かせたのは、ナイーブンの髪型だった。
「ナ、ナイーブン!? え、お前、その頭……!」
開口一番に突っ込んでしまったのも無理はない。昨夜はストレートのロングヘアだったナイーブンが、坊主頭で登場したんだから!
「あらやだ、ヅラ忘れてたわ。まぁいいか」
ナイーブンは特に気にしてなさそうで、ジョリジョリと自分の頭を撫でた。
坊主といってもツルツルではなく、ものすごく短く毛を刈り込んだという状態だったけど……あまりにも違いすぎて何が起こったかと思ったわ! ヅラやったんかい!
メイクはバッチリしてるのに、ヅラ忘れる神経が理解できんわ!
「へえ、ナイーブンさん、本当はそんなヘアスタイルだったのか。かっこいいな、私も真似したい」
自分のショートヘアの横髪を引っ張りながら、ラクスが言う。
「すごく楽よー? お手入れもそこまで必要ないし、お風呂上がりに髪を乾かす手間が省けるのがいいのよねー」
「エージさんも、あんな感じにしたらどうです? 今よりはカッコよくなると思いますよ?」
髪の話を振られたくなくて、そっと逃げようとしていた俺に、パンテーヌが顔を向ける。
「え、いや、俺は……」
「エージちゃんはダメよぉ! だってエージちゃんの髪は『能力の源』なんだもの!」
ナイーブンの言葉に、ラクスとパンテーヌが固まった。
「え……」
「え……?」
「え? あれ? 二人共、知らなかった? のかしら?」
ナイーブンがしどろもどろに俺を見る。
ラクスとパンテーヌも視線を寄越したが、俺は俯き目を逸らした。地面と向き合っていてもセッションして気を紛らわせるなんてこともできず、混乱と狼狽で頭の中が破裂しそうになっていた。
ギリギリで誰にも見られずに済んだと思っていたのに。
魔王を倒してすぐに氷の砦が崩れたおかげで、有耶無耶にできたと信じていたのに。
ナイーブンが全くそのことに触れなかったから、髪だけに間一髪で大丈夫だったと安心していたのに。
知られていた……あの姿を、見られていた……あんな、無様な、姿を……!!
――――そこからの記憶は、ほとんどない。
魂が抜けた俺をインテルフィが手押し車に乗せ、オラムラ村を出たようだが、ナイーブンに挨拶ができたかどうかも、ラクスとパンテーヌがどんな顔をしていたかも覚えていない。
脳内で、ずっと魔王を倒した時のことが無限に繰り返されていたせいだ。
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