勇者、高嶺の花は孤独だと強く深く痛いほど知っている


「確かに〜ぃぃ、わたくしが〜ぁぁ、戦えば〜ぁぁ、あっさり終わったでしょうね〜ぇいぇいぇい。しかしそれでは〜ぁぁ、エージに〜ぃぃ、魔王を倒させてあげることは〜ぁぁ、できなかったでしょうぉうぉうぉうぉう〜?」



 それを聞き、俺ははっとしてインテルフィを揺らすのを止めた。



「インテルフィ……お前、もしかして俺のために?」



 インテルフィが優しく微笑み、頷く。



「わたくしは、自分の力を自分のためにしか使いません。けれど、剣の所有者――自分が選んだ相手がわたくしの力を望むとあれば、話は別ですわ。その人に加護として力を分け与えることが、わたくしの今の生き甲斐です。わたくしが共にありたいと心から思った人ですもの」


「インテルフィ……」



 つまり、彼女が戦わなかったのは――俺に魔王を倒させることで、その栄誉と功績を与えようとしていたってわけか。


 そして自分のしたいことにしか力を使いたくない、けれど俺のためなら力を貸すことは厭わない、と。



 やばい……何だこれ。キュンって胸の奥が鳴った。ドキドキが止まらない。



 こいつ、こんなに俺のことを想ってくれてたのか?

 愛の告白は何度も受けていたが、まさかここまで愛されていたなんて……いや、わかってた。わかってたとはいえ、ちょっと自分の魅力が怖い。女神様すら一目でメガメロにしちゃうんだぜ!?


 インテルフィよ……お前、何て可愛い奴なんだ。俺を想う女はたくさんいたが、どいつもこいつも抜け駆けを牽制し合ってるのか、素直に言動や行動などで示してくれる者はいなかった。こんなにもストレートに愛を伝えてくれたのは、インテルフィ……お前が初めてだ。


 その勇気に応えて、お前を俺の最初の女にしてやろう。ああ、お前にあそこまで言わせたんだ。今度は男として、俺から言わせてもらうよ?



 ゴホンと咳払いをし、俺は改めてインテルフィの両肩に手を置いた。



「イ、インテルフィ…………お、俺と、夜空に煌めく星の歌を聞きながら、一晩中、愛の詞を語らわな」


「あら、エージ。鼻毛がこんにちはしてますわよ」



 ずっと前から考えていた俺の渾身の愛の告白は、言い終える前にさっくりと遮られた。続いて、鼻に強烈な痛みが走る。



「たくさん抜けましたわ! エージ、見て見て!」



 突然の苦痛に蹲る俺に、インテルフィは両手の人差し指と親指に挟んだ無数の毛を見せつけてきた。


 ねえ、両方の鼻の穴からそんなに鼻毛出てたの……? 多分違うよね……? 無駄に犠牲にさせられた奴もいるよね……?

 鼻毛とはいえ、たくさん抜けたとか言うのはやめてよぅ……その言葉、エージ、大嫌いなの……。



「もう、涙目になっちゃって可愛いですわね。わたくし、この地上に来て……いいえ、天界にいたころも含めて、今が一番幸せよ。エージという素晴らしい人に出会えたのですもの。こんなにもいじめて楽しい者は、天界にもいませんでしたわ。加護を授けたくなるのも、無理なくてよ。エージったら、奪われる度に毎回本当にいい顔をしてくれるのだもの!」



 最低……最低だ、こいつ!



 俺に加護を授けたのは、好きな男に手柄を与えたかったからじゃなくて、単に大切なものを失って泣く顔を見たいだけなんじゃねえか!


 はい、知ってた! こいつはこういう奴だよね!!



「インテルフィちゃん……あなたには負けたわ」



 ナイーブンが、そっとインテルフィの背後に寄り添う。


 今もまだ逞しい両腕には、ズタボロになったワリィヤ・ツダゼとかいうオッサンがお姫様抱っこされていた。



「あなたがそこまで、エージちゃんを想っていたなんてね。アタシなんかじゃ敵わないはずだわ」



 話、聞いてましたか? 前半はともかく、後半はただの自己中ドS暴露でしたよね?



「今だから打ち明けるけれど、アタシ、あなたが本物の女神だなんて信じていなかったの。ずっと女神キャラ設定で現実逃避してる、メンヘラちゃんなイタイ子だと思っていたのよ」



 あ、リーダーもですか。


 剣を手に入れて魔王討伐に行くまでの間、実家に住まわせてたんだけど家族も同じ反応で、皆して腫れ物扱いしてたよ。今となってはこんなアホにあんなに気を遣ったのが腹立たしいけどな!



「でも違った。あなたは本物の女神よ。だって…………こんなに素敵な運命の人を、アタシの元に連れてきてくれたんだもの!」



 そう言ってナイーブンは、腕に抱く全裸のオッサンに獲物を食らう直前の肉食獣じみた視線を落とした。



 …………はい?


 …………えっと、まさか!?



「あら、早計な判断は禁物ですわ。お外にも、たくさんおりましてよ?」



 インテルフィの言葉を聞くや、ナイーブンはオッサンを抱いたまま、瞬間移動かと思うほどの脚力で表に飛び出していった。俺も慌てて後を追う。


 そして、唖然とした。


 店の前は、まさに死屍累々。穴という穴から黒煙を放つ男達が、山積みにされていたのだから。恐らく全員、ぼったくり詐欺に関わった者達だと思われる。



 けれども!



「ふぅぅん……これだけたくさんいると、運命の人探しも大変そうねぇぇぇ? おい、お前ら! こいつら全員縛ってアタシの部屋に放り込んでおきな! 一人たりとも逃がすんじゃねえぞ!」



 リーダーだった頃によく聞いた野太い声に応じて、店員達は粛々と命令に従った。



 奴らは悪いことをした。その報いを受ける時が来たのだ。


 だがしかしけれども!

 同じ男として、これから彼らに起こるであろうことを想像すると同情を禁じ得ない!


 みんなあ、逃げてええええええ!!


 ……と叫べない代わりに、俺は彼らにひっそりと心の中でお悔やみを申し上げ、生還できたなら今度こそ心を入れ替えてまっとうに生きてくれますようにと祈った。

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