勇者、キッスは甘酸っぱいイツィゴ味だと信じてる
インテルフィがいなくなってから、俺はリーダーに促されて元の席に戻り、ちびちびと酒を飲みながら彼の身の上話を聞いた。
魔王を倒した後――リーダーは、他の二人と共に崩壊する砦から何とか逃げ延びたそうだ。
すぐに帰れなかったのは、魔王討伐の達成による興奮が収まらない女剣士が暴れ回ったり、長い間大好きなギャンブルを絶たれていた魔道士がいきなり自由になったことで病んだりと、まあいろいろあったせいらしい。紆余曲折を経てやっと二人を無事に送り届けると、リーダーも故郷に戻った。そこでリーダーは今度こそ自分の幸せのために生きようと決め、親に男しか愛せないこと、女として再スタートしたいということをカミングアウトして家を出た。
そして受け取った報奨金でこの店を建て、他店にも融資しながら、村の繁栄に貢献しているのだという。
「この村は、アタシの第二の故郷なの。ずっと本音を偽って生きてきたアタシがやっと見付けた、ありのままの自分でいられる場所なのよ。だからアタシ、何としてもこの村を守りたいの」
リーダーは盛大に口紅のはみ出したくちびるから吐息を零し、小さく微笑んだ。
ちなみに俺には失敗メイクに見えるが、肉感的な口元を演出するためにわざとオーバーリップにしてるんだって。指毛も脛毛もそのままにしてるのは、ナチュラルな抜け感を見せてるんだって。
その割にワキ毛は剃ってるし、胸にも詰め物しまくりだしで何かいろいろと矛盾してる上に盛大に間違ってる気もするけど、ソーナンダーで受け流しておいたよ。見た目はさておき心は女性だというんだから、優しくしなきゃだよな。ツッコミを入れる気力も湧かなかったともいうけどね……。
外見こそおかしな方向に突き進んでしまわれたが、ナイーブンの本質は変わっていないらしい。奴の口癖は『皆の笑顔を守るのが俺の幸せだ』というものだったから。
大切なものを守りたい――その気持ちは、俺にもよくわかる。だから俺は、ナイーブンに告げた。
「もしインテルフィが失敗したら、俺が行くよ。リーダーには世話になったからな。いつか恩返しできたらと思っていたんだ」
そう、ナイーブンが俺の恩人であることには変わりない。俺が心から尊敬した、あのリーダーだ。
「んもぉー、エージちゃんったら。アタシに恩を感じることなんてないのよ? だってエージちゃんに世話を焼いたのには、優しくすれば好きになってくれるかもしれないって下心もあったし……どうせなら、ラブを感じてほしかったわ。それでもぉ、どうしてもというならぁ、体で返してくれていいのよぉぉぉ?」
前言超絶撤回!
やっぱりこんなリーダー嫌だ!!
お尻を狙う……じゃなくて狙わせるリーダーなんて、俺の憧れたリーダーじゃない!!
ていうか待って待って!? 何で両肩をがっちり押さえてきたの!? 何で顔を寄せてくるの!?
ムッチュッチュッとくちびるを突き出し、ナイーブンがキス顔で迫ってくる。逃げようにも、とてつもない力で肩を掴まれて身動き一つできない。
嫌だあ!
ファーストキッスが柔らかなくちびるのふにっと感じゃなくて、青ひげジョリ感になるなんて絶対に嫌だあ! 誰か助けてえええええ!!
「ただいま戻りましたわ」
俺の危機を救ったのは、本物の女神だった。
「インテルフィーー!」
肩を押さえる力が緩んだ隙に席を立ち、彼女に駆け寄――ろうとしたのだが。
「ひいやあ!?」
俺は即座に悲鳴を上げて尻餅をついた。
彼女のたおやかな手が、小太りのおっさんの頭髪を掴んでいたからだ。もちろん、本体も引きずられながらのご入店だ。しかも何故か全裸で、口と鼻と耳とケツから黒い煙を上げている。
白目を剥いているがピクピクしてるところから察するに、死んではいない……ようだけれども!
「これ誰!? インテルフィ、お前、何したんだ!? というかこの人、大丈夫なのか!?」
「ナイーブンさんからお話を伺った、マフィアのボスさんだそうですわ。ちょっと体内から爆撃を仕掛けただけで、ちゃんと再生してさしあげましたから問題なくてよ。反応が面白かったので、十回……二十回? いえ、百回くらいやりましたけれど」
「何その拷問! 怖い痛いひどい! もっと優しく穏やかに話し合いするとかできたでしょお!? あんたねえ、いくら何でも十回と百回じゃ全然違うわよお!?」
腰を抜かしながら、俺は半泣きで俺は叫んだ。ナイーブンの口調が軽く伝染ってしまったけれど、気にしてられるか!
「ま、間違いない。確かに、隣のシュンノハ町を拠点にしているというマフィアグループのボス、ワリィヤ・ツダゼだ。インテルフィさん……エージも剣もなしに、ど、どうやったんだ? しかもこんな短時間で……あ、あんた、一体」
対してナイーブンは、昔のリーダー口調に戻ってしまわれた。
身を震わせる俺達を見て、インテルフィは清々しいほど艶やかに微笑んだ。
「このくらい大したことではありませんわ。だってわたくし、元は付けど女神ですもの。女神の肩書きは剥奪されましたけれども、生まれ持っての力までは失っておりません」
力は、失っていない……?
ということは……ということは、ということは!?
俺は即座にインテルフィの華奢な肩へと掴み掛かった。
「てことはお前、普通に戦闘もできるのか!? 俺、そんなこと今の今まで知らなかったんだが!?」
「だって〜、聞かれてませんもの〜。存在は封じられておりますけれど〜、解き放たれればこの通り〜、自由なのですわ〜」
俺の手で激しく揺さぶられながら、インテルフィが謳うように答える。
こんのアマぁ、いけしゃあしゃあと!
「それじゃあもしかして、お前一人でも魔王は余裕で討伐できたんじゃないですかい!? 俺達、あんなに苦労することなかったんじゃねえですかい!?」
「当然ですわ〜ぁぁ。でも〜ぉぉ、わたくしは〜魔王などどうでも良かったので〜ぇぇ、サポート役として観戦させていただいておりましたの〜ぉぉ」
「観戦しとらんと手伝えや、ボケー! それならわざわざ俺に加護を与えるなんて回りくどい手を使わずに、お前が戦えば良かったんじゃー! 返せぇい! 俺から奪った大切なものを耳揃えて返せえええええい!」
さらに怒りでヒートアップした俺によって、ガコガコと玩具のように振動させられても、美しい顔と長い黒髪はどこまでも上品だった。
レディに対して何たる乱暴な振る舞い……と眉をひそめる人もいるかもしれないが、こいつはレディなんかじゃありません!
ただの鬼です悪魔です意地悪駄女神ですと声を大にして言いたい!
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