勇者、暇を持て余した女神の遊びが理解できない


 ぺちん、と聞き慣れない音がして俺は振り向いた。


 ぺちんぺちん、ぺちぺちぺちぺち、と手を叩いて一人拍手しているのは、町長。町長はデスクの上でペンを走らせると、ぽかんと見つめる俺達に書き上げたメモを掲げてみせた。



『マーロきゅん、これでやっと苦手だった同年代の女の子と話せるようになったね♡おめでとう♡』


「親父……」



 ちょうちょが嬉しそうに踊るメモを見て、マーロが呆然と声を漏らす。


 いいから、ラクスとパンテーヌをはよ離せ。ラクスとパンテーヌもはよ離れろ。



『ボクがマーロきゅんの夢に反対していたのは、この弱点のせいだったんだよ♡だって皆が喜ぶ市場を開くためには、苦手なお客さんがいちゃいけないでしょ? それで特定の年代の子と仲良くできないマーロきゅんには、向いてないと思っていたんだ♡』



 はっとしたようにマーロが目を見開く。


 だーかーらー、町長と会話するならラクスとパンテーヌをとっとと離せっての。ラクスとパンテーヌもとっとと離れて、俺の胸に飛び込んで来いっての。



『でもマーロきゅんはボクの無茶振りにもちゃんと応えて、しっかり苦手を克服できたね♡これでボクもやっと安心して、マーロきゅんの夢を応援できるよ♡』


「親父……もしかして、このゲームはそのために? 俺のことをずっと思って、俺の夢を理解しているからこそ……俺が、苦手を克服して……夢を叶えられるように……?」



 マーロの問いかけに、町長が頷く。


 するとマーロは、入墨だらけの両腕の中にいたラクスとパンテーヌを強く抱いて泣き始めた。


 おいおいおい!

 それは明らかにおかしいだろう!! 泣くなら親父の胸で泣けやあ!!!!



「マーロ、良かったな。お前は立派な奴だ。私もこうしてお前と話せるようになって、嬉しいよ。これからも頑張れよ」



 ラクスが優しく微笑みかける。


 ちょっとー! 俺にはそんな笑顔見せてくれたことないよねー!?



「マーロさん、私もあなたの夢を応援してますよ。ほら泣かないでください、お父様に笑顔を見せてあげましょう?」



 パンテーヌが小さな手を伸ばし、マーロの短髪をナデナデする。


 ちょっとー! 俺にはそんなことしてくれたことないよねー!?



 悔しすぎて涙が出てきた。こうなったら癪ではあるが、インテルフィに慰めてもらおう。あのたわわなおっぱいに顔を埋めることでしか、この悲しみは癒やせない。



「インテルフィぃぃぃ〜ん!」



 俺は泣きながらインテルフィに飛び付いた。が、さらりと躱され、さらには後ろ手を取られてしまった。



「いでだでだ!」


「エージ、もらい泣きしてる暇はありませんわ。早く町長に目撃情報を聞きましょう。わたくしは早く帰って、エージに見立てたスライムもどきをブッ千切ってバラバラのグズグズにして再生させる『エー転生転殺ごっこ』をして遊びたいの。一秒だって惜しいわ」



 俺の腕を背面に捻り上げ、インテルフィが苛立たしげに言う。


 お前、そんな遊びしてたの? ごっこでも怖えよ!!



「わかった、わかったから! 町長、早く教えて! 腕が腕が腕が外れるーー!」



 息子が女の子と戯れる様を眺め、強面をほっこりと緩ませていた町長に、俺は必死で呼びかけた。



『獣人の女性は、東に向かって飛んでいったよ♡ビックリして途中まで追いかけたんだけど、速度が早くてすぐに見失っちゃった♡でもあの方向なら、オラムラ村を通ることは確かだと思うな♡』



 町長の乙女な丸文字に、俺は腕の痛みも忘れて見入った。



 オラムラ村……だと?


 オラムラ村というと、このカミタイ王国でも有名な、えっちなお店がたくさん集まるという村ではないか……!



「行こうすぐ行こう早く行こう即座に行こう!!」



 目を輝かせて、俺は皆に訴えた。



「お、エージ、やっとやる気になってくれたか? お前、性格はいろいろとアレだし披露した技もいろいろとアレだったが、剣術も魔法も腕は確かだもんな。何といっても勇者と呼ばれた男だ。お前が本気を出してくれるなら、心強い」



 駆け寄ってきたラクスが、満面の笑顔で俺の肩を叩く。



「エージさん、頼りにしてますよっ。女神のインテルフィ様と勇者のエージさんがいれば、きっとリラ団長もすぐに見付けられます。なるべく加護の代償が小さく済むように、私達も頑張りますから!」



 パンテーヌも俺に擦り寄り、明るく鼓舞する。


 えっちなお店に釣られただけだというのに、こんなにも純真な眼差しを向けられるのは若干心苦しいが……まあ、俺は全てにおいてパーフェクトな勇者だからな。キャーステキーされて当然なのさ! フフン、これぞ俺様の魅力の為せる技だぜ!

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