勇者、ギャップ萌え路線を狙うべきかと悩み中


 町長とマーロに一泊していくよう勧められたが、俺達は辞去してすぐに旅立つことにした。


 ならばせめて旅の足しにと、二人は町民に声をかけて食料品のおすそ分けを募ってくれた。



「エージさんって、あの魔王を倒した勇者様だったんすね……全然気付きませんでした。俺、憧れてたんすけどねぇ……」



 手押し車の荷台に、婆さんが持ってきてくれたスウィカを積み込みながらマーロがぼそりと呟く。



「うむ、わざわざ言うことでもないからな。それにもう昔のことだ」



 とは答えたけれど、ちょっとショックだった。


 見るからに只者じゃないイケメン感を放ってるのに、何でわからないかなあ? わざわざ言わなくても気付けよ! 気付かなくても、そうじゃないかと思ってましたくらい言えよ! あからさまにガッカリしてるように見えるんですが!?



「エージは本当にオーラがないからな。勇者だと聞いても素直に信用できないのは仕方ないさ」


「私達もインテルフィ様がいらっしゃらなければ、自称勇者を気取る、キャラは濃いのに髪は薄い哀れな人だと思ってましたよ」


「あはは……確かにインテルフィさんは神といった感じがありますけど、エージさんは髪が……ああいえ、親しみやすい雰囲気っすよね」



 ラクスとパンテーヌに釣られたのか、マーロは暴言を吐きかけて苦笑いで誤魔化した。


 誤魔化し切れてねーぞ、バッチリ髪がって言ったの聞こえたぞ、俺の心のシネシネメモにお前の名前書いておくからな、忘れないからな。


 マーロは同年代女子への苦手意識がすっかり消えたらしく、ラクスやパンテーヌだけでなく、食料品を持ってきた中にいた同級生だという女の子達とも仲良くお話していた。コミュ障が集う町だけあって皆おどおどしていたけれど、可愛い子も多い。マーロが声をかけると、どの子も控えめな笑顔で応えるところが羨ま恨めしい。


 俺だって、あんなふうに女の子に囲まれる学生生活を送りたかったよ、こんちくしょう!



「エージ、どうしたの? 元気を出して。もしかして、この町が気に入らないのかしら? あなたが望むなら、この町を本物の廃墟に変えることもできるのよ?」



 スライムもどきの件でゴキゲンなインテルフィが、俺の耳元に妖しく囁く。マーロに羨望と憎悪の眼差しを送っていたのを、曲解して受け取ったようだ。



「そ、そんなんじゃねえよ。たとえ気に入らないことがあったって、俺は破壊で解決なんてしない。お前とは違うんだからな!」


「あら、そうなの? つまらないわねぇ……」



 優しく俺の頭をポンポン叩くと、インテルフィは溜息を落とした。


 そうさ、俺はインテルフィの思い通りになんざならない。この駄女神の望むがまま、大切なものを犠牲にして破滅の道を歩んだ奴らとは違うんだ。


 俺は何としても、大切なものを守る!



「エージさん、本当にありがとうございました」


『エージきゅん、ありがとう♡』



 出発の準備が完了すると、俺達の前に、マーロと町長が進み出てそれぞれ感謝の思いを述べた。



「エージさんのおかげで、苦手だった同年代の女の子とも話せるようになったし、親父とも和解できました。『自分の目的のために何もしない何もできないなんて嫌だ』って言葉、俺の中では一生ものの名言っす!」


『あの言葉カッコ良かった♡ボクもシビレた♡明日にでもしたためて、町長室に飾る予定だよ♡』



 あれ、自分でもイカす台詞だったとは思うけど……何かごめん。あの時にはもう、町長にインテルフィぶつけて潰す計画が立ってたんだ。その余裕から出た言葉だったんだよ。


 なのにこんなにも有難がられると、ほんのり後ろめたさを感じるなぁ。



「想像とは違ったけれど……でもエージさんは、俺にとって最高の勇者っす! 応援してます!」


『勇者さん、頑張って♡またいつでも来てね♡』



 マーロの熱い眼差しと町長の強面に浮かべた微笑みに、俺は大きく頷いた。



「応援の言葉、しかと受け止めたぜ。魔王を倒すばかりが、勇者じゃない。皆に希望を与える、それこそが真の勇者だ。また来られるかはわからないが、悲しむことはない。俺は皆の勇者として、いつでも皆の心に生きているんだからな!」



 はぁ……ダメだ。


 俺、カッコ良すぎでしょ……こんなの腰砕け不可避でしょ……。俺、ついに自分に惚れちゃったかも……。


 マーロと町長はカッケースッゲーヤッベーと激しく盛り上がってくれたが、ラクスとパンテーヌの目はどこまでも冷ややかだった。


 さては町の女の子達まで虜にするんじゃないかと心配してるな? 全く独占欲の強い奴らだ。あ、インテルフィは差し入れてもらったゼリーを細切れにして遊んでたよ。スライムもどきと違って元通りにならないから、すごく不満そうでしたけれど。



 皆に手を振られながら、俺達はアガリカ町を後にした。


 まだ夜明けは遠く、相変わらず暗闇の中だったから、振り向くとわさわさ蠢く人影が一個の化物みたいで怖かった……振り向いたことを後悔したよ。軽くチビりかけたじゃないか!



 次に目指すは、さらに東のオラムラ村。


 聞いた話によると、飲み屋にダンスクラブにえっちなサービスを提供してくれる店などなど、俗に夜の娯楽と言われる店舗も丸一日営業していて、村全体が大人向けの観光地として成り立っているという特殊な村だ。俺も噂に聞いているだけで、まだ足を踏み入れたことはない。


 ボインボインなお姉ちゃんに誘われまくるんだろうなぁ、お金なんていらないから抱いてと迫りまくられそうだなぁ……と熱い期待に胸と股間をひっそりふっくらさせながら道を進んでいた俺は、知る由もなかった――――そこで昔の知人と、久しぶりの再会を果たすことを。

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