勇者、モブの分際でモブらしからぬ活躍をするイケモブは嫌い


「では、始めましょう」



 俺と頬を寄せ合った状態で、インテルフィが宣言する。


 反対隣を見ると、ラクスとパンテーヌも同じくぴったり頬をくっつけ合った状態で頷いた。



「用意……始め!」



 インテルフィの高らかな声を合図に、俺はスティックを齧り始めた――目の前にいる、町長の強面に向かって。


 俺の目論見通り、町長の咀嚼は開始早々すぐに止まった。スティックを通して、町長から震えが伝わってくる。サングラスで目は隠れているが、血の気を失って真っ白になった肌と大量に浮かんで流れ落ちる脂汗が、彼の恐怖を物語っていた。


 町長も見てしまったのだろう――元女神様の本気を。美しい瞳に宿る狂気を。深遠の深淵に映る、己の無惨な末路を。


 しかも俺が焚き付けたせいで、インテルフィの勝ちへの執念は先程よりも高まっているようだ。


 だって、くっついてる頬からとんでもない気を感じるもん……凄まじすぎて、冷気だとか熱気だとかのレベルを超越してる! おかげで全身鳥肌不可避! 怖すぎて、そっちに視線を向けることすらできねえ!



 狂気の塊と化したインテルフィから逃れるように、俺はマーロ達の方を見た。


 ラクスとパンテーヌは順調に食べ進めている。しかしその向こうで、マーロも町長と同じく蒼白となった顔面に汗ばかりでなく涙まで流しながら、徐々に近付いてくるエルフ姉妹相手に戦っていた。



 マーロ、持ち堪えてくれ!

 インテルフィ、とっとと殺っちまえ!

 町長、はよ恐怖に屈してギブアップしろ!

 ラクスとパンテーヌは食べる速度落とせ! 何としてもチューするな!


 俺だってまだチューしてもらってないんだからな!!



「あっ……!」



 声と同時に、ポキリと小さな音が響く。


 折れたチョコスティックの飛ぶ様が、やけにゆっくりと、不思議なくらい鮮明に見えた。



「…………負け、ですわね」



 インテルフィが静かに言う。


 口を離れたチョコスティックが床に落ちるより先に、町長はヘナヘナと崩れ落ちた。



「いやったぁあーー!」



 負けたのは、町長だ。

 インテルフィの圧に負けて、自らスティックを折ったのだ。


 いや、それでもよく耐えた方だと思う。俺なら秒で失神してたよ!



 だが、歓喜の雄叫びを放ったのは俺だけだった。



「え、マーロ……? おい、勝ったんだぞ? だからもう、続けなくていいんだぞ?」



 勝負に勝ったというのに、マーロはチョコスティックから口を離そうとしない。俺が声をかけても、じわじわとエルフ姉妹に向かって口を進めていく。



「ま、まだだ……俺は……まだやれる……! 限界まで……やってやる……! 俺の本気を見せて……親父に……っ、認めてもらうんだ……!」



 目を見開き、側にいるだけで震えるほど苦手だという同年代の女子達を至近距離で捉えながら、マーロは決死の言葉を吐いた。


 いやいやいやいや! たかだかポリゲーで無駄にカッコ良いこと言うなし!


 モブは勇者に救われて感涙してりゃいいんだよ! というか、本当にやめてくれよ! このままじゃ、ラクスとパンテーヌの清らかなくちびるが……!!



 あわあわと焦り狂う俺の前で、それは起こった。



 くちびるが触れ合うまで、あともう少し――――というところで、半ば抱き合いながらチョコスティックを齧っていたラクスとパンテーヌが体勢を崩したのだ。



「うわっ!」

「きゃっ!」



 二人がチョコスティックから口を離して叫ぶ。



「危ないっ!」



 仰向けに倒れかけた彼女達の腕をそれぞれ掴み、自らの胸に引き寄せるようにして抱き留めたのは、言うまでもなくイケメンの俺――――ではなく、マーロだった。



「あっ……サーセン。だ、大丈夫っすか……?」



 右胸にラクス、左胸にパンテーヌを抱くという勇者にしか許されないけしからんハーレム状態で、マーロは二人に尋ねた。



「あ、ああ……すまなかった。もう少しで成功だったのに」


「ご、ごめんなさい。私達がしっかりしていれば」



 申し訳なさ満点といった声音で謝り、ラクスとパンテーヌがうるうるの目でマーロを見上げる。


 おい、ふざけんな。何だ、この展開は。


 どうしてモブがこんなに美味しい思いをしている? この俺様を差し置いて、あいつがあんなにカッコ良い役を横取りするなんておかしいだろうが。


 マーロ、そこ代われ! そこは俺の特等席だ!!

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