勇者、ファーストキッスをする前に死にたくないしDT捨てたい
「ねえ、エージ。わたくし達もやってみません? 面白そうだわ」
町長にもう一本もらったらしく、インテルフィが肉感的なくちびるにスティックを挟んで微笑む。
ウヒョー、マジか!
ファーストキッスは素敵なお花畑で相手の指に花で作った指輪を嵌めてからのチュッか、綺麗な星空を仰ぎながら『キミの方が綺麗だよ』の決め台詞からのチュッか、この二択の予定だったのだが……フッ、インテルフィよ、お前、そんなに俺のこの熱いくちびるが欲しいのかい? 最後でなくていい、最初の女になりたいと、そう言いたいのかい?
初い奴よのう、ならばその願い、叶えてしんぜよう!
「お、おう、そうだな。マーロに手本を見せるためにも、やってやるか」
そう言うと俺はキリッと表情を引き締め、インテルフィの華奢な両肩に手を置いた。合コンに呼ばれなくなって久しいが、昔は木の枝を齧って咀嚼速度と顎の筋力を鍛えていたんだ。あの時の練習の成果、ここで披露してくれる!
いざ、あの薄紅色のくちびるへ!!
……と意気込んでチョコスティックの端を口にした俺だったが、即座に戦意は消滅した。
――――インテルフィが、これまで見たことがないほど恐ろしい目をしていたからである!
宝石のように蒼い瞳には、闘志を超えて殺意をも凌駕する狂気が満ちていた。一目見ただけで、絶望の奈落に突き落とされそうなそれは例えるなら深遠なる深淵――目を開いているはずなのに、世界が闇に包まれていく。何も見えない何も聞こえない何も感じられない。
それなのに――チョコスティックからくちびるに留まらず、全身を丸飲みにされて存在ごと食い尽くされる、そんな凄惨な未来だけは脳裏に思い描くことができる。それはとてもリアルで、現実に自分の身がまだ残っているのかわからなくなり、己の存在の認識が危うくなるほどだった。
耐え切れず、俺は首のスナップを効かせてスティックを折った。その微かな細い音が、俺にとっては生還を祝福する鐘のように優しく頼もしく聞こえた。
「手本を見せると豪語していたくせに、ヘタクソじゃないか」
「きっと悪い見本っていう意味だったんですよ。マーロさん、あれが失敗例ですからね」
床に崩れ落ちた俺に、ラクスとパンテーヌが野次を飛ばしてくる。
しかし俺はそれに反応することもできなかった。生きてる……生きてるんだ……そんな喜びを、口の中に残ったチョコスティックの欠片ごと噛み締めるだけで精一杯だった。
「んもう、エージったら。ここぞというところでカスの本領を発揮するんだから。でも、そんなザコザコしいあなたが好きよ? ねえ、もう一回やりましょう?」
そっと俺を抱き起こし、インテルフィが再び至近距離から迫る。その目には、いまだ冷めやらぬあの狂気の渦。
それを見るや、俺はぶんぶんと首を横に振り、全力で再試合を拒否した。
そうだ……忘れかけていたけれど、こいつは普通の女じゃない。元女神なのだ。嫌というくらい思い出したし、思い知らされた。
戦闘狂のバカ女がヒャッハーしていた時だって、ここまでイカれた目はしていなかったぞ……たかがポリポリスティックゲームで、世界を滅ぼす勢いで殺しにかかってくるな! 危うくファーストキッス記念日が命日になるところだったわ!
と、そこで俺は立ち尽くしているマーロに目を向けた。
マーロは今、俺と同じ状況に置かれている。たかがポリゲー、されどポリゲー。話すことも不可能な相手とのポリゲーなんて、拷問に等しい。
続いて、町長を振り向いてみる。サングラスと口髭のせいではっきりと表情は窺えないが、組んだ手の上に顎を乗せてマーロを眺める姿には余裕が感じられた。
奴がラクスとパンテーヌを指名したのは、マーロが同年代の女子が苦手だと知っているからだ。どうせできないだろうと高みの見物を決め込んで、息子が降参するのを待っているに違いない。
マーロが泣きそうな顔で俺を見る。助けて、とその表情は言葉より強く訴えていた。
「マーロ……」
名を呼んで、それから俺は言葉に詰まった。
何て言えばいい?
頑張れ? 自分もリタイアしたのに、彼には強要するのか?
降参しろ? あんなに熱く嬉しそうに夢を語っていた彼に、それを諦めろと?
何か良い方法はないか?
過去のポリゲーを思い出せ。ほとんど参加させてもらえなかったけれど、食い入るように見ていただろう。友達があまり好みでないタイプの女の子とゲームした時、逆に超絶可愛い女の子があまりイケてない男とゲームした時、スティック菓子を折る以外にキスを回避した奴はいなかったか?
俺が参加した数少ないゲームでは、確か――。
そこで俺は、はっと閃いた。
ったく、かつては『合コン荒らし』と呼ばれ恐れられていたエージ様としたことが。勇者となって以降、畏れ多すぎて誰にも声をかけられなくなったせいで、勘が鈍っていたようだな。
こんな根本的な問題に気付かなかったとは!
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