勇者、スライムもどきで唇作ってよくキス練してた


「おいおい、町長さんよ。あんた、ゲームをするって言ったよな? だがこれは、ゲームじゃない。だって、ゲームとしての基本がなってないんだからな」



 不敵な笑みを浮かべながら、俺は町長に物申した。


 町長がマーロから俺に視線の向きを変える。何か言おうとペンを走らせるのが見えたが、構わず俺は告げた。



「ゲームに参加してるのは、俺達のチームばかり。なのに対戦相手であるあんたは、そこで見てるだけじゃないか。こんなのはフェアじゃない。ただの罰ゲームだ。しかし負けてもいないのに罰ゲームをさせられるなんて、おかしいだろう!」



 俺の指摘に、町長は初めて小さく、あ……と声を漏らした。


 そう――ポリポリスティックゲームは、罰ゲームに使用されることが多い。


 俺が参加を許されたのも、罰ゲームの時のみだった。むしろ罰ゲームをしたくて、わざと他のゲームに負けるよう頑張ったくらいだ。



「ということで、あんたにも参加していただく。相手は余りの俺とインテルフィだ。これであんたとマーロの対決って形で、フェアなゲームになるよな?」



 町長があわあわとペンを走らせる。



『でもボクには奥タンがいるんだよ? それにパパが目の前でママ以外の人とチュッてしちゃったら、マーロきゅんショック受けちゃうよ!』


「安心しろ。インテルフィは元女神だし俺は元勇者だから、チュッとしても浮気相手にカウントされない。大気と大地に触れたのと変わらないぜ」



 うん……自分で言っておきながら、無茶苦茶な理論だとは思う。


 だが、町長だって愛息子のファーストキッスを出会ったばかりの女達に奪わせようとしているのだ。くちびるばかりでなく夢までも奪おうというのなら、町長にも相応の覚悟を決めてもらわねば。



「エ、エージさん……」



 マーロがこちらに近付いてくる。不安げな眼差しに俺は笑顔を返し、大きな肩を叩いてやった。



「そんな顔をするな。俺が参加を申し出たのは、お前のためじゃない。フェアじゃないゲームが許せなかった……というのもあるが、自分の果たしたい目的のために何もしない何もできないのは嫌だった。それだけさ」



 ねええええ、俺のこの台詞カッコ良すぎなぁい!? リピートして永遠に聞いていられるよねーー!?


 あー、こんなクソ狭いところで済ませるなんてもったいない、全世界の全女子に聞かせてあげたぁーーい!!



「…………そ、そうっすよね。自分の目的や夢を叶えるためには、行動で示さなきゃいけませんよね。親父みたいに見てるだけ、どうせできないと言うだけ、そんな卑怯者にはなりたくないっす!」



 入墨だらけの身を震わせながら、マーロは自分に言い聞かせるようにぐっと拳を握り締めた。



「俺、やるっす! ラクスさん、パンテーヌさん、こっちでやりましょう! 親父に、見せてやるっす!」



 初めてマーロから声をかけられると、ラクスとパンテーヌは顔を見合わせて可愛らしく微笑み合った。


 ちくしょう、マーロめ……この二人とチュッチュできるかもしれないのか。羨ましすぎて、心がハゲそう!



「そ、それじゃルールを変えないか? 同時に開始して、先に折れた方が負けというのはどうだ?」



 ラクスのうるうるくちびるとパンテーヌのつやつやくちびるを見て、これが目の前で奪われるかもしれない……と考えると我慢できなくなり、俺は変更を申し出た。



「何でもいいから早くしてくれ。お腹が空いた」


「私達はどっちでも構いませんよ。早くスティック食べたいです」



 ラクスとパンテーヌは己のくちびるより、目先の食欲に心奪われているようだ。


 ちょっと! 女の子なんだからもっと自分の体を大事にしなさいよね!



『ボクもそれでいいよ♡勝ってもチュッしなくて済むもんね♡ボクの奥タン、嫉妬深くて怖いんだ♡』


「ああ……お袋なら、女神様だろうと勇者様だろうと殺りに行くだろうな……親父をめった刺しにした後で」



 町長のメモを見て、マーロも同意した。


 え、君ん家のお母さん、どんだけ血気盛んなの? コミュ障ばかりだと聞いていたから物静かな人が多いイメージだったけど、そうでもないんだね?



「わたくしからも提案ですわ。一対ニで、まとめてやってしまいません? もう面倒ですし」



 インテルフィが申し入れついでに本音を吐く。


 こいつ、本当に飽きっぽいな……この調子で俺にも早く飽きてくれればいいのに、そこだけは何故かしつこいんだよなぁ。



 誰からも異論はなかったので、ルールはこれで確定した。


 マーロと町長には、部屋の中央で隣り合って並んでもらう。その向かいに俺達四人。マーロの前にはラクスとパンテーヌ、町長の前には俺とインテルフィだ。


 この一人対二人のフォーメーションでゲームを開始し、先にチョコスティックを折った方が負け。単純だが、一人側は同時に二本を折らずに食べ進めなくてはならないので、それなりのテクニックを要求される。



 だが、俺には勝つ自信があった。


 ああ、俺は負け戦には挑まない。マーロにデカい口を叩いたのも、勝算があったからだ。自分の果たしたい目的のためには、汚い手だって使わなきゃな!


 その汚い手をさらに強力にすべく、俺はそっとインテルフィの耳元に囁いた。



「インテルフィ、本気で頼むぞ。これに勝てば、リラ団長を早く見付けられるんだ。とっとと済ませて、家に帰ろうぜ。帰ったら、お前が大好きだった『スライムもどき』をまた買ってやろう。二度とあんなイタズラをしないと誓うならな」


「まあ、本当!? エージ、大好きよ! 世界で一番クソザコくてゴミカスなあなたを心から愛しているわ!」



 インテルフィが満面の笑みで俺に抱きついてくる。クソザコくてゴミカスなる言葉は、むんにゅり当たるおっぱいの心地良さに免じて聞かなかったことにしてやった。


 ちなみに『スライムもどき』とは、スライムという全身粘液質の魔物を模した便利グッズである。


 薬品を染み込ませて虫除けに置いたり、粘着力を活かして罠に使ったり、さらには芳香剤やら隙間補修やら幅広い用途ができることで愛されている国民的ヒット商品だが、切ってもすぐくっ付くし、汚れても洗えばいいし、火をつけてもなかなか燃えないので、インテルフィが気に入ってよく遊んでいた。


 しかしこのクソアマ……それを寝てる間に俺の頭にべったり伸ばしてくっつけやがったのだ!


 剥がす時に抜けた髪は、何と三十二本。


 怒った俺はインテルフィに罰として、今後三十二年『スライムもどき』で遊ぶことを禁止した。



 こいつが約束を守れるか不安ではあるが、俺がスライムもどきを捨ててからは数日間ずっとメソメソ泣いていたし、失う痛みというものをとくと味わったはずだ。だから、反省していると信じ……たい。喉元過ぎればでないことを、祈ろう!

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