されど、ミラーボールは回る
エージ・ウスゲン宅〜VS.駄女神&毒舌美エルフ姉妹〜
勇者、ハーゲムなんて作らない
「……それで? 気持ち悪すぎてお笑いの域にまで達したアホくさい自画自賛の次は、ノロケ話か? もう勘弁してくれよ」
さらりと黄金に輝く前髪をかき上げ、机の向こうに座っていた女が盛大に溜息をつく。
「違う、ノロケ話じゃない! それに自画自賛じゃないし、気持ち悪くないし笑うところじゃないしアホくさくもない! 全て真実だ! ちゃんと俺の話、聞いてたのかよ!?」
思わず身を乗り出し、俺は女に吠えた。
「聞こえてます聞こえてますー。耳が痛いくらいですー。さすが勇者様、さすゆう、さすゆうー」
美女というのは、嫌そうに眉を顰める顔も耳をほじほじする姿も美しい。目の前にいるのは、凛と釣り上がった眦に宝石みたいな翠の瞳を持つ、すっきりと整った顔貌の美しい女だ。
しかしこちらに向けられた視線も声音も、我々の間に置かれた手付かずのお茶より冷め切っている。とっておきの茶葉を使ったというのに、この仕打ち……俺もお茶も可哀想ではないか!
「まあまあ、お姉様。もう少しだけ我慢して、勇者様のお話を伺っても良いんじゃありません? せめて、依頼を断られた理由を教えていただかなくては。私達も手ぶらで帰るわけにいきませんし、まずはこの方が本物の勇者様かどうか、そこを見極めましょう」
美女の隣から割って入ってきたのは、これまた見惚れてしまうほどの美少女。
お姉様と呼んでいる通り、二人は姉妹だという。金の髪と翠の瞳、エルフの特徴である尖った耳、そしてこの暑い盛りだというのに見るからに分厚いローブ姿という点までお揃いだ。というのもこれは制服のようなもので、姉妹揃って魔道士という同じ職業に就いているのだそうな。
しかし姉の美女の方は、やや平均より小さめな俺より長身でショートヘアに黒のローブ、妹の美少女は低身長で肩ほどまでのセミロングに白のローブと随分と雰囲気が異なっている。また顔立ちも姉上は近寄り難いキツめの端麗フェイス、妹君は大きなくりくりの瞳に守ってあげたさがそそられる可憐フェイスと、二人それぞれ違って二人それぞれ良き良きな美し可愛いけしからんときたもんだ。
ハンサム系美女に正統派派美少女が来訪してくださったんだぞ? そりゃ良い茶でも出して、少しはいいとこ見せてやりたくなるってもんさ。俺ってば、心までイケメンだからな。
なのに、こいつらときたら……。
「こんなショボい奴が、伝説の勇者様であるはずがないだろう。だって、どう考えたっておかしいじゃないか。魔王を倒した勇者様だというのに、ここまでオーラもショボければ人間性もペラい、挙げ句に頭髪まで薄いなんてありえるか? 私の見立てでは、自分が勇者だと思い込むことで世知辛い現実から逃避してるアホってとこだな。頭皮だけに」
「ちょっとお姉様! うまいこと言った感はありますが、こんな薄キモ悪い奴とはいえ一応は初対面なのですから、少しは口を慎んでください! あ、勇者様、姉の無礼をお許しくださいませ。お姉様は私と違って全くモテないので、若干僻みっぽいんです。きっと、あんなに素敵な奥様を射止めた勇者様を羨ま恨めしく思っているんですよ」
「はああ!? 誰がモテなくて僻みっぽいだ!? あの女性はきっと、こいつの奥様などではない。恐らく、弱味を握られたか拐われたかで泣く泣くここに監禁されているのだ。そうに決まってる。いや、もしかするとあれは、眠っているのではなく死んでいるのかもしれんぞ……こんなDT臭丸出し剥き出しで、脳も髪もスカスカな野郎の側にいることを強いられたのなら、それを苦に自害してもおかしくはないからな!」
「た、確かに。この方がたとえ本物の勇者様だったとしても、こんな中身は哀れで外見は物寂しいなんて頭では女の子も寄り付きませんものね。勇者様であることを振りかざして、ハーレムを作ろうとしてあの人を……って、私達の身も危ないのでは? イヤです! 私、ハーゲムに組み込まれるくらいなら潔くこの人を殺します!」
二人は天井を見上げて、ないことないこと好き放題言っている。そこには、俺が縄を編んで作った手製のハンモックがぶら下がっていた。
天井といっても狭くて小さな平屋だから、我々のいるダイニングテーブルからでも中でぐうすか寝てる奴の姿が見える。縄の編み目が緩い上、こちらに体を向けて横になっているおかげで、安らかすぎるほど安らかな寝顔までバッチリだ。
奴が全く身動きしないせいで、あらぬ誤解を生んでしまったらしい。もうお昼過ぎだというのに来客にも気付かず、ぐうたら寝くさりやがって……本当にだらしない女だ。
しかし、トラブルメーカーな同居人の存在など今はどうでもいい。俺が怒りに震えているのは、この二人が俺の逆鱗に触れたせいだ。
頭髪が薄いと薄キモ悪いは耐えた。髪がスカスカというのも、辛うじて堪えよう。物寂しい頭も、悔し涙を飲んで我慢する。まだ頭皮が本調子じゃないだけだし、髪をセットすればわからなくなる程度なのだが、それを実践してみせたら二人の心を奪ってしまう。姉妹の仲を引き裂くような、罪な男にはなりたくない。あとDTなのは真実だから、突っ込まないでおいてやる。無駄に傷付きたくないので。
だが…………ハーゲムとは何だ、ハーゲムとは! ちょっぴり髪が少なめだというだけで、何故そこまで言われにゃならん!?
全てがパーフェクトな俺様だが、今はちょっぴり髪についてコンプレックスを抱いている。こんな辺鄙なところに引きこもっているのは、その唯一のコンプレックスを克服しようと頑張っている最中だからだ。
なのになのになのになのに! どうしてこいつらは傷を抉って塩を塗り付けて、さらにそこを擦って徹底的に痛め付けて、周辺の産毛すら根絶するようなことを言うんだ!?
俺が『彼女達の依頼を断った』からか? だとしてもこんな仕打ち、あまりにもあまりにもあんまりだろう!!
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