才色兼備な生徒会長が食材を抱えて部室に押しかけてきます。

おうすけ

才色兼備な生徒会長が食材を抱えて部室に押しかけてきます

 俺の名前は米倉昌彦よねくらまさひこ、西南高校の一年生。

 普通の男子学生で、誰からも注目されない平凡な日々を過ごしている。

 趣味は料理を作る事で、一応学校でも料理部に入っているのだが、三年生が卒業した後の部員は俺一人だけとなった。

 もし四月に行われる部活総会までに部員数が三名に達していなければ、料理部の廃部が決定する。

 しかし俺は無理に部員を集めるつもりも無く、残された三ヶ月間をのんびり過ごす事を選んだ。


 家は自営業で米倉米穀店よねくらべいこくてんを営んでいる。

 特別裕福でもない普通の家庭だが、家系図を遡れば戦国時代から続く米倉家の末裔らしく、由緒正しい家柄とは聞いている。


 そんな俺が学園一の美少女と運命の出会いを果たすとは、その時はまだ想像もしていなかった。



◇ ◇ ◇



 運命が動き出した日、その日は俺の誕生日だった。

 彼女でもいれば誕生日イベントとして充実した一日を過ごせるのだろうが、陰キャな俺を祝ってくれる彼女はいない。


 目を覚ました俺が着替えを済ませて一階に降りると、父さんが朝食を食べている最中だった。


「お父さん、おはよう」


「おう、そう言えば今日で17歳になるんだったな。誕生日おめでとう」


「ありがとう。でも誕生日プレゼントなんていらないから。もう子供じゃないしな」


「へっお前に何か買う金があるんなら、母さんにプレゼントを贈るに決まっているだろ」


「へいへい。いつもお熱い事で」


「父さんと母さんは相思相愛だからな。お前も早く彼女を……って、そうだった!? 実はお前に伝える事がある」


 突然、父さんの表情が真剣な顔つきへと変わった。


「なんだよ、急に?」


「よく聞け! 米倉家の長男は代々、17歳を迎えた日からある異能が目覚めるんだ」


「いのう?」


「特別な力に目覚めるって事だよ」


「特別な力だって!? 漫画でもあるまいし、俺をからかってるのか? もしそれが本当なら父さんも長男だろ? 父さんにも異能があるって事だよな? だけど父さんって何処から見たって普通のおっさんじゃないか?」


「そうだな…… お前が言う通り俺は普通のおっさんだ。しかし不思議だと思った事はないか?」


「不思議に思った事ってなんだよ?」


「どうして俺みたいな普通の男に、母さんみたいな超絶美人が結婚してくれたのか?」


 確かに不思議に思っていた。

 母さんは美魔女と呼ばれ、テレビの取材を受けた事もある。

 その母さんが店番をしているおかげで、店には熱心な主婦達が通いつめ、それで店の経営が成り立っていた。


 確かに二人は相思相愛で、どちらかで言えば母さんの方が父さんにベタ惚れという感じに見える。

 

 俺がその事に気付くと、黙って俺を見つめていた父さんが笑みを浮かべた。


「米倉家の長男が手に入れるその異能とは、【運命の女性】と出会った時、その女性が最も欲しがっているものが文字となって見える力だ。相手の顔に文字が浮かび上がる感じだな」


「なんだよそれ!! そんな馬鹿げた異能がある訳ないだろ? 誰得だよ!?」


「戦国時代から数百年もの間、米倉家が今日まで生き残って来れた理由。それは米倉家を繁栄させてくれる【運命の女性】が分かったからだ。その相手さえ分かれば後は好きなって貰う努力をする。そしてその女性と結ばれれば米倉家は安泰って訳だ」


「顔に欲しい物が書いてある女性って…… 頭がおかしい人じゃないのか? そんな人がいる筈がない」


「まぁ、そう思うのも無理はないな。今は冗談だと思って聞き流しておけ。【運命の人】に会える確率なんて、宝くじに当たる確率と同じ位に少ないんだからな。米倉の家系で残っているのも運よく【運命の人】と出会い続けてきた父さんの家系だけだ。お前の代で途切れてもご先祖様は許してくれるだろう」


「はいはい、そう言う冗談は終わりにしようぜ。全く…… 夢物語は夢の中だけにしてくれよな」


「昌彦、【運命の人】と出会ったなら、お前は全力でその人の為に尽くせよ!! 相手の欲しい物が分かるなら簡単だろ」


「もうどうでもいいや。俺は先に学校に行くから」


 そう言うとバックを背中にかけ、自転車にまたがり家を出発した。


 家を飛び出した後、小枝に上って降りられなくなった子猫を見つけたので降ろしてあげた。

 その後、財布を拾ったので近くの交番に寄って警察官に預ける。

 更に歩道橋の階段を大きな荷物を抱えながら登っていた老人がいたので、荷物を自分の自転車に載せて一緒に渡ってあげた。


 俺は子どもの頃から困っている人を見ると助けたくなる残念な性格をしていた。

 

 そして最後にお目当てのパン屋へと立ち寄る。

 その店は早朝にも関わらず、出勤途中のサラリーマンやOLさんで繁盛している人気店だった。


「流石はテレビでも紹介される人気店だな。寄り道した分、予想より遅れたからな。何とかお目当てが残っていればいいけど……」


 俺は自転車置き場に自転車を置くと店内に駆け込んだ。

 通い詰めているので、商品の配列は頭の中に入っている。

 この店は曜日によって目玉のパンが変わる。

 今日の目玉は高級餡子こうきゅうあんこをたっぷりと使用した【限定あんパン】である。


 俺は迷うことなく狙いの商品の前に移動すると、残り一つとなっていた限定のパンを手に入れた。


「ふぅ~、ギリギリだった。この店の目玉のパンはすぐに売り切れてしまうんだよな」


 俺は焼きたてでまだ温かい【限定あんパン】とパックの牛乳を買うと、再び学校に向けて移動を始めた。

 学校についた後、部室でゆっくりと【限定あんパン】を食べる予定だ。




◇  ◇  ◇




 その後、俺が学校の正門前にたどり着いた時、周囲の学生達が何やら騒いでいる事に気づく。

 自転車を止めて、俺が騒いでいる方を見てみると学校一の美少女と名高い、秋田先輩の姿が見えた。

 

 彼女の名前は秋田小町あきたこまち

 一学年上の上の先輩で生徒会長をしている人だ。

 美人で成績も優秀、全国模試ではいつも一桁台を維持しており、誰にでも優しく面倒見の良い性格で学校のアイドルである。

 才色兼備とはまさに秋田先輩の為にある言葉かもしれない。


「秋田先輩がいるのか…… そりゃ周りがざわつく訳だ。こんな時間に登校していたんだな…… って!? おい…… マジかよ」


 なんと俺の目の前を歩いている秋田先輩の顔の頬には、黒色の文字が書かれていた。


【お腹がすいた何か食べたい】


「嘘だろ……」


 俺は周囲を見渡して別の生徒達の様子を伺ってみたが、秋田先輩の顔の文字の事を話している者は誰も居ない。


「やっばー、秋田先輩メッチャ綺麗」


「身体ほっそ。何を食べればあんな完璧な体型になるの?」


 などといった同性からも憧れと願望を含んだ声が聴こえてくるだけだ。


「マジかよ…… あんなにハッキリと顔に書いているのに?」


 その時、俺は父さんの言葉を思い出した。


 すると急に秋田先輩の顔に書かれている【何か食べたい】という言葉が目に焼き付く。

 

(秋田先輩、お腹がすいているのか…… 可哀そうだな)


 その考えが俺の残念な性格を刺激し始める。

 心の中で秋田先輩に何かを食べさせてあげたいという想いが高まり、そのまま俺は動き始めていた。


 周囲には多くの学生が登校している最中で、その殆どの者達が秋田先輩に視線を向けている状況なのだが、そんな事くらいでは俺を止める事は出来ない。


「秋田先輩!!」


 俺は目の前を通り過ぎ、数メートル先を歩く先輩に声を掛けた。

 他の生徒も先輩に声をかけた俺に視線を向ける。


「えっ!? 君は…… 私に何か用なのかな?」


「一年の米倉です。突然ですがもしお腹がすいているのなら、これを食べて下さい」


俺はさっき買ったばかりのあんパンを袋ごと差し出した。


「へっ!?」


 秋田先輩は突然の事に困惑している。


「朝っぱらから告白? しかもこんな人通りの多い所で馬鹿なの?」


「罰ゲームだろ? 普通ならあり得ないって」


「それに何を渡したって? パン? 馬鹿か!? 知らな奴から渡された食べ物を食べれる訳がないっつーの」


 周囲からは面白がる生徒たちの声が聴こえてきた。


「私がお腹を空かせているですって!? それでそのパンを私に……?」

 

 秋田先輩は俺を警戒していた。 

 だがそんな事はお構いなしで、俺は更に押し続ける。


「はい、そうです。すぐそこの有名パン屋で買ったばかりの【限定のあんパン】です。焼きたてなんで滅茶苦茶美味いですよ」


「いや…… 気持ちは嬉しいんだけど受け取れないよ。それに私、それ程お腹は空いてないから」


 秋田先輩はそう言っているが、いつの間にか【お腹がすいた何か食べたい】と言う文字から【あんパンが食べたい】へと書き替えられていた。

 これは今もっとも欲しいものが【何か】から【あんパン】に移行した事になる。


(先輩は今この【あんパン】が食べたい。それは間違いない)


「限定品なんで次に食べれるのは早くて一週間後ですよ!! 本当に要らないのですか?」


 俺の言葉を受けて秋田先輩は押し黙ってしまう。

 困っている様子だが、それは俺に対してでは無く、この【あんパン】という誘惑に抵抗している様にも見えた。


「馬鹿じゃね? あんパンだってよ、誰がそんなジジ臭いパンを食べるんだよ」


 そんな野次が飛んできた。

 しかし野次を飛ばした奴は分かっていない。

 焼きたての【あんパン】がどれ程美味しいかを!


 人気店が力を入れて作っているだけあって、原材料のこし餡は何種類もブレンドした深みのある極上品に仕上がっている。

 甘すぎず、口に入れただけで餡が蕩けていく感じだ。

 そしてフワッとしたパン生地が程よい弾力を与え、口の中を幸せで包み込んでくれる。


 更にパン生地には微量のコーヒー豆が混ぜられているので、焼けた香ばしいコーヒー豆の程よい香りが鼻腔をくすぐり食欲を掻き立てる。


 知っている人はいるだろうか?

 【あんパン】にブラックコーヒーが合うって事を!

 ブラックコーヒーの苦みにこし餡の甘みが混ざり合い、絶妙な味へと変化する。


 秋田先輩は必死に耐えていたが、その抵抗は無駄に終わる。


「もぅぅわかった! 受け取るけど、食べるかどうかは約束できないからね!」


 顔を真っ赤に紅潮させながら秋田先輩が陥落した。


「そうだ、これも一緒にどうぞ。同じ店で買ったばかりの牛乳です。よく冷えていますよ。もちろん賞味期限を確認して頂ければ新鮮だと分かって貰える筈です」


「もうぅぅ、何なのよ君は!!」


 何故、俺が牛乳まで差し出したかというと、当然書いてあったからだ。

 秋田先輩の顔には【牛乳】としっかりと書かれていた。


 あんパンに牛乳!

 これは古より伝えられている鉄板の組み合わせの一つである。

 【あんパン】を食べた後に牛乳を一飲みするだけで牛乳の甘みが増す。

 更に口の中の甘みを綺麗に取ってくれるので【あんパン】の食後の食感をスッキリと消してくれるのだ。


「先輩もやりますね。実に分かってらっしゃる」


 俺はそう言うと笑みを浮かべた。


「私には君が何をしたいのかが全然分からないよ。本当にこれでお終いだからね。牛乳もありがとうございました。じゃあ、私は行くから」


 その場から逃げる様に秋田先輩は【あんパン】と【牛乳】を受け取り建物内へと走り去って行った。


「受取って貰えたじゃないか。すげぇぇなアイツ」


「何言ってんだよ。キモられてたじゃん。どうせゴミ箱行きだって」


 そんな言葉が聴こえてきたが、俺の興味はそこではない。

 去り際に秋田先輩の頬の文字は綺麗に消えていた事を俺は見逃さなかった。


「欲しい物が手に入って満足したって事なのかな?」


 あの【あんパン】で秋田先輩の空腹が満たされたなら俺は満足だ。

 その後、朝食を食べ損ねて鳴りやまない腹をさすりながら俺は教室へと向かう。


 教室についても友達の少ない俺は一人でいる事が多い。

 休み時間になった時、俺の近くに集まっていた数名の男子の会話から秋田先輩の名前が聴こえてきた。


「今朝、あの秋田先輩に公開告白した奴がいたみたいだぜ」


「マジかよ。どうせ振られたんだろ? 秋田先輩の鉄壁は有名だからな」


「それがよ。どうやらプレゼントは受け取って貰えたみたいで、今まで誰に対しても完全拒絶だった鉄壁が崩れたって話で持ちきりよ。これはもう事件だって大事になってるみたいだぞ」


 どうやら俺の事を話しているみたいだが、誰もその男が俺だと結びついていない。




◇  ◇  ◇




 放課後、俺は一人で部室にこもり料理本を読んでいた。

 料理部の活動は一人でも続けているが、料理を作っても食べきれないからという理由で料理本を読む事が多い。


 そんな時、廊下を歩く足音が聴こえた。

 足音は料理部の教室の前で止まり、次の瞬間ドアがノックされる。


「あっはい」


 入って来た人物を見て俺は更に驚く事となる。


「秋田先輩!?」


「米倉君、お邪魔してもいいかな?」


「あっはい。ぞうぞ」


 俺は失礼が無いように空いている椅子に案内する。


 今朝、文字が書いてあった頬には今は何も書かれておらず、きめ細かく綺麗な肌しか見えない。

 至近距離から向かい合っているだけで、恥ずかしくなり俺は秋田先輩から視線を逸らした。


「実は今朝のお礼でお邪魔したの。あんパンとても美味しかったわ、ありがとう」


 そう言うと、秋田先輩は頭を少し下げて俺にお礼を伝えた。

 

(食べてくれて良かった)


 俺は素直にそう感じた。


「いえいえ。喜んで貰えたのなら良かったです」


 秋田先輩は真っ直ぐに俺を見つめている。

 長く艶やかな髪は絹の様に滑らかで、顔は芸能人の様に整っている。

 自分に厳しく周りに優しいと評判の秋田先輩の瞳は大きくてとても力強かった。


「実は貴方の事を調べさせてもらったの。私一応生徒会長をやっているから、少し位なら生徒の情報も手に入るのよ」


「それで俺が料理部だと知った訳ですか?」


「そういう事。それで今朝のお礼でもないのだけれど、一つ忠告してあげようと思って」


 秋田先輩の表情は決して優しいものではなく、逆に厳し印象を受けた。


「三ヶ月後に開かれる部活総会の時点で、部員が三名以下の部活は廃部となるわ。料理部は米倉君が一人だけだから、少しでも早く部員を集めた方がいいよ」


「なんだ。その事ですか…… その事は前任の部長から引き継いています。だけど俺としてはもういいんです。無理に部員を探すより、残り三カ月を自分なりに過ごせたらって感じです」


「そうなの? 自分でそう判断をしているのなら、私としてはそれでいいんだけどね…… 聞いた話だと部員はたった一人だというのに毎日部室にも顔を出して、ちゃんと料理も作っているらしいじゃない。真面目に部活動をしているのならきっと部活を存続させたいのかと思っていたの」


「他人に何かを強制するってのは余り好きじゃないんですよね。それに真面目に部活に出ているって言っても、今は一人だから料理を作っても食べきれないので、本を読んだりしている事の方が多いですよ」


 そう言って、俺は学校のキッチン台の上に積まれている料理本を指さした。


「へぇ~、そうなのね。その本を少しだけ読ませて貰ってもいい?」


「どうぞ、どうぞ。もし気になった料理があるなら作りますよ」


 冗談ぽく言ってみせる。


「うふふ。そんな催促はしないわ。貴方にこれ以上の借りは作りたくないもの」


 少し笑いながら、秋田先輩は積まれた料理本の中から一冊を選び、ペラペラとページを捲り始めた。

 

 本を読む姿も様になっており、優雅に本を見つめる秋田先輩はとても綺麗だと思った。

 流石は学園一の美少女と呼ばれるだけはある。


 つい俺も見惚れてしまっていた。

 しかし俺は特に目立つ所もないただの一学生であり、高嶺の花は愛でるだけが一番良いと知っている。


 その時、先輩の頬にまた黒い文字が浮かび上がっていた。


【オムライスが食べたい】


 そうしっかりと書かれている。


 ツンと澄ました様子と顔に書かれた文字のギャップに俺はつい笑ってしまう。

 

「どうしたの? いきなり笑い出して?」


「いえいえ、単なる思い出し笑いですよ。それより今朝のお返しとして俺のお願いを聞いてはくれませんか?」


「お願い!? まっまさか、エロい事じゃないでしょうね」


 秋田先輩は身の危険を感じたのか? 両腕で自分の身を守る仕草をする。


「違いますよ。ずっと一人だったんで料理を作る機会が少なくなって、学校に持ち込んでいる食材の減りが遅いんです。まだ痛んでいないんですが、そろそろ使い切った方が良い食材があるんで、今から簡単な料理を俺が作ります。良かったら一緒に食べて貰えませんか?」


 俺は先輩にオムライスを食べさせる為に体の良い嘘を並べた。


「私に米倉君が作った料理を食べろですって!? ねぇ、一体私に何を食べさせるつもりなのよ」


 秋田先輩は警戒心を強めている。


「怪しい物じゃないですって。それに作る所を見ていたら俺が変な物を入れていないかチェックできるじゃないですか」


「それもそうね。それで何を作るの?」


 秋田先輩は少し警戒心を解いてくれた。

 自分が納得したらちゃんと受け入れてくれる広い心を持っていた。


「オムライスですよ」


「オッ、オムライスですって!? もぅ…… どうして君は毎回、毎回、私が食べたい……」


 秋田先輩は分かりやすく動揺していた。


「先輩お願いします。食材を捨てるのは嫌なんで」


 適当に話を合わせてみた。

 もし本当に嫌なら断るのは簡単な筈だ。


「……仕方ないわね。私も資源を無駄に捨てるってのは好きじゃないから、そのお願いを聞いてあげます。もちろん今回限りよ。それに作っている所はしっかりとチェックさせて貰いますからね」


「はい。それで結構ですよ」


 そう言うと俺はエプロンを取り出し、手をしっかりと洗いった後、料理を作る準備を始める。




◇  ◇  ◇




 部室に冷蔵庫に持ち込んだ食材を保存していた。

 持ち込んだ日はちゃんとメモしているので、何日経過したかはすぐに分かる。

 オムライスを作る為の材料は運よく冷蔵庫に入っていた。


 まず最初の用意したのは鶏肉と玉ねぎ、両方を細かく刻み始める。

 次に油を浸したフライパンに火をかける。

 最初に入れるのは鶏肉だ。

 鶏肉に火を通しながら肉のうま味を引き出していく。

 しっかりと鶏肉に火が通った事を確認した後、玉ねぎを投入する。

 塩こしょうで味を調えながら肉汁を玉ねぎにしみ込ませていると、美味しそうな香りが鼻腔をくすぐり始めた。

 この香りが俺はとても好きだ。


「うわぁ~ 美味しそう」


 後ろから秋田先輩の声が聴こえてきた。

 秋田先輩に視線を向けると、子供の様に目を輝かせフライパンに魅入っている。

 しかしその様子を俺に見られている事に気づくと、目を見開いて耳を赤く染めた。


「なっ、なんで私を見てるのよ!? 米倉君は作っている料理を見なさい!! もし焦げちゃったらどうするのよ!」


「そうですね」


 調子が乗った俺は鼻を鳴らした。


 次にケチャップを投入する。

 投入した瞬間心地よい音が弾け、ケチャップの焼ける香ばしい香りが周囲に広がった。

 俺はケチャップの酸味を飛ばす為に長めに炒める様にしている。

 その間に冷凍保存していたご飯をレンジで解凍した。


 解凍した米を鍋に入れ、ベースがしっかり混ざる様にかき混ぜながら焦げ目のが付く位炒めていく。

 焦げ目の部分がアクセントになり、食べていても飽きなくなる。

 これでチキンライスの完成だ。

 完成したチキンライスはそのまま皿の上に盛り付けておく。


 次に俺は生卵を取り出しボールに落とすと、塩こしょうを混ぜてとき始めた。

 白身が無くなる位混ぜるのが目安である。


「すごい手慣れているわね」


 秋田先輩は感心した様子で魅入っている。


「一応、真面目に料理部やってたんで」


「ごめんなさい。そんなつもりで言った訳じゃなかったの」


「最近は男性でも料理を作ったりしますからね」


「そうよね。でも腕前を見て、出来上がるのがとても楽しみになったわ」


 もう秋田先輩は俺を疑う素振りを見せてはいなかった。

 口調も少しづつ砕けた感じになっている。


 卵をとき終えた後は、オムレツ用の小さめのフライパンに火をかける。

 敷いた油に卵を一滴落としてフライパンの温度を確認した。

 フライパンが温まった後、卵を流し込む。

 フライパン一面に広がった卵を数秒だけ箸で潰した後、フライパン返しを使い卵の端から順番に折っていき、綺麗なオムレツを作り上げた。


「えっオムレツ作っちゃったの? オムライスでしょ?」


「少し待っててください」


 俺は皿にもっていたチキンライスの上にオムレツを載せた後、オムレツの真ん中から包丁でキリ目をいれた。

 すると半熟に仕上げたオムレツが真っ二つに割れ左右に広がっていく。

 そして半熟の中身がトロッと流れ出しチキンライスを包み込んだ。


「すっごーい。 本当のお店みたい」


 秋田先輩は開いた口を手で隠しながら驚いていた。


「練習すればこの位すぐに出来ますよ」


 その後、俺はもう一つ同じ物を作り上げる。

 後から作った温かい方を秋田先輩に差し出しケチャップを手渡す。


「お好きな量を掛けてから召し上がって下さい」


「うん、ありがとう」

 

 秋田先輩は待ちきれないといった様子だった。

 俺達は手を合わせて食べ始める。

 

 スプーンを突き刺すと半熟の卵がチキンライスによく絡まり、とても旨そうに見えた。

 そのまま口に放り込むと少し焦げたチキンライスと弾力がある鶏肉、そして甘みを含んだ玉ねぎが絡み合い、何とも言えない旨味を演出する。


「うんまぁーい。本当に美味しい。米倉君、君は本当にプロになれるんじゃない?」

 

 秋田先輩は両手を持ち上げ胸の前でガッツポーズを作り、体を震わせながら感激してくれていた。

 その後も実に美味しそうに、何度もスプーンを口に運んでいる。

 その嬉しそうな姿を見れただけで、俺も満足で報われた気持ちになった。


「喜んでもらえて良かったです」


「旨い、美味い。美味ー!」


 普段の優等生の素振りとは違って今の秋田先輩は無邪気でテンションが高い。

 普通の女子高生はこうあるべきといった感じだ。

 あの凛とした姿からは想像もできない歳相応の姿。

 そのギャップもまた可愛らしいと俺は感じた。


 オムライスを食べ終わった時、俺は秋田先輩の顔を確認した。

 頬の文字は綺麗に消えており、今は何も書かれていない。

 欲しいものが手に入り満足した証拠なのだろう。

 その後、俺達は二人で片づけを行った。

 俺は大丈夫と言ったのだが、秋田先輩が絶対に手伝うと言って引いてくれなかったからだ。


「米倉君、またごちそうになってしまったね」


「いえ。これは今朝のお返しなので、貸し借りは発生しません」


「あっそうか。そうだったね。うん、わかった。それじゃ私はこれで帰るね」


 そう告げると秋田先輩は部室から去って行った。


「今日は色々あったな、まさか父さんが言っていた運命の人が秋田先輩だったなんて…… しかし俺には高嶺の花過ぎる。これっきりで終わりだろう」


 俺も暗くなる前に学校から飛び出し家路についた。

 家についても秋田先輩の事を父さんには話さなかった。


 今日の事は良い思い出として俺だけの秘密としておく。

 



 ◇  ◇  ◇




 翌日の放課後、俺は今日も部室で本を読んでいた。

 今日は秋田先輩と会う事もなく、やはり昨日限りの出来事だと俺は考えていた。


「うん、やっぱりいた。米倉君は今日も本を読んでいるの?」


 突然ドアが開かれ秋田先輩が飛び込んで来た。


「先輩、昨日はどうも」


「こっちこそ、とても美味しかったわ。今日は昨日使った食材の補充に寄らせて貰ったの。学校の近くにスーパーが在るから便利よね。貸し借りは無いにしても食べた食材は補充しないと私の気が治まらないから…… だから受け取ってよね」


 そう言って手渡してきた食材の量は昨日使った量よりも確実に多い。


「秋田先輩、これじゃ貰いすぎですよ」


 俺の返答を予想していたのだろうか?

 先輩はくるり振り返り、俺に背中を向けた。


「実は私、苗字で呼ばれるのが好きじゃないの。だって秋田って字を書き換えれば【飽きた】って書けるでしょ? だから呼ばれる度に「飽きた、飽きた」って言われている様な気がして、少し寂しくなるんだよね。だから米倉君は名前の小町って呼んでくれないかな?」


 そして再び回転し、俺の目を見つめてくる。

 突然のお願いと共に頬には【名前で呼んで欲しい】と言う文字が……

 そう書かれてしまっては俺には抗う事は無理だった。


 女性を名前で呼ぶのは生まれて初めてかもしれない。

 恥ずかしさで顔に血が上り温かくなるのが自分でもわかる。

 自分に絞り出せる精一杯の声で先輩の名前を呼んだ。


「小町先輩……」


「うんっ! やっぱり名前で呼ばれる方が私は好き。これからは米倉君は名前で呼んでね」


 元気よく返事を返す小町先輩はとても嬉しそうで、眩し過ぎる笑みを浮かべていた。

 この笑顔を向けられて陥落しない男はこの世にいないだろう。


「そうだ、今日も食べていきませんか? 貰いすぎの食材でも出来る料理を」


 動揺を隠す為に俺が言った言葉に小町先輩が反応を見せる。

 小町先輩の頬には食べたい料理が書かれていた。


「またそんな事を言って…… それで米倉君は何を作るつもりなのかな?」


 今度は小悪魔的な笑顔を浮かべながら先輩は問いかけてきた。

 俺は小町先輩が食べたい料理名を口にする。


「それはですね……」


 小町先輩はその日から食材を抱えて部室に顔を出すようになった。

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