【2】霊感少女

 九月、やはりこの前よりかは日が落ちるスピードが速くなった気がする。

 それか病は気から、みたいな。今の気分で視界が暗く見えるだけかもしれない。

 「お母さんの、霊?」

 乙女か!と心で思ったことを心の中で謝罪した。なんだか罰当たりな気がしたから、いや、まだそうと決まった訳じゃない、生霊というパターンがあるじゃないか。

 「その、聞いていいか、詳しく。」

 「あ、はい!いいですよ全然!」

 あれ?もう少し落ち込んだ感じで話してくると思ったが、「笑わないですか?」と聞いた時よりも元気になっている気がした。

 と、なるともう立ち直っているのだろうか。亡くなったのが10年前だとか、物心付く前にはもういなかったとか。

 「一ヶ月前に、死んじゃったんです。ぽっくりと。」

 ふふっと微笑しながら言った、「笑いながら言うな」と叱りたくもなったが、域が立ち直ろうとしてわざと元気に見せているのか、それとも、これはないと思うが亡くなって嬉しかったりしたのか。わからないから辞めておいたけど。

 一ヶ月前なんて最近すぎないか?高校三年生という事は十八年も一緒にいたわけだぞ?普通に学校に行ってるのも、俺からしたら尊敬でしかない。絶対立ち直れない。

 母親という存在は、強くも美しいような、そんなものだ。普通、日常の呼吸の様なもの、なくてはならないが意識しない。だからこそ失ってからしか大切さに気付けない。

 大切な人に限って、無くしてから「ああしとけばよかった」「あの時なんで」と思うのはどうして何だろう。

 九月の夕焼け、その雰囲気相まってか、域の笑顔も存在も全て、とても気持ちが悪く感じた。


 「もっと詳しく知るには域の自宅に行ったりしたいんだが、空いている日はあるか?」

 「いつでも!夕方なら!」

 「そうか。」

 ならまた日時はサイトのメッセージから送るから、と言い、域がその場をまるでオリンピック選手の如く走り去るのを確認してから、ベンチと融合した。ぐったり、というか気が抜けきってしまった。普段の心の準備で挑んだのが仇となったか、深く重すぎた内容に心がもたなかったようだ。

 公園内にある自販機で珈琲を買い、飲みながら事務所まで帰った。その間、何度ため息をしただろうか。今回だけは、この件だけは解決できるのか心配になってしまった。


 その夜、カウンセラーならできると自信ありげに誇っていたけどとてつもなく心配になり、サイトというサイトを読み尽くし、本という本を本当に読み漁った。

 母親が亡くなって、その上幽霊として見えてしまう、なんて。とんでもなく精神状態が悪いに違いない、それか本当に出てしまったか、域の母親が霊として彼女の前に。いや、後ろか?あ、上か?下!いや、下はないな、覗きみたいになるもんな、そんな変態ではないよな。

 なんて気休めで自問自答していると、事務所内に電話の呼び出し音が鳴り響いた。

 ちょっとびっくりしたのは内緒な。

 平常心を保ち電話に出る。

 「はい、もしもし。路ノ鳥便利屋です。」

 「なんだああ??路ノ鳥いいい???」

 なんだ!この声は!しゃがれているというか布を通して話しているかの様な、透き通ってない声、ボイスチェンジャーか!ベタな犯人が使うあれだ!とうとうこの事務所も何かしらの犯人に狙われたか!嬉しい様な、なんというか!なんか嬉しいぞ!

 「お前は鷺ノのはずだぞおおおお!!!」

 「まあ!お前だよな!!」

 思いっきり通話を切った。


 「ちょ、あの、本当悪いことしたと思ってるから!変声機買ったから使いたかったの!」

 あれから何度も電話をかけてきたので十六回目くらいで対応してやった。

 俺にだって良心は残っているんだ、と噛み締めた、それはもうジャーキーのように噛み締めた。

 「あのな、この電話は仕事用に契約したちゃんとした電話なんだぞ!生憎お遊び用ではなくてね、そんなことなら他を当たってくれないか!」

 「いいえいいえ!これは依頼なんですよ!変声機を買ったので試したいという依頼なんです!だからいいんです!」

 「ああそうですかそうですか、なら強制的にお金をいただきましょう。くれないと言うなら業務執行妨害でお前を容赦なく豚箱に入れるからな!」

 「いいですよ金ならいくらでも取っていきなさいよ!十万でも、あ、五十万がお好きなんですよね?あげますよ、あげますよ!おーい!爺やーー!!」

 爺や!?こいつお嬢なのか?いやそんなはずあるまい、あんな言葉遣いで、性格で。いや?でもあの時、依頼料で五十万をすんなり渡してきたな。え?そうなの?こいつ財閥の娘とかそういうのなの?

 「な、なあお前。」

 「なっ、何?どうしたの鷺ノ、改まって。」

 「お前もしかして同級生に角の生えた強い女子高生と、高校生が小さくなった様に賢い小学生が身近にいたりしないよな?」

 「いや、どこのショートカットで茶髪の財閥娘だよそれ!」


 「なぁ、お前はお母さんのこと好きか?」

 「なんですか?唐突に。」

 お互いおふざけムードが冷めてきたので、この依頼に使える情報はないかと、女子高生という立場では域と同じの、女子高生以外では域と同じ点が無いこのアホに質問コーナーをぶっかけた。

 あ、いや変人という点では同じだが。

 「そうですね、親なんてあって無いものですから。そう言われると返答に困るというか。」

 「なら、『好き』か『嫌い』かで聞こうか。」

 「それなら前者ですかね?」

 まあ、そうだろう。まだ独立もしてないから親に生かされている様なものだしな。感謝という感情から『嫌い』にはならないだろう。

 「なあ、お前は域と仲良いのか?」

 「んー」と少し声に出して考え。その、これこそが萌え声と言わんばかりな声が静まると「仲良いと思います」と答えてきた。

 仲良いならそんなに悩むか?と考えたけど、友達とか人間関係、女子高生が一番難しいだろうからそこはツッコミを入れなかった。

 「なら域のこと教えてくれないか?どんな些細なことでもいいから。」

 「仕事の手伝いですね?いいですよ!」

 「おー、ありがたい。」

 俺の経験上、些細なことでも本人の確信を突くことが出来るパターンが多々ある。

 趣味とか、あの人の愚痴を少し聞いたとか。

 そんなことでもいいのだ。

 「あっ。」

 潔く「いいですよ!」と言ったアホはその一言から喋らなくなった。

 そして少し経って。

 「無いです、そういえば無かったかもしれない、遥ちゃんが自分の事を話したこと。」

 偏見ではないが、女子で、学生で、友達で。なのに自分を話さないことなんてあるのだろうか。

 まともに思えたが、まともではないのか。まじめなだけで、本当は何かがあるのか。

 「ほんと、なんでもいいんだぞ?」

 「なんでもって言われても。」

 仲、良くないじゃん。絶対良くないやつだろそれ。友達の話を聞いたこと無いって、あ、アホがアホすぎて忘れてるだけだろ。

 「なんだろ、思い出せないなあ。」

 やっぱりそうじゃないか、アホだから右耳から通して左耳から放出してたんじゃ。

 ん、いや、いやいや!

 「あ、あり得ないだろお前!」

 少し前の話、学校の七不思議を解決した時の話、アホは俺の名刺を一度見ただけで事務所の住所、電話番号全て覚えた。そして、学校に聞き込みした時付き添ってもらったが、一分も話したことのない人でも名前をフルネームで覚えていたし、その話の内容までも完璧に覚えていたのだ。

 「お前が思い出せないなんて、おかしくないか?」

 「本当だ、なんだか気持ち悪いよ!」

 その時、あの感覚が蘇る。

 夕焼けに照らされる域遥、その存在を。

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