収束⑦ 静と天音

「……辛い思いをさせる。悪かった。静」


「最後のお仕事、頑張ってください」


 仁と紗儚の言葉に、力を貰えた気がした。

 私は、怖かった。

 天音だったモノを殺すことが。

 親友を殺すことが怖かった。

 でも、私以外にそれをできる人はいない。

 恐怖と強迫。

 その板挟みに喘ぐ私に、仁と紗儚の言葉は背中を押してくれるように感じた。


 終わらせてくる。


 誰にも聞こえないように、そう言って部屋の中に入った。

 扉の中に入ると、至る所にショゴスの塊がこびりついていた。

 泥のような、重油のようなそれを見おろす。


「テケリ・リ!!」「テケリ・リ!!」「テケリ・リ!!」


 その鳴き声は、非難めいて聞こえた。

 こんな生き物でも、今から何をされるのか分かるのだろうか。

 後ろで扉に鍵をかけた音がする。

 暗闇のなか、精神力MPを使い炎を灯す。

 炎に灯されたそれは、不気味さを一層際立たせている。

 溜め息一つ。

 それから、《門の創造》を使い空気の入口と出口を作る。


「フるイむ ムるぐナふ クトゥグア 

  ウがぁ なグラふナぐル たぐン いあ クトゥグア!」


 炎を司る神、クトゥグア。

 その炎は全てを浄化する。

 辺りにあるものを全て焼き尽くす。

 灰は灰に。

 塵は塵に。

 炎神の炎は、全てを始まりへと還す。

 詠唱が終わり《燎原の火》が始まる。


 初めは微風。

 それから突風。

 暴風を経て、颶風。

 伴う風と共に、炎は吠えるように猛々しさを増す。

 青い炎が渦巻き、周囲を焼いていく。

 部屋中に蔓延ったショゴスは体から泡立ち、声をあげる。


「テケリ・リ!!」「テケリ・リ!!」「テケリ・リ!!」

「テケリ・リ!!」「テケリ・リ!!」「テケリ・リ!!」

「テケリ・リ!!」「テケリ・リ!!」「テケリ・リ!!」


 もちろんすぐには死なない。

 蒸発と再生を繰り返しながら、しぶとく抵抗を続けている。

 その再生力の底は見えない。

 でも、こちらにはそれを超える十分な精神力がある。

 だから全力で、殺し切るだけだ。


【ダイスロール】

《静|聞き耳 達成値65》

《達成値65 → 38 成功》


「テケリ・『い』!!」「テケリ・リ!!」「『せ』ケリ・リ!!」

「テケリ・リ!!」「『せ』ケリ・『い』!!」「テケリ・リ!!」

「テ『せ』リ・『い』!!」「テケリ・リ!!」「テケ『せ』・『い』!!」


 ショゴスの鳴き声の中に、違和感を見つける。

 聞きたくはなかった声。

 できることなら耳を塞ぎたかった。

 でもそんな余裕はなかった。

 それが出来るほど生半可な魔術ではなかったから。

 それに、予想はしていた。

 ただ殺せばいい。そんな簡単な仕事でないのは分かっていたことだ。


「静」


 聞き覚えのある声で、名前を呼ばれた。

 天音だ。


「止めて、静」


 紅蓮の炎のなか、ショゴスは天音の形を作り出した。

 天音が炎に焼かれながら、再生と死を繰り返す。


【ダイスロール】

《静|罪悪感に対する精神の窒息判定 達成値80》

《達成値80 → 79 成功》

《窒息判定により、次回判定時-5の修正が加わる》


「苦しいよ、静。苦しいよ。」


 天音が手を伸ばしてくる。

 その手が私に届くは無い。

 私の前で蒸発して消える。

 それが、胸を締め付ける。


【ダイスロール】

《静|罪悪感に対する精神の窒息判定 達成値80-5》

《達成値75 → 72 成功》

《窒息判定により、次回判定時-10の修正が加わる》


「助けて、静。苦しいよ」


 消しゴムでも書けるみたいに、天音の体が炎で蒸発し、そうして何事もなかったように再生する。目を覆いたくなるような光景に、うめき声がせり上がってくる。その声をすんでの所で飲み込む。


【ダイスロール】

《静|罪悪感に対する精神の窒息判定 達成値80-10》

《達成値70 → 37 成功》

《窒息判定により、次回判定時-15の修正が加わる》


「静、止めて。酷いことをしないで」


 天音はそう言って、苦しげな声をあげる。

 強力な魔術の連続使用。

 その負担は正常な判断を鈍らせ始めてくる。

 悲痛な声に、ふと。

 天音を救えるのは、――私だけだ。

 そんな考えが浮かんだ。

 私の心が、揺れて動いていく。


【ダイスロール】

《静|罪悪感に対する精神の窒息判定 達成値80-15》

《達成値65 → 08 成功》

《窒息判定により、次回判定時-20の修正が加わる》


 ――悪かったな、静。

   蛇穴に、そう言われた。

 ――頑張ってください。

   紗儚に、そう言われた。

 ダメだ。

 私はコレを、やり果てないといけない。


「……せ、い」


 天音の声が弱まった。

 もう少しだ。もう少しだけ。

 もってくれ。


【ダイスロール】

《静|罪悪感に対する精神の窒息判定 達成値80-20》

《達成値60 → 41 成功》

《窒息判定により、次回判定時-25の修正が加わる》


「……、い」


 もう声は聞こえない。

 天音が消えていく。

 その最後を、受け入れるだけだ。


【ダイスロール】

《静|罪悪感に対する精神の窒息判定 達成値80-25》

《達成値55 → 60 失敗》


 アレ?

 急に視界が揺らぎ、それからかしいだ。

 自分でも訳がわからなかった。

 力が抜け、体が「く」の字に曲がったまま、床に倒れていた。

 倒れた拍子に、小瓶が高い音を立てて落ちる。

 その中身は、既に空だった。


 ……ああ、小瓶にあった精神力MPが尽きたんだ。


 驚きも、怒りも、悲しみも、悔しさもなく。

 ただありのままの事実を思った。


 ……でも、まだ自分の精神力MPを使って。

 ……あれ、なんで体が動かないんだろう。

 ……早くしないと、再生してしまう。

 ……なんでだよ。なんで動かないんだよ。動いてよ。


 そう思いながら、再生を始めるショゴスを見ていた。

 急速に熱が引いていく。どんどん冷たくなっていく。

 ――手遅れだ。

 頭の中にそんな声が聞こえた。

 床を這って、その場から逃げるように移動した。

 扉伝いに、体を立たせて、助けを求めるようにノックをした。

 鍵が開いて、扉が開いた。

 そこにいた、仁に枝垂れかかる。


「何があった?」


 仁の言葉に、何も返せなかった。

 そんな私に仁は「そうか」と呟いた。

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