収束⑥ ショゴス
月の綺麗な夜だった。
先生が車を止めた場所は、郊外にある廃工場だった。
「昔は焼いたコンクリを扱っていたらしい。コンクリに化学物質を入れて加熱すると強度を上げられるらしいな。まぁでも、この様子を見ると、直ぐに別のものに取って代わられたらしいけど」
先生はそう言って、中に入っていった。
中は真っ暗だった。
その暗闇に、体が竦む。
暗闇は苦手だ。
何もない黒の中に蠢く何かがいる気がする。
その蠢く何かに、体が竦む。
「明かりを付けるから、そのあとについてこい」
先生は慣れた様子で進んでいき、電灯に明かりをつけていった。
工事現場用の電灯だろうか、
一つひとつの灯りが直視するのが辛いほどほど白く大きい。
歩くのに不自由しないくらい明るくなった。
先に進んでいくと階段があった。地下に続いているようだ。
先生は無言で進んで行く。
さっきから必要以上のことは話していない。
階段を下りるとその先に、蛇穴先生と盟がいた。
樸生先生が蛇穴先生に軽口を投げかける。
「先にいるなら、灯りを付けといてくれよ」
「慣れた道筋だからな、月明かりで十分だ」
「私の感覚は仁ほど鋭敏じゃないんだぜ。それに、こっちは生徒を引率してるんだから。その辺の気遣いをして欲しかったな」
「ああ、それはすまなかったな。コッチもそこまで気が回らなかった。きっと興奮して居るんだろうな。胸が鳴るなんて、何年ぶりか。プレゼントを待つ子供に戻ったみたいだよ」
蛇穴先生は自嘲に口の端をあげて、樸生先生は、はんっと鼻を鳴らした。
「役者も揃った。行こうか」
樸生先生はそう言って、奥に進んだ。
そこには分厚い扉ある。
蛇穴先生は前に立つと、息を切り静かな声で言った。
「入る前に忠告しておく。この先にいるものは普通じゃない。
心に訴えかける恐怖は容易に抗えるものではない。
覚悟だけはしておけ」
そう言って、鍵を取り出してその扉を開けた。
扉が開いた瞬間、鳴き声のような音が聞こえた。
「――リ・リ」
先生は扉を大きく開けた。
その鳴き声は大きくなった。
「テケリ・リ!!」「テケリ・リ!!」「テケリ・リ!!」
一つじゃない。
暗闇の中から、幾つもの鳴き声が折り重なり聞こえていくる。
その中からわずか、別の声が聞こえた。「仁」と。
蛇穴先生の名前を呼ぶ声が聞こえた。
先生は一度、横目で何かを確認するようにこちらを見た。
それから部屋の明かりを灯した。
目に飛び込んできたのは、一面の赤。
それは、ミキサーにかけられたようにぐしょぐしょとした。肉の塊だった。
四方の壁一面にそれがこびりついている。
【ダイスロール】
《猟奇的な光景による正気度喪失》
《紗儚|正気の侵食 達成値34》
《達成値34 → 15 成功》
《正気の侵食 34 → 33》
「テケリ・リ!!」「テケリ・リ!!」「テケリ・リ!!」
名状し難い不気味な大合唱。
その声の一つ一つが、蛇穴先生の登場を喜んでいるようだった。
「これが、本物のショゴス……」
それはあまりの不気味だった。
「いや、天音だよ。どんなに姿形が変わっても、天音は天音だ」蛇穴先生はそう言った。
「静。準備はいいか」
樸生先生はその言葉に、小瓶を手にして応えた。
それから蛇穴先生に向かっていった。
「最後に天音に言ってやることは無いか?」
蛇穴先生は一言「無い」と答えた。
「ずっと話を続けていた。思い出を語りながら、殺し続けることを詫びて。昔を懐かしみながら、殺し切れないことを詫びた。やれることはすべてやって来た。今更、何もない。
あるとすればお前だよ。
辛い思いをさせる。悪かった。静」
そう言って、蛇穴先生は背を向けて部屋の外に出て行った。
その後ろに盟が続く。
「じゃあ、紗儚たちも出て行ってくれ。そうしたら扉を閉めて鍵を掛けろ。終わるまで絶対に開けるなよ」
「先生はどうするんですか?」
「ここに残って、こいつらを焼き尽くす。一片も残らず」
「大丈夫なんですか?」
「私は炎神の巫女だぜ。自分の炎では焼かれない。酸素は魔術で門を開けて供給できる。大丈夫だよ」
「本当、ですね?」
「本当だ」
その言葉には嘘は無かった。
でも、ほんの少し陰りがあるような気がした。
でもそれが何かはわからない。
それに、追及したところできっと、答えてはくれないだろう。
「分かりました。最後のお仕事、頑張ってください」
そう言って識暉と一緒に外に出た。
私たちが部屋から出ると、蛇穴先生が扉を閉めて鍵をかけた。
それが始まった事は直ぐに分かった。
最初は風が吹き込む音。
それから次に、扉の隙間から赤が漏れだした。
その赤はやがて扉全体に広がった。
部屋の外まで漏れ出た熱気で、辺りがサウナのように熱い。
中で何が起こっているのか、見当もつかなかった。
きっと高温の炎が渦巻き、全てが焼き尽くされているのだろう。
それがどのくらいの時間だったかは分からない。
段々と赤がしぼみ、部屋の温度が下がっていった。扉から赤が消えた。
扉の向こうから、コンコンとノックの音が聞こえた。
蛇穴先生が鍵を外して扉を開けると、樸生先生が倒れるように出てきた。
それを蛇穴先生が受け止める。
何か、様子が変だ。
樸生先生は何かを言おうとしたが、上手く言葉にならないようだった。
蛇穴先生は僅かに目を伏せ、それから樸生先生を壁に寄りかかるように座らせる。
「何があった?」
蛇穴先生の言葉に、樸生先生は答えることが出来ない。
それほど憔悴していた。
【ダイスロール】
《紗儚 |聞き耳 達成値65》
《達成値 65 → 29 成功》
不意に、扉の奥から物音がした。
疳高い、あの嫌な音だった。
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