収束⑤ 紗儚と静

 陽は赤。

 沈み日は地平にかかり、すぐ向こうに夜が来ている。

 夕刻の学校。

 青葉高校は、時間によって校門や出入り口が閉められることは無い。

 自ら学び、自ら律せ。それが校訓の一つだった。

 その校訓の意味を、私は『責任を取れれば何をしてもいい』だと思っている。

 ルールなんてものは、服と一緒だ。

 ありすぎれば暑苦しい。過剰な分は脱ぐ。

 それはごく普通のことだ。

 この校訓は、暗にそれを示しているものなのだろう、と。

 まぁ、穿った見方なのかもしれないけれど。


 殆どの教室は灯りが消されているなか、保健室は煌々としていた。

 扉を開けると、ベッドの上で保健室の先生が、白衣を着たまま寝ている。

 携帯を出してカメラを起動した。

 それから先生の姿を写真に収める。

 シャッター音で起きたのか「んあ」と言って、体を起こした。


「職務怠慢ですね」

「何を言っている。就業時間はとっくに終わっているんだから。ベッド使っても大丈夫なの。それに、ただ寝ていたわけじゃないの。ベッドが快適な状態かどうかを確かめていたの」

「じゃあこの写真をネットの海で公開しても問題も無いですね」

「大ありだよ! 現代っ子め。直ぐに写真なり動画なりを撮ってネットにアップしたがる」

「嫌だったら、出すものは出して下さいね」

「なにその卑猥な脅し」

「先生の頭の中は発酵でもしてるんですか? 情報以外に出して欲しい物なんてありません」

「ああ、そう言う話だったな」


 先生はベッドから立ち上がり、大きく背伸びをした。

 それから、首を曲げて骨を鳴らす。

 それが終わると、鋭い視線を投げかけてきた。


「識暉も一緒か。紗儚だったら一人で来ると思ったが」

「一緒に居た方が安全だって、そういうことにしました」

「なるほどね。紗儚がそう言うなら、それが最善なんだろう」


「なになに?」と会話に入って来た識暉に「なんでもない」を返す。

 先生は机の引き出しを開け、

 琥珀のアクセサリを付けた車のキーを取り出した。


「移動するぞ。表に車を止めてある」


 そう言って歩き出した先生の後ろを、私たちはついていった。



◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ 



「どこにいくんですか?」

怪物ショゴスの所だ。車なら15分もあれば着く」

「じゃあその間に、今回の事件の報酬を下さい」

「魔術ならもう教えただろ、めちゃくちゃ奮発したんだ。もうこれ以上は教えないからな」

「違います。知りたい事があるんです」


 その言葉に、先生はバックミラー越しに私の目を見た。


「昨日言いましたよね。教えてくれるって」

「ああ、言った」

「じゃあ答えて下さい」


 先生は仕方なさそうに鼻を鳴らした。


「いいよ、教えられることなら、教えてやる」

「先生と蛇穴先生はどういった関係なんですか?」

「友達だよ。大学時代に一緒に遊んだ仲だ」

「じゃあ、天音さんとは?」


 その名前を出すと、樸生先生はバックミラー越しにこちらを見た。


「どこでその名前を?」

「昼間に盟と話しました。その時に教えて貰いました。三人が一緒に居たことと、天音さんがショゴスになったこと」

「じゃあ、ほとんど知っているじゃないか」

「大枠だけです。細かな所は聞いていません。だからこうして確かめているんです」

「私と仁と天音は、仲のいい三人組だった。大学で同じサークルに入っていた。だから一緒に遊んだ。遊んで、バカをやって。そんな仲だった」

「同時に、三角関係だった」


 少しだけ、間があった。

 それから先生は、小さな溜め息を吐いて言った。


「仲が良かっただけだ。普通よりもちょっとだけな」


【ダイスロール】

《紗儚|3人の関係への洞察 達成値60》

《達成値60 → 28 成功》


「先生にとって、天音さんは大切な人だった」

「どうしてそう思う?」

「女の勘です」


 先生は、ふっと笑った。


「ああ、大切な人だったな。見た目が可愛いのに中身はポンコツで。純粋だったな。思わず守ってやりたくなる娘だった。それは仁も同じだろうな。天音が居たから、私たちは3人だった」

「だから先生は選べなかったんですね。天音さんを殺すことを」

「……いや。多分そうじゃない」


 と、ぶっきらぼうに言った。

 それから。


「今なら教えてやるよ。私にとっては面白い話ではないからな、言いたくはなかったが。二人に対する報酬だ。私は不定の狂気を抱えている。決断ができないんだ。自分にとって大切なことほど、精神が決定を拒否する。

 息が詰まり、体が強張り、頭が真っ白になる。

 全てが竦み、機能しなくなる。

 それが私の抱えた狂気だ。 

 だから、あの時も選べなかった。結局、運命を誰かに任せることしかできなかった。それが巡り巡って、お前たちに迷惑をかけることになった。全部私のせいだ。

 だからこうして話している。それで勘弁してくれ」


 そう言って、助けを求める様に目を細めた。


「分かりました。最後に一つだけいいですか?」

「なんだ」

「ショゴスの細胞は、どこから出てきたのですか?」

「分からない。きっと誰かが見つけてきたんだろう。人間は厄介な生き物だからな。時たまそう言うことがある。見ちゃいけないもの、触れてはいけないものに出会ってしまう。きっと誰かがそれを見つけてしまったんだろ」

「……分かりました」

「それは良かった。質問はもう終わりか?」

「はい」

「それじゃあ、目的地までもうすぐだ」


 樸生先生は「終わらせに行こう」と言った。

 まるで、自分自身に誓うように。

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