収束② 紗儚と盟

「全てのことに結着がついた今ならお話します。この事件の発端を」


 そう言って、盟は話しをしてくれた。


「蛇穴先生はかつて探索者でした。蛇穴先生、樸生先生、それにもうひとり。柊天音さん。その三人で怪異を、名状し難い事件を解決してきたそうです。しかし、どんな物事にも最後というものがあります。その理由は私の知り及ぶところではありませんが、柊さんは探索者を降りました。それを機に、蛇穴先生と樸生先生も探索者を降り、それぞれ別の道に進みました。


 それで終わりになるはずでした。


 蛇穴先生たちは、奇妙な形で再開しました。まず始めに、蛇穴先生と樸生先生が同じ学校に。それから蛇穴先生と柊さんが再開したそうです。ですがその時すでに、柊さんは人ではなくなっていました。柊さんは実験体にされていたそうです。ショゴスの細胞を人体に植え付けるという、正気とは思えない実験の。蛇穴先生の目の前で、助けを呼ぶ柊さんの頭が切り落とされたそうです。そして、その頭を首の上に戻すと、柊さんはまた助けを求めたそうです。蛇穴先生は柊さんを助け出して、それから柊さんの記憶を曇らせました。そうすることで、柊さん自身が化け物になったことを忘れさせ、ショゴス化を抑えようとしたそうです。ですが、ダメでした。ガン細胞が体をむしばむように、ショゴス細胞は広がり、柊さんは人の形を保てない程になりました。放っておけば無限に増殖する化け物に成り果ててしまいます。蛇穴先生は柊さんだったものを、完全に消滅させようと決心しました。ですがショゴスを消滅させることは簡単ではありません。蛇穴先生にはその手段がありませんでした。それが出来るのは、炎神の巫女、樸生先生だけです。


「燎原の火」と呼ばれる魔術。


 物理的のみならず、存在そのものを焼き尽くす炎神の炎。その炎だけが、ショゴスを完全に消滅させられます。ですが問題がありました。「燎原の火」を使うためには大量の精神力を必要です。本来は長い時間をかけなければ集められない精神力の量です。ですがそんな時間はありません。そこで、その精神力を確保するために、蛇穴先生はこの学校の生徒たちを使うことを提案しました。心無い事だと思うかもしれませんが、それが最善でした。精神力は回復します。若ければ回復も早い。献血と一緒です。一人ひとりから、少しずつ分けて貰う。人数が多ければ多いほど、一人の負担は少なくなる。その場での最善策でしたが、それでも樸生先生は納得しませんでした。


 『子供たちを守るのが大人の役目、その子供たちから搾取なんて許せない』


 そう言って反対しました。ですが、方法は他にありません。親友と生徒。その二つの対極に拘束され樸生先生は身動きが取れなくなりました。そうして、探索者が取ってはいけない、最悪の選択をしました。


 、のです。


 親友を救う事もせず、生徒を救う事もせず。運命という不確かなものに選択を任せたのです。もしこの方法が本当に間違っているのなら、きっとそれを阻む人が現れる。間違っていなかったのなら、何事もなく目的が達成される。自分では何も選ばず、全てを傍観することを選んだのです。私は蛇穴先生から言付かり、精神力を集めました。そんな中で、紗儚さんたちとまみえることになったのです。これがこの事件の真相です」

「貴方は前に、これはゲームだって、そう言ったわね。その意味が少しわかったわ。プレイヤーは蛇穴先生と樸生先生。私たちはプレイヤーの駒。そういうことね」


 その言葉に、盟は「分かって貰えて嬉しい」というように頷いた。


「盟」私は初めて、盟の名前を呼んだ。


「貴方は何のためにこのゲームに乗ったの?」

「私は蛇穴先生をお慕いしています。蛇穴先生は私を救ってくれました。私は悩んでいました。自分の存在の意味や、不快な事に溢れたこの世界に。皆死んでしまえばいい。そう思った事もありました。生きる苦痛に耐えられなくて、死んでしまおうと思った事もありました。そんな私に、蛇穴先生は教えて下さいました。この世界の成り立ちと、真理を。人間がいかに瑣末な存在かを。塵芥。飛沫。泡沫の夢。人間は蜃気楼に過ぎない。なぜならばこの世界は、神が見る夢に過ぎないから。だから自分が生きたいように生き、したいようにすればいい。そう教えて下さいました。あの時の胸が透くような想いは、今でも覚えています。私はもっと知りたいと思いました。蛇穴先生の頭の中にあるものを、もっと教えて頂きたいと思いました。ですがそれでは求めるだけです。何かお役に立てれば、と。ずっとそう思っていました。これが私の理由です。

 蛇穴先生のお役にたてること。それが私の喜びです。紗儚さんにはお分かりになりますよね。紗儚さんには、乾さんがいらっしゃいますから」

「ただの幼馴染よ。貴方みたいにただれてないわ」

「そうですね。紗儚さんと私は、表向きは違います。ただ、深い部分では似ているのではないですか?だから私はこうして、安心して話をできる、そう思っていたのですが」

「一体どこが似ているのよ」


 溜め息混じりの息をつく。

 それから、盟に手を指しのばした。

 盟はその手を取る。

 勢いよく、上へと引っ張り上げた。

 屋上の出入り口の上。

 そこから見える景色は、気持ちがいいほど広い。

 盟には、この景色がどう見えているのだろうか。


「気持ちの良い景色ですね」


【ダイスロール】

《紗儚|個人技能『敗北主義者の洞察』 達成値60》

《達成値60 → 40 成功》


 盟の気持ちは読みにくい。でも、その言葉の中には、気持ちの良さは僅かも伺えなかった。味なんて感じていないのに、笑顔で「おいしいです」と言っているのと同じ。

 失った物を記憶で埋めあわせているだけ。

 そんな気がした。


 「そうね」溜め息をつく。

 さもどうでも良さそうに、「気持ちいいわね」と相槌をうつ。


「紗儚さんは、今日の夜はいらっしゃるのですか?」


 今日の夜?

 そう言ってから、思い当たることがあった。

 そういえば樸生先生が、夕方に来いって言っていた。

 多分それのことだ。


「行こうと思っている。自分が何に振り回されたのか見ておきたいから」

「では、乾さんはどうするのですか?」

「連れて行かない。あの子には見せる必要なんてないもの。後で適当に伝えて、それでおしまい」

「ええ、そうだと思いました。でも、それでいいのですか?」

「どういう事よ」

「ちょっとしたお節介です。紗儚さんにはきっとそう見えないでしょうが。私にはなんだか、紗儚さんと乾さんが、蛇穴先生と柊さんに重なって見えます」

「どういうことよ?」

「紗儚さんは乾さんを危険に近づけたくないとおもっていますね。でもそれがかえって、乾さんを危険に近づける。そんな気がします。探索者を降りた柊さんが、事件に巻き込まれてしまったように。乾さんも紗儚さんを追って、危険な目に合ってしまうのではないでしょうか。紗儚さんだって、本当はそう思っているのではないですか?」


 返事の代わりに、私は溜め息をついた。

 盟の言うとおりだ。

 識暉なら危険から遠ざけても、野生の嗅覚で辿りついてしまう。

 そんな気がしている。

 でも盟の言葉を素直に認めるのは嫌だった。


「あの子は、そんなにバカじゃない」


 想いは、そんな言葉になってしまった。

 それは盟には分かったのだろう。


「ええ、そうでしたね」そう返って来た。


「本当はもう少し紗儚さんとお話ししたいのですが、失礼します」

「ずいぶん急ね」

「ええ、邪魔者は消えるべきですから」

「どういう事よ?」

「直ぐに分かります」


 盟は「それでは」というと、屋上に降りて扉から出て行った。

 盟が言った後、識暉のことについて考えた。

 連れて行った方が良いのだろうか。

 それとも連れて行かない方が良いのだろうか。

 迷った。

 どっちにしてもリスクはある。あとはどっちを取るかだけだ。

 顕在化した、目に見えるリスク。

 潜在化した、目に見えないリスク。

 どっちが正解かなんて、分からない。


「樸生先生も、こんな感じだったのかなぁ」


 そうひとり呟いた。

 でも、何も選ばないことは全てを放棄することだ。

 例え最悪の選択でも、選んで進んだことには意味がある。

 そんな気がする。

 溜め息をついて、なんとなく、で答えを決めた。

 下から、屋上への階段を駆け上がる音がした。

 それからガチャガチャと鍵開けの音がする。

 誰が来たのかは分かった。

 だから盟は「邪魔者は消えるべき」と言ったのだから。

 その子は扉を開けると「紗儚」と名前を呼んだ。

 識暉だ。

 どうやら、識暉の嗅覚は私が思っているよりも凄いのかもしれない。

 下からは死角になるようにしていた。

 にも拘らず識暉は一目に壁を一蹴りして、上にあがって来た。


「紗儚!」

「ちょっと、そんなに嬉しそうな顔しないで」

「だって。昨日の今日で部室に来ないから心配で。携帯鳴らしても反応ないし」


 ポケットから携帯端末を取り出すと、

 着歴がどっさり残っている。


「心配させたのね。ごめんね」


 そう言って、識暉の頭を撫でた。

 子犬のように嬉しそうな表情を浮かべる。

 そんな識暉に私は、私の決意を伝えた。


「ねぇ、識暉。今日の夕方、樸生先生に学校に来るように言われているの。多分昨日みたいな、気持ち悪いものを見ることになると思う。それでも行く?」


 まるで遊びに誘うような軽い言葉だった。

 それを少し後悔した。

 識暉からは嬉しそうに「行く」と返って来た。

 後悔は苦笑いに変わった。


「じゃあ、一緒に行こう」


 それが私の選択だ。

 識暉の大きな「うん」に私も「うん」と頷いた。

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