session3 ※※※※※※※※

この事件の黒幕はきっとあなただと思うの

収束① 紗儚と盟

「目が覚めたか?」


 そんな声に意識を引き戻されて目を開けた。

 目の前には樸生先生がいた。


「大丈夫そうだな。良かった」

「? ……先生?」


【ダイスロール】

《紗儚|樸生への目星 達成値40》

《達成値40 → 29 成功》


 そう言う先生の声は、いつもと違って聞こえた。


「どうしたんですか?」


 そう聞いたのに、帰って来た答えは。


「安心しろ。もう終わった」


 求めた物と違う応え。

 きっと原因を、言いたくないのだろう。

 いつも適当でだらしのない先生が、今は陰のあるように見える。

 そんな大人が抱える陰に、触れてみたいと思った。

 でもそうしてしまえば、樸生先生はきっと傷つくのだろう。

 聞いてみたいという興味。

 聞かないという優しさ。

 二つの間で心が動く。

 でも私は、興味を止めることが出来ない。


「泣いてるんですか?」

「泣いてないよ」

「じゃあいいです。でも、理由は教えて下さい」


 その言葉に樸生先生は額に手を当てた。

 その様子は、迷っているように見えた。


「全部終わったんだ。だから、聞いてくれるな」

「なんで隠そうとするんですか」

「……知ることには責任が伴うからだ。世の中には、負わなくてもいい責任ってものもあるんだ。知らない方が良かった。なんて、よくある話だろ。こっから先は、紗儚の知らなくていい話だ。それでも紗儚は知りたいか?」


 なにを言ってるんだろう。

 ここまで巻き込んでおいて、最後は知らない方が良いなんて。

 そんな話があるだろうか。

 私は溜め息をついた。

 それから、先生の胸中を推し量った。


【ダイスロール】

《紗儚|個人技能『敗北主義者の洞察』 達成値60》

《達成値60 → 81 失敗》


 ダメだ。

 ただ、悲しそうなことしか、今の私にはわからない。

 私はまだ、この人の気持ちが分かるくらい、人生を経験していない。

 でも、このままなのも悔しい。

 だから、先生が困れば良いと思って、唇を尖らせて言った。


「私は、先生に信用されていないんですね」

「そんなことは」


 先生の言葉はそこで止まった。

 それから「まぁ、そうなのかもな」。


「信用して下さい、なんて言いませんけど。他人を巻き込んでいるんですから。覚悟くらい決めて下さいよ」


 その言葉に、樸生先生は苦笑を浮かべた。


「紗儚にも、そう言われるとは、な」


 それから、深い溜め息を一つ。

 降参するように肩を竦めた。


「分かったよ。お前もいいとしだからな、教えてやる。この事件のことを。でも今日はもう時間だ、帰るぞ。明日の夕方、保健室に来い。全てを教えてやる」


 そう言ってから、思い出したように付け足した。


「ただし、一人でだ」

「識暉はダメなんですか?」

「紗儚は自分のことでは傷つかなくても、識暉のことでは傷つくだろ。識暉には向いていない話。そういうことだ」

「……わかりました」


 樸生先生は頷くと、識暉を起こした。

 周りを見渡すと、向こうに蛇穴先生がいた。

 倒れている盟の頭に手を乗せた。

 仄暗い目で盟を見ながら、親が子供を褒めるように優しく撫でた。



 ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ 



 翌日の放課後。

 いつもなら部室に向かう所だけれども、今日は気分が重かった。

 部室に行けばきっと識暉がいるだろう。

 そうすれば、昨日のことを聞かれる。

 識暉にはできるだけ嘘をつきたくない。

 だから今日だけは識暉に会いたくない。

 今日一日だけだ。

 今日一日やり過ごせれば、大丈夫。

 そう思って向かった先は、屋上だった。

 青葉高校は、屋上の出入りを禁止している。

 そのために屋上の扉はいつもは南京錠が掛けられている。

 昨日はあらかじめ盟が外していたのだろうが、今日はしっかりつけられていた。

 識暉が居ればピッキングで開けて貰えるが、今はいない。

 前の私だったら手をこまねいていることしかできなかった。

 でも、今は違う。

 私には魔術がある。


《紗儚 解呪: 自動成功》

《紗儚 MP:16 → 15》


 鍵なんて仕組みを知っていれば、簡単に開けれてしまう。

 結局鍵なんて、「開けてはいけない」という約束に過ぎない。

 普通の人は、その約束の破り方を知らないだけだ。

 識暉はピッキングで、私は魔術で。

 その約束を破る。

 魔術の使い方も、それなりに上手くなった。

 でもそれは私の力では無くて、盟のお蔭なのだろう。

 そう思うと複雑な心境だ。

 あまり考えていても仕方がない。

 その考えを溜め息に換えた。それから扉を開ける。

 扉を開けると、青空が広がっていた。

 その気持のよさに大きく背伸びをする。

 ここ最近大変なことばかりだった。

 少し羽を伸ばそう。

 そう思っていると、不意に。


「こんにちは」


 上から声が降ってきた、聞き覚えのある声。

 見上げる。そこは、屋上の出入り口の上。

 この青葉高校で一番高い所。

 そこに盟がいた。


「鍵はかかっていたのに。どうしてここに?」

「それはお互いさまじゃありませんか」


 そう言って笑う。

 敵意のない本当に嬉しそうな笑顔だった。


「なんか、変わったわね。初めて会った時はもっとくらい感じがしたけど」

はしゃいでるんです。先ほど、必要な精神力が集まりましたから」


 そう言って、内ポケットから小さな小瓶を出した。

 その中には虹色の液体が、波々と入っている。


「そう。じゃあ私がそれを奪って壊したら、貴方はどんな表情をするのかしら」

「御冗談を。紗儚さんはそんなことはしません。力の差を見極められますし、分別もありますから。もちろんそれでもやるというなら、お相手いたしますが」


 そう言って、左手に住み着く化け物に顔を出させる。

 化け物は喜ぶように「テケリ・リ」と鳴いた。

 盟は直ぐにそれを仕舞う。


「そう、それよ。貴方は結局、あの後は大丈夫だったの?」

「はい。蛇穴先生にショゴスを抑えて貰いました。それで今はこの通りです」

「蛇穴先生ねぇ、あの人、一体何者なの?」

「元探索者です。そして、私の魔術の師です」


【ダイスロール】

《紗儚|個人技能『敗北主義者の洞察』 達成値60》

《達成値60 → 23 成功》


 昨日の蛇穴先生と盟の光景が思い出された。

 それが今までの出来事と結びつき、一つの結論に結びこまれる。

 その結論に、重たい溜め息が出た。


「貴方を動かしていたのは蛇穴先生だったのね」


 その言葉に、盟は嬉しそうにした。


「流石は紗儚さんです。少ない情報で、最短距離を進み、真実を突き止める。探索者に二番目に必要な才能です。炎神の巫女が、見出すことはあります」

「全てが分かったわけじゃない。詳しく聞かせてくれる?」

「全てのことに結着がついた今ならお話します。この事件の発端を」


 そう言って、盟は話してくれた。

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