戦闘② 化け物

 そう言って、薬指に手をかけた。


【ダイスロール】

《識暉|魔術への抵抗 達成値80-40(状況による補正)》

《達成値40  → 40 成功》


(―――う)

「何か言いましたか?」


 オレは顔を上げる。唇を動かす。


(ありがとう)

「一体何を?」

(小指一本なら)


 言葉が、声に変わる。


「安い代償だったから」


 そう言って、右手を握り締め、紫月の顔に投げつける。

 人体急所への一撃。

 それを繰り出すくらいには、体を動かせる自信があった。


「その為の、時間稼ぎ」拳は握られている。この距離なら外さない。

「だったわけですよね」紫月はそう言った。


【ダイスロール】

《識暉|古武道 達成値80 → 61 成功》

《盟|受け流し 達成値??+99(魔術による補正) 自動成功》


 拳は紫月の顔には届かなかった。

 紫月へ向かって突き出した握りこぶしは、無くなっていた。

 

 状況の理解よりも先に、脱出行動を取る。

 両足で床を蹴り紗儚の方へ飛び退く。

 だが、足は床を蹴ることなく、虚しく空を切った。

 視線を走らせ見る。


【ダイスロール】

《欠損した人体目撃による正気の侵食》

《識暉|正気の侵食 達成値74》

《達成値74 → 59 成功》

《識暉|正気の侵食:74 → 73》


「やはり乾さんは厄介です。自力での魔術からの脱出するなんて、普通の人には出来ない離れ業です。でも今回は残念でした。乾さんの手首から先、膝から下は、別の場所に移させてもらいました。これでもう、乾さんは何もできなません」


 紫月は笑顔でそう言った。

 無くなった右手と、残った左手を見た。

 まだ、だ。

 まだだ!

 まだなにか、出来ることが残っている!

 オレは泣きながら自分に言い聞かせた。


「そう、その表情」嬉しそうに続ける。

「乾さんの、その絶望に満ちた表情。とても良いです」


 そう言って、両頬に手を当てて、紗儚の方を向かせた。

 首筋にはナイフの先端を突き付けられている感触があった。


「詠唱を止めて下さい、紗儚さん」


 紗儚は暗鬱に顔を顰め、それから「分かったわ」詠唱を止めた。


「これでいいでしょ。だから識暉を離してあげて」

「安全はお約束します。でも、乾さんは厄介です。紗儚さんが負けを認めない限り、乾さんの拘束を解くわけにはいきません」

「識暉が無力化されたこの状況から、私に勝ち筋なんてあるのかしら?」

「それは降参と受け取ってよろしいですか?」

「勝ち目がないなら、そうするしかないじゃない」

「ありがとうございます。では、そちらの敗北の証明として、紗儚さんの両手両足を魔術で折らせて頂きますがよろしいですね」


「紗儚!」そう叫んだ。それを見た紗儚は、小さく笑った。


「泣かないで識暉。貴女はよくやったんだから」紗儚はそういった。

「いいわ。それで収まるなら、そうすればいい。どうせいつかは治るし、識暉が助かるなら安い代償よ」


 そう言って、両手をあげて頭の後ろで組んだ。

 紗儚の敗北の意思表示に、喉の奥から白い悔しさと不甲斐なさが込み上げた。


「その代り、識暉を離して」

「わかりました」


 紫月はオレから離れて、紗儚の前に立った。


「では、まず右足を。大丈夫ですよ。紗儚さんなら歩けなくても可愛いですから」


 そう言って、紗儚の足に手を伸ばした。

 一瞬。

 紗儚の足が、紫月に向かって吸い込まれるように伸びていった。


【ダイスロール】

《紗儚|キック 達成値10+99(魔術による補正) 自動成功》

《ダメージ1D6 → 6》

《盟|回避 達成値??》

《達成値?? → 90 失敗》

《盟|HP:?? → ??》


 紗儚の蹴りが正中線上に当たっていた。

 紫月は蹴り飛ばされ、体をくの字にまげて床を転がった。

 紗儚は、うずくまる紫月を見ながら言った。


「意外と気が付かないものね。突進した識暉を盾に取られて終了。前回と同じ負けパターン。ここまで同じだと、かえって不思議なくらいだと思うんだけど。もちろん、それもこれも識暉のお蔭なんだけど。識暉の本気だから、盟の集中を一手に集めることが出来た。

 識暉に勝つ=勝利。そんな安直な考えに飛びつかせることが出来たんだから」


「なぜ」蹴られた場所を押さえながら、困惑したように紫月は言った。


「盟には一つだけ感謝しているの。手段は置いておいて、私に魔術の使い方を教えてくれたんだから。盟のおかげで色々なモノを手に入れた。魔術と、その使い方。

 《記憶を忘却させる》で、身体感覚を奪う。

 《門の創造》で体の一部を別の場所に移す。

 感心しちゃったわ。そんな使い方もあるのか、って。だから私も試してみたの。

 足を物体に見立てて《無欠の投擲》で飛ばす。

 成功するかはわからなかったけれども、悪くなかったみたいね」


 その言葉を聞いた紫月は、口元が苦痛と悲痛で歪ませた。

 紫月を見下ろすように、紗儚は続ける。


「呪文を編むつもりなら、止めはしない。でも、盟の呪文はもう通用しない。本当は私、動きを止める魔術なんて知らないの。だから詠唱していた魔術も動きを止める為の物じゃない。貴女の《肉体の保護》を剥がすための魔術よ。絶対的な防御壁はもう無い。それに《精神の従属》にも対抗する魔術を施し終わっている。チェックメイトよ」


 紫月から空気が漏れる。

 それを見て紗儚は告げた。


「盟は一つ勘違いをした。私と貴方は一緒だといった、でもそうじゃない。私の方が貴方よりも深い場所にいる」

「――そうみたいですね」


 紫月が諦めたように言う。


「魔術の習得には本来時間がかかります。一朝一夕で出来ることではありません。でも紗儚さんはこんな短い時間で魔術を学んで、そして使用するレベルにまで達しました。炎神の巫女が見込むだけのことはある、というところですね」

「分かったら大人しく小瓶を渡して」

「紗儚さんは、ひとつ忘れていませんか」

「忘れてないわ。貴方の左腕。ショゴスに侵食させた代わりに、魔術で使役できるんでしょ。でも、貴方がショゴスを拘束できるように、私も魔術を使って拘束できる。それはもう、切り札にはならないわ」


 紫月は下を向いたまま、体を揺らしながら立ち上がった。

 自分の体を支えるのでさえ精一杯。そんなふうに見えた。


「……誤算でした」

「何が、かしら?」

「紗儚さんです。紗儚さんの潜在的な力。それを見誤った。誤算でした。でも、そんなことは些細です。一番の誤算と比べれば」

「何よ」

「ショゴスが体を侵す速さ。それが予想をはるかに上回っていたこと。それが最大の誤算でした。そして、その誤算が、まさかこうして役に立つなんてことも」


 そう言って、紫月は左手で制服の引きちぎった。

 紫月の上半身が露わになった。

 その体は半分以上、ショゴスに置き換わり蠢いていた。



「テケリ・リ!! テケリ・リ!!」


 盟に巣くったショゴスは、嬉しがるように声を上げていた。


「お二人は強い。逆境をひっくり返す強さがあります。でも私は負けるわけにはいきません。これが最後です」


 そう言って、左腕に手を当てて、呪文を唱え始めた。


「――」


 それを唱え終わると「テケリ・リ!! テケリ・リ!!」

 紫月の左腕は大きくうねり「テケリ・リ!! テケリ・リ!!」

 巨大化し始めた「テケリ・リ!! テケリ・リ!!」


 紫月が化け物になっていくのと同時に魔術が解け、手足に感覚が戻ってきた。

 きっともう、紫月の意識は、化け物のそれにおきかわっているのだろう。


「識暉、動ける?」

「大丈夫。もう動ける。こいつをやっつけるんでしょ」


「違うわ」その声は焦りで大きくなっていた。

「逃げるのよ」


 紫月の左腕のショゴスは、大樹の枝のような触手が伸びる。

 一つ、二つ、三つ。

 その三本の触手が狂ったように周囲を薙ぎ払い始めた。


【ダイスロール】

《ショゴス|触手による攻撃 達成値25》

《達成値25 → 83 失敗》

《ショゴス|触手による攻撃 達成値25》

《達成値25 → 16 成功》

《ショゴス|触手による攻撃 達成値25》

《達成値25 → 40 失敗》

《ダメージ 1D20 →17 対象1D2 → 1 識暉》

《識暉|回避 達成値60》

《達成値60 → 13 成功》


 暴れた3本の触手。その内の一つが、こっちに向かってきた。

 動きを予測して避ける。

 避けること自体は難しくないが、数が多いだけやっかいだ。

 でも、それがいつまで続けられるかは分からない。

 早くこの場から逃げないと。そう思い、オレは屋上の出入り口に走った。

 ドアノブをひねる。

 それは動かなかった。


「扉が開かない!」


 紗儚が舌打ちをする。


「多分、魔術よ。解呪では時間がかかりすぎる。魔術で援護するから、扉を壊して」

「わかった」


【ダイスロール】

《識暉|古武道 達成値80》

《達成値80 → 7 成功》

《ダメージ 2D6+1D4 → 4+5+2= 11》

《扉の耐久:?? → ??》

《古武道 連撃 ダメージ 2D6+1D4 → 4+1+1= 6》

《扉の耐久:?? → ??》


 手ごたえはあった。

 でも、扉は動かない。


【ダイスロール】

《ショゴス|触手による攻撃 達成値25》

《達成値25 → 63 失敗》

《ショゴス|触手による攻撃 達成値25》

《達成値25 → 53 失敗》

《ショゴス|触手による攻撃 達成値25》

《達成値25 → 16 成功》

《ダメージ 1D20 → 14 対象1D2 → 1 識暉》

《識暉|回避 達成値60-20(扉に集中していることへの補正)》

《達成値60 → 83 失敗》

《紗儚|かばう 達成値50》

《達成値50 → 04 大成功クリティカル

《大成功の恩恵 → ダメージを回避できる》


 触手の風切り音と「  ι き!」紗儚の声が同時に聞こえた。

 振り返ると、目の前に迫ってくる触手と、紗儚が見えた。

 紗儚に押し倒されながら、触手が前髪を掠めていくのが見えた。

 床に倒れながら目をパクリさせていると、紗儚が「大丈夫」とこちらを見た。

 

「大丈夫。紗儚のお陰」

「良かった、次は気を付けて」

「わかった、ありがとう」


 そう言って起き上がり、扉に向かった。

 長引けば長引くほど、避け続けるのは難しくなる。

 早くしないと。そう思いながら蹴りを放った。


【ダイスロール】

《識暉|古武道 達成値80》

《達成値80 → 28 成功》

《ダメージ 2D6+1D4 → 1+3+2= 6》

《扉の耐久:?? → ??》

《古武道 連撃 ダメージ 2D6+1D4 → 1+5+5= 11》

《扉の耐久:?? → 6》


 確実な手ごたえがあった。


「もう少し、もう少しで開きそうだ」


 今度は油断なく、後ろの紗儚と触手を見た。

 暴れてのたうつ触手が、こちらに向かってくる。

 そして、紗儚の方にも。

 世界が急にゆっくり流れて見えた。


【ダイスロール】

《ショゴス|触手による攻撃 達成値25》

《達成値25 → 7 成功》

《ショゴス|触手による攻撃 達成値25》

《達成値25 → 92 失敗》

《ショゴス|触手による攻撃 達成値25》

《達成値25 → 14 成功》

《ダメージ 1D20 → 9 対象1D2 → 1 識暉》

《ダメージ 1D20 → 10 対象1D2 → 2 紗儚》

《識暉|回避 達成値60》

《達成値60 → 37 成功》

《紗儚|回避 達成値10》

《達成値10 → 25 失敗》

《紗儚 HP 12 → 2》

《紗儚の気絶判定 HP2による自動気絶》

《紗儚は意識を失う》


 紗儚は床を転がるように吹き飛ばされ、フェンスにぶつかって止まった。

 紗儚! 叫びながら紗儚のもとに走っていた。

 触手が何度も、行く先の床を叩き、抉った。

 避けながら。走りながら。紗儚の所に走った。


【ダイスロール】

《ショゴス|触手による攻撃 達成値25》

《達成値25 → 22 成功》

《ショゴス|触手による攻撃 達成値25》

《達成値25 → 70 失敗》

《ショゴス|触手による攻撃 達成値25》

《達成値25 → 65 失敗》

《ダメージ 1D20 → 10 対象1D2 → 2 紗儚》


 暴れ狂った触手が、紗儚のいる場所に伸びていく。

 今の紗儚には躱し切れない。

 床を蹴って、飛び込んでいた。


【ダイスロール】

《識暉|かばう 達成値80-40(距離による補正)》

《達成値40 → 24 成功》

《識暉|HP 14 → 4》

《体力減少による気絶判定》

《識暉|気絶判定 達成値50》

《達成値50 → 70 失敗》

《識暉は意識を失う》


 幸運だった。

 間に合うかどうか、分からなかったから。

 触手にぶつかり、盛大に吹き飛ばされながら、間に合ったことが嬉しかった。

 床と星空が太陽と月のように回りながら、交互にあらわれた。

 そしてなにかにぶつかって止まった。

 全身が痛い。

 意識が朦朧とする。

 そんな中で、紗儚の姿を探して、視線を動かした。

 目が霞んでよく見えない。

 でも、そんな泣き言をいっても、なにも変わらない。

 立たないと。そして、守らないと。

 歯をくいしばって、立ち上がる。

 でも、体から力が逃げてしまって、立てずに転んでしまう。

 もう一度。ううん。何度でも。

 そう思って、体を引きずった。

 すぐ横を、触手が叩く。

 あと少しずれていたら、叩き潰されていた。

 でも、そんなこと、どうでも良くなっていた。

 触手の風切り音と床を叩く音の中。

 その音は、やけに大きく聞こえた。

 扉が蹴破られるような、大きな音。

 それから聞き覚えのある大きな声。

 先生は笑って、言った。


「悪い、待たせた」


 遅いよ。

 そう非難めいて言ってやりたかった。

 それが屋上での、最後の記憶だった。


                        Session2  乾識暉 END

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