終わらせにいこう

戦闘① 痛み

 青葉高校の屋上は、普段は鍵がかけられている。

 その扉が今は開いていた。

 きっと誰かいるのだろう。


「これで最後」


 紗儚の言葉に「うん」を返す。

 それで準備は十分だった。

 紗儚は扉を開けて、屋上に出た。

 そこでは夜空が広がっていた。

 藍色の空には星が散りばめられ、満月に近い月が外灯代わりに空を明るくしていた。

 その月を背負って、紫月が立っている。

 オレと紗儚は紫月に向かい合うに立った。


「非常識な時間にもかかわらず、おいでいただきましてありがとうございます。この状況だからこそ、聞かなくてはいけませんね。これが最後です。手を引いてくださるつもりはありませんか?」


「無い」「無いわ」


 その答えに、紫月は微笑む。


「それでは、始めましょう」


 紗儚が耳元で呟く。


「私が魔術で盟の動きを止める。準備に時間がかかるから、その間、盟が私に攻撃できないようにして」

「わかった」


 その様子を楽しむように、紫月は言った。


「なんの相談ですか?」

「月が綺麗だねって話だよ」


 そう言って、紫月に向かって走る。

 距離を詰め鳩尾に蹴りを繰り出す。


【ダイスロール】

《識暉|フェイント 達成値75》

《達成値75 → 56 成功》

《識暉|古武道 達成値80》

《達成値80 → 20 成功》

《2D6+1D4 → 2+3+2= 7》

《盟 受け流し:?? → 40 成功》


 放った蹴りは、紫月の左腕で受け流される。


「今回はちゃんと避けるんだな」

「はい。魔術に頼らずとも、乾さんの力に応えることができますから」

「それはよかったなっ!」


【ダイスロール】

《フェイントの成功による追加攻撃。この攻撃は受け流せない》

《ダメージ:2D6+1D4 → 3+6+1= 10》


 最初の蹴りが受け流される。

 でも問題ない。それを想定した攻撃だった。

 本命はその後。

 紫月の受け流された力を回転力に変えて、体をひねり威力を乗せる。

 それから本命の蹴りを放った。


【ダイスロール】

《盟|シークレットダイス 達成値??》

《達成値?? → 25 成功》


 その蹴りは紫月を捉えなかった。

 蹴りを放った先に紫月はいなかった。


――消えた。


 そう思った直後、後ろに気配を感じ振り返る。

 紫月が、涼しい顔で立っていた。


――何が起こった?


 不可解な状況の理由を考えながら、動き続ける。


【ダイスロール】

《識暉|古武道 達成値80》

《達成値80 → 51 成功》

《ダメージ 2D6+1D4 → 4+3+1= 8》

《盟|回避 達成値??》

《達成値?? → 22 成功》


 体を落としながら、右踵で顎を目掛けて蹴り上げる。

 紫月は後ろに身を引いて交わしたが、踵の先端が掠った感触がった。

 余った反動を利用、手を床につけて起点にする。

 そのまま体をねじりながら一回転。伏せるように着地。


「顎がお留守だぜ」

「掠っただけです」

「次も、掠っただけ、だといいな」


 縮めたバネを戻す。一気で飛びかかる。


【ダイスロール】

《識暉|古武道 達成値80》

《達成値80 → 26 成功》

《2D6+1D4 → 1+3+3= 7》

《盟|回避 達成値??》

《達成値?? → 83 失敗》

《盟|???? による軽減:7 → 0》


 攻撃は紫月を捉えた。

 紫月は体と攻撃の間に左腕を差し込んだ。

 骨の一本は折るつもりで放った蹴りだったが、

 紫月の左腕は何事もないように、蹴りに耐えた。

 微風が、紫月の前髪を揺らしただけだった。


【ダイスロール】

《盟|識暉へ魔術の行使 達成値??》

《達成値?? → 10 成功》


 直ぐに身を引こうとした。

 そこでやっと自分の体の異変に気が付いた。

 動かない。

 動きはイメージできるのに、実際は体が動いてくれない。

 手を、腕を、体を、足を目で確認する。

 なにも異常が無いはずなのに。


――何が?


「何が起こったか、ですか?」


 その言葉に、紫月の方を見た。

 紫月は、すぅと奇怪に顔を歪ませる。

 それから体をくの字に曲げ、不規則に息を詰まらせる。

 息を吸いながら吐く。

 何かにとりつかれたように、不気味な呼気と吸気をだしている。


 わらっていた。


 怖気が走る。人間の哂い方じゃない。

 狂気だ。狂気が哂っていた。

 全身が警告を鳴らす。

 見るな! 聞Xな! XX! XXな! XXXな!

 それでも、体は動いてくれない。

 言いようのない恐怖が流し込まれる。


【ダイスロール】

《識暉|狂気に触れたことによる正気の侵食》

《識暉|正気の侵食 達成値74》

《達成値74 → 16 成功 正気の侵食は無し》


「失礼しました。識暉さんの表情あまりにも素直なもので。それにしても、乾さんは本当に厄介でした。でも、識暉さんの手番ターンはもう終わりです。今度はこちらの番です」


 それがゆっくりとこちらに向かって歩き出す。

 もうあれは、人間じゃない。

 逃げろ。

 本能がそう告げる。


「本当は分かっていたんです。紗儚さんが詠唱を行っている間、乾さんが私の動きを止める。その詠唱が完成するまではもう1分ほどでしょうか。その間、紗儚さんは無防備です。さて、どうしますか?」

「紗儚に手を出すな」

「そう言うと思っていました。では、詠唱が完成するまで、乾さんで遊ぶことにしましょう。紗儚さんは目を瞑っていて下さいな。きっと見苦しいものになるでしょうから」


 それが目の前に来た。

 瞳を覗き込まれる。

 紫月の目は、不吉な月のように、赤くまん丸だった。

 頭の中で、思考が「敗北」の二文字を叫んだ。


「紗儚っ!逃げろっ!」


 叫んだ。


「識暉を置いていけるわけないでしょ。泣き言を言っている暇あったら、どうにかすることを考えなさい!」


 そうだ。オレがしっかりしないと。まだ、負けたわけじゃないのだから。

 諦めかけていた気持ちをひっくり返す。

 絶対に何かできる。

 現状を打破する手がかりがどこかに必ずある。

 脳が悲鳴を上げている。恐慌が全てを流し、身を委ねようとする。

 それを必死に抑える。

 ぶつかり合う二つの思考。本能と使命が、脳内を割いて、裂いていく。

 鼻腔から温かいものが流れていった。


「何をした?」


 そう、紫月に聞いた。


「特別なことはしていません。聴覚を経由して、体を支配している感覚をマヒさせました」

「音、か。でも、音なんて何も」


【ダイスロール】

《識暉|アイデア 達成値50》

《達成値50 → 28》


「まさか」

「察して頂けて光栄です」


 そう言って、紫月は左袖を捲った。

 蹴りを受けても平然としていられる理由が、そこから顔を出した。

 左腕は途中から黒く変色して、腕全体が不規則な脈動をしている。

 赤い目玉が、泡のように浮かんで、こちらを見てくる。

 紫月の左腕は完全に、あの化け物ショゴスになっていた。

 ショゴスになった左腕は所々に穴が開いている。

 そこから空気が掠れるような音がしている。


「人間には知覚領域の音です。それを使って魔術を行使しました」


 オレは、「はは」と笑い言った。


「正真正銘。化け物じゃん」


 紫月の口の端があがる。


「そうです。私は化け物です」


 紫月はオレの左手を取った。


「細くて長い、綺麗な指ですね」


 紫月は小指を撫でる。それから関節を逸らさせた。


「おい。何を?」

「一度やってみたかったんです、あらぬ方向に関節を曲げること」


 ゆっくりと小指が曲げられる。

 痺れているはずの感覚は、痛覚をはっきりと感じさせる。


「その痛みを感じた時に、識暉さんはどんな表情をするんですか」


 紫月は笑いながら、だんだんに力が加えていく。


「―――っ」


 声は出なかった。

 激痛に耐え兼ねて声という声を絞り出しているはずが、何も聞こえない。


「あまり喚かれても大変ですので、声も出ないようにしました。気兼ねなく叫んでください」


 痛みが増してくる。

 痛みの波が2度通り過ぎた所で折れた音がした。


「――っ、っ――っ」


 痛みが白色として頭を、視界を支配する。左腕が痛みに震える。

 小指が焼けたように痛み、残りの指が反り返る。

 痛みは響き繰り返してやってきた。

 紫月はそれを面白そうに眺めている。

 痛みに慣れると、また力が入らなくなった。


「紗儚さんの詠唱が完成するまで、もう一回は遊べそうですね」


 そう言って、薬指に手をかけた。

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