探索⑥ 準備

 樸生先生はオレを紗儚の家の前まで送ってくれた。

 それから「じゃ」というと自分だけ帰ってしまった。

 オレは紗儚に会いたくて、呼び鈴を押した。

 すぐに紗儚が出てきてくる。

 紗儚は出てくるなり、両手を伸ばして、オレの両頬を手でつつんだ。


「識暉」

「ん? なに?」

「何でもない」


 そう言って、紗儚は笑った。

 そこにどんな想いがあるのかは分からなかった。

 でも、紗儚が笑ってくれるのは、嬉しかった。


「さ、お茶でも飲もう」

「うん」


 オレは紗儚の後ろを、るんるんしながらついて行った。



 ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ 



 紗儚の部屋。

 ローテーブルにベッド、勉強机。

 勉強机の隣には本棚があって、分厚い本や英語の本がならんでいる。

 紗儚はテーブルの上に置いてあった本を本棚に仕舞うと、

 そこに紅茶とコーヒーを置いた。

 コーヒーに口をつけると、柑橘系の香りがした。


「このコーヒー。おいしい」

「でしょう。良いお値段だったんだから」

「でも、紗儚って紅茶の方が好きだったよね」

「誰かさんの笑顔を見たいから。かな。料理と一緒」

「オレ、飲んじゃっていいの?」


 紗儚は無表情で、クッションを投げてきた。


【ダイスロール】

《紗儚|伝わらない想いを物理攻撃に変えて 達成値25》

《達成値25 → 90 失敗》


 クッションを避けると、紗儚は怒ったような笑顔を浮かべて言った。


「伝わった?」

「……伝わった」


 怒っている理由は分からないが、怒っていることは分かった。

 だから、多分「伝わった」で大丈夫なはず。

 紗儚は、溜め息をひとつ。

 それから切り替えるように言った。


「樸生先生からどんな話をされたの?」

「……紫月を助けてやってくれ、って。全力で止めてくれって。それが樸生先生のためになるって。武道をやっているオレなら分かってくれるだろうって」

「で、識暉はそれを聞いてどう思ったの?」

「樸生先生の伝えたいことは分かったし、理解した。もしもだけど。紫月が自分で知らない内に悪い道を進んでいるなら、もしそうだったら助けてあげたい。そう思った」

「まぁ、識暉ならそう言うわよね」


 紗儚はそう言うと、オレの横に座った。

 それから、オレの短い髪をなでる。


「ねえ、識暉。私は許せないの。盟は識暉を傷付けた。たとえどんな理由がっても、私はそれが許せないの。私は聖人じゃない。むしろ根に持つタイプだから、盟のこともきっと徹底的にやり込んじゃうと思う。もしそうしたら、識暉はどうする?」


「そんなの」聞くまでもない。「止めるに決まってるよ」


「どうして?」

「だって、怒りにまかせて人を傷つけたら、結局自分だって傷つくじゃん。オレは紗儚に傷ついて欲しくない。だから止める、全力で止める」


 そう言うと、紗儚は優しく笑った。


「また、樸生先生にやられちゃったな」

「何を?」

「識暉を通して、説得されちゃった。識暉にそう言われたら、もうこっぴどく傷付けるなんて、出来るわけないじゃない。本当、あの人はズルい」

「それは同感。樸生先生はズルい」


 そう言うと、紗儚と目があった。

 それだけでなんだか可笑しくて、二人で笑いあった。


「そういえば、盟は識暉に接触してこなかった?」

「うん、放課後に向こうから来たよ」

「やっぱりね。どんな話?」


 紗儚に聞かれて、オレは放課後にあったことを話した。

 手を引くように言われたこと。

 ショゴスを見たこと。

 断ったこと。

 盟がショゴスを左腕に入れたこと。

 全部を話した。


「紫月のやっている事は、表面は悪いことじゃない。でもオレには、なんだか違和感があって。それで」

「それで、なんとなくの方を信じて断ったのね」


 それから、紗儚は笑顔で言った。


「感心しちゃった。盟に有利な話だけをされて、その他に判断材料が無い状態で。そこまで誘導されたら、普通なら流されちゃう所よ。よく断る方を選べたわね」

「なんとなく、信用しきれなくて。直観で」

「識暉はそうよね。直観で最善手を選べるの。ちょっと羨ましい」

「良かった。心配だったんだ。間違っていたらどうしよう、って。でもさ、オレ達が紫月を止めたら化け物の方はどうするの?」

「一応、別の手段がある見たい。そっちにもいくつか問題があるけど。精神力を搾取するよりは、工夫の余地があるというか。少なくても、誰も傷つかずに解決できる見込みはあるみたい」


「へぇ」と一頻り関してしまう。

「紗儚は物知りだね」

「物知りとは違うけれども。大体のことは、樸生先生から教えて貰ったからね」

「そうなんだ」

「そう。因みにね、盟の話に出てきた怪異専門の人って、樸生先生よ」

「そうなの!?」

「そう。この事件が面倒なことになっているのは、大体は樸生先生のせい。魔術教えるとか、妙に報酬が良いと思ったら。裏ではそんなカラクリになっていたわけね」

「じゃあ、樸生先生と紫月は繋がっているの?」

「それは違うみたい。二人とも最終的な目的は同じだけれども、過程は全く別ね。盟は精神力を搾取して、それを使ってショゴスを倒したい。でも、樸生先生はそれとは別の手段を持っていて、そっちの可能性を考えているみたい」

「なるほどね。でもさ、なんで樸生先生は、手伝ってはくれないんだろう。樸生先生と話した時にも聞いたんだけど、後で教えるって濁されて。紗儚はその理由って、聞いてる?」

「私にも同じ答えだったわ。時期がきたら教えるって。立場上、直接の介入はできないって。ただ、サポートならしてくれるって、そういう約束はしてくれた」

「ふ~ん。良く分からないね。でもとりあえず、オレ達は紫月を止めればいいわけだ」

「そういうことね。私たちは全力で盟を止めればいい。私としても、あの子に蹴りの一発でもお見舞いしないと気が済まないし。時間ももうない。チャンスは一回。その一回で片をつける」

「いつ、どう接触する?」

「それなんだけど、樸生先生が盟から預かって来たって」


 そう言って紗儚は手紙を出した。


 明日二十四時。

 学校の屋上で待っています。

 紫月盟


「話が早くて助かるわ」

「何か準備は?」

「必要なものは樸生先生に頼んである。報酬まじゅつの前借もしたし。今できることは、決戦に向けて、しっかり休むことかな」

「わかった」

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