探索⑤ 樸生

 学校からまっすぐに、紗儚の家に向かった。

 紗儚の家まで行くと、そこには赤い車が止まっていた。


(誰だろう?)


 そう思っていると、ちょうど玄関から人が出てきた。

 紗儚と樸生先生だ。

 先生はオレを見つけると「おう」と手を振って来た。


「識暉も見舞いか?」

「うん。そう」


 先生は「うむうむ」と、満足そうに頷く。


「紗儚は病み上がりだからな。あまり負担をかけるのはよくないな」


 そう言うと、人差し指をピンと立ててそれを車に向けた。


「ということで一緒にご飯にでも行こうか」

「えっ。オレと?」


 先生は笑顔で「うん」と頷く。


「ごはん?」


 先生は笑顔で「うん」と頷く。


「紗儚のお見舞いに来たのに、先生とごはん食べに行くの?」

「うっさい。黙ってついてこい」


 そう言って車のドアをあけた。

 オレはどうしていいか分からず、助けを求めるように紗儚を見た。

 笑顔で「行ってらっしゃい」と手を振っている。

 良く分からないけど、拉致られるしかないようだ。

 オレは黙って、樸生先生の車に乗った。


「はーい、それじゃあ行ってみよう!」


 軽快な宣言と共に、車が走り出した。


「識暉は何食べたい?」


 バックミラーの角度を変えて、鏡を通して聞いてきた。


「……肉」

「ステーキ? 焼肉?」

「ステーキ」

「いいねぇ、肉ね。じゃあいってみよう!」


 なんでこんなにテンション高いんだろう。

 理由は分からないが、肉が食べれるならなんでもいいや。



◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ 



 先生は約束を守った。

 オレと先生の前には塊のステーキ肉がドンと置かれた。

 めっちゃおいしそうだ。

 「頂きます」を言ってから、肉を食べ始める。

 美味しい。

 ほいほい口の中に入れていたら、いつの間にか全部なくなっていた。

 紙ナプキンで口を拭いて、一息つく。

 それから、やっと質問をした。


「なんでご飯をごちそうしてくれたの?」

「識暉に話しがあったんだよ。んで、ついでだからご飯も食べようと思ってな」

「話し? もしかして紫月のこと?」

「その通り」

「どんな話し?」


 樸生先生は「あ~」といって、それから話を始めた。


「識暉は盟のこと、嫌いか?」

「好きじゃないだけ」

「嫌いじゃないんだな?」

「本当は嫌いかもしれない。でもさ。嫌いっていうことは弱さだって。オレに武道を教えてくれた師匠が言ってた。オレは強くなりたい。だから嫌いじゃない」

「なんかよくわからんが、嫌いじゃないなら良かった」

「何?」

「盟を助けてやってくれ」


 そう言われて、最初は何のことか分からなかった。


「どういうこと?」

「そのまんまの意味だよ。盟を助けてやって欲しい」


 先生はこちらを見ている、その顔は怖いくらい真剣だ。


「なんでそんな話をオレにするの?」

「紗儚にはもう話した。そして断られた。識暉に手を出した盟を、許すつもりはないって。断言された。だから識暉に頼んでいる」

「オレも一緒。紗儚を傷つけたやつを許す気はないよ」

「でも識暉、お前は武道に通じている。聞いた話だが、武道は相手を倒すためにあるわけじゃないんだろう。自分に勝つためだって。違ったか?」

「そうだよ。自分に勝つため、大切な人を守るため、大切な人を救うため。必要な時にちゃんと戦えるように。少なくてもオレは師匠からそう教わった」

「だったら、救ってくれよ」

「盟を?」

「私を、だ」

「先生を?」

「そうだ、私を救ってくれ。私にとっては、盟も可愛い生徒だ。だから、傷ついていくのを、放っては置けない。でも、私にはどうすることもできない。

 だから、頼む。盟を助けてやってくれ」


 先生を見た。

 その表情は柔らかく微笑んでいた。

 でもなんでだろう、オレには悲しそうにも見えた。


「……それは、ズルいよ」

「知ってる。これはズルだ。でもな識暉。私は非力なんだ。だからズルもしなくちゃいけない。識暉が羨ましいよ。識暉は自分の力で道を開ける。その意思と力がある。昔はさ、羨ましいなんて自分勝手な言葉だと思ってた。でも今じゃ、識暉のことを羨ましいと思う。歳をとったのかな」

「知らないよ、そんなこと」


 そう言って、手元の空のステーキ皿に目を落とした。

 樸生先生は、食事をくれた。

 食べ物をくれる人に、悪い人はいない。

 だったらオレは、食事をくれた先生にできる限りの誠意を返さないとフェアじゃない。そう思った。


「良いよ。分かった。先生のために、できることがあるならやるよ。それでいい?」

「良かった」そう言って先生は安心したように笑った。

「でもさ。先生は盟を救うっていったけど、具体的にはどうしたらいいの?」

「簡単だ。盟の持っている小瓶を割ってくれればいい。盟のやっていることを、徹底的に止めてくれればいい」

「それが盟を助けることにつながるの?」

「ああ、そうだ。盟は自分の道が正しいと盲信している。でも、道は一つじゃない。もっと他の方法もある。今の盟には、それが分からないんだ。ただ盲信して、突き進んで。そうして知らない内に大切なものを失っていく。私にもそれで、過去に大失敗やらかした経験がある。そんな時って、本人は面白いほど気が付かないものなんだよ。気が付かせるためには、一度、全部壊す必要があるんだ。そうじゃないと、気が付けない。だから、徹底的にやって欲しい」


 先生の話で、放課後の盟とのことを思い出した。

 ただ盲信して、突き進んで。

 大切なものを失っていく。

 あの時の盟は、まさにその通りだった。

 

「わかったよ」


 それから、一番聞きたかったことを聞いた。


「じゃあ最後にさ。なんで先生がやらないの?」


 その言葉に、先生は目を瞑って眉間にしわを寄せた。

 それから、溜め息をついて言った。


「色々あるんだよ。大人だからな。やりたいと思っても、出来ないこともある。正しいと思っても、賛成できないこともある。そう言われて、理解できるか?」

「全く分からない!」

「そう言うことだよ。物ごとには適切な時期があるからな。識暉がコレを理解できるようになるのは、もう少し先だろうな」

「なんか子ども扱いされてる」

「してないよ。むしろ好ましいことだ。純性はいつかは穢される。本人の意志とは関係なく。それまでに、どのくらい多くのものを素直にみられるか。それが大切なんだ。だから識暉にはそのままでいて欲しい」

「ありがとう。でも、なんか上手く誤魔化された気がする」


 その言葉に、樸生先生は笑顔を作った。

 それは、オレの言葉を肯定してるように見えた。


「勿論、隠すことでも無いからな。時期がきたら、その時はちゃんと話すよ」

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