探索④ 決意
紫月の言葉を聞いてから、地面が揺れているような気がした。
【ダイスロール】
《識暉|幸運 達成値80》
《達成値80 → 62 成功》
《紫月|信用+言いくるめ 達成値??(達成値は公表されない)》
《達成値?? → ??(成功失敗は公表されない)》
「で、どこまでが本当の話?」
苦し紛れに言った言葉。
その言葉に紫月は「全てです」と返した。
「そう言っても、直ぐには信じて貰えないですね。証拠をお見せします」
そう言って、紫月は内ポケットから注射筒を取り出した。
中には
それを机の上に置いた。
「乾さんは、生命の誕生に興味を持ったことはありますか」
「あんまりないね」
「地球の誕生が46億年前。生命の誕生は38億年前と言われています。最初の生命は無機物を元にして、雷や紫外線のエネルギーで誕生したそうです。
でも、それは本当でしょうか?
適切な無機物がそろう確率は?
適切なエネルギーを得られる確率は?
もし生物が誕生したとして、原初の酸性の海で死滅しない確率は?
そう言った要素が偶然にも全て重なる確率は?
……この世に偶然なんてありません。であれば、何かしらの必然があるはずです。その生命誕生の必然。それは、宇宙からやって来た生命体です。その生命体は、地球に最初の生命をもたらしました。
ショゴス。
それが、最初の生命体の名前です。地球上のすべての生物の起源です。アダムとイブは御存じですね。聖書に登場する、最初の人間の名前です。アダムは土をイブは命を表わします。命ある土。それはショゴスの暗喩です。
今この中にいる生物がショゴスであり、件の化け物の正体です」
【ダイスロール】
《識暉|アイデア 達成値50》
《達成値50 → 23 成功》
目の前の液体が生き物?
そんなことがあるわけない。そう思った。
でも同時に、そうかもしれないとも思った。
目の前の粘質な物質は確かに生きている。
「コレが、化け物?」
「ええ。でも正確にはショゴスの一部です。今は私の魔術で拘束しています。私の魔力であれば、左腕くらいの大きさなら制御できます。このサイズなら造作もありません。論より証拠。いまからこの拘束を解きます。乾さんのその目で、確かめて下さい」
そう言って、注射筒に手をかざし、呪文を唱えた。
その言葉に合わせて、筒の中の液体が動き出した。
目のようなものがプツプツと浮かんできて、周囲を探るようにきょろきょろと動いた。
それから、まるで喜んでいるように、
金属が擦り合うような、甲高い鳴き声を出した。
「テケリ・リ! テケリ・リ!」
……。息が止まった。
生理的な気持悪さに、半歩体を引いてしまう。
【ダイスロール】
《この世ならざるモノ目撃による正気度喪失判定》
《識暉|正気の侵食 達成値75》
《達成値75 → 63 成功》
《正気の侵食:1D6 → 1》
《識暉の正気:75 → 74》
恐ろしい生き物に、息を止めたまま体を硬くしていた。
紫月は一度こちらを見ると、視線を戻し呪文でそれを大人しくさせた。
「信じて頂けましたか」
紫月の言葉に、オレは「――」何も言えずにいた。
その様子を見て、紫月は「話を続けさせて頂きます」と言った。
「ショゴスは人を襲います。本体のショゴスは、今でこそ制御出来ていますが、時間が経つにつれて、それも難しくなってきています。制御が出来なくなり、人を襲い始めてしまったら……。そんな事態になる前に、しかるべき対処をしなければなりません」
「――だから、俺達に手を引いてくれって。そう言うわけか」
紫月は笑顔を浮かべた。
「ご理解頂けて、嬉しく思います。私からお伝えしたかったことは、これで全てです。もう一度お願いいたします。この件から手を引いてください」
【ダイスロール】
《盟|説得 達成値??》
《達成値?? → 63 成功》
「分かったよ。紫月が何をしたかったのか。その為には、オレ達が邪魔だったって事も」
紫月のやろうとしている事は、悪いことじゃない。
むしろ、誰かがやらなきゃいけないことを。
すすんでやっているように感じた。
オレのやっていたことを間違いだとは思わない。
でも、盟のやっている方がより正しいことだ、と。
そう思った。
【ダイスロール】
《識暉|幸運 達成値80-50(盟の説得による補正)》
《達成値30 → 93 失敗》
手を引こう。そう思った時だった。
頭の中に紗儚が浮かんだ。紗儚はなにも言わなかった。
ただ、右手で目を隠した。
そうして、左手で口を覆った。
それは、見えるものがすべてじゃない。言葉がすべてじゃない。
そう言っているように見えた。
オレは何かを見落としている。
そんな気がした。
落ち着こう。
冷静になるために、深呼吸をする。
【ダイスロール】
《識暉|個人技能『特殊嗅覚』 達成値50》
《達成値50 → 03
匂いだ。
仄かに甘い、バニラのような香り。
盟の言葉の中にある匂い。
それは、拐かすための匂いだ。
相手を自分に棚引かせるための、拐かすための匂いだ。
「今なら分かるよ。紫月がやろうとしている事はきっと、悪いことじゃない。だからさ。断るよ」
その言葉に、紫月は苦々しげに目を瞑った。
それから深く溜息をついて。
「理由をお聞かせ願いますか?」
「紫月の話したことはきっと本当のことなんだろ」
「はい。そう思うのでしたら、なぜ」
「でも、大切なことを隠している。話は全部本当のことだ。でもそれは、紫月に都合の良い所だけ寄せ集めて作り話だ。徹頭徹尾、紫月のための物語だ。紫月には悪いが、その話には乗れない」
そう言うと、紫月はなぜか少し笑った。
「なぜ紗儚さんが乾さんと一緒に居るのか、少しわかった気がします。乾さんは正義の味方なんですね。正しいものに向かって真っ直ぐに突き進んでいく。それは紗儚さんや私のような、全てを疑う人間には痛く心に届く。だから紗儚さんは、乾さんと一緒にいるのだと、そんな気がします」
紫月の言葉に、鼻を鳴らして返す。
「乾さんは道を決めました。他の可能性を捨てて、たった一つの道を選び取りました。その決意。それこそは最も強い感情の一つです。乾さんは武力のみならず、意志の強さも持ち合わせている。このままでは、乾さんには勝てそうにありません。であれば、私も相応の決意を持って乾さんと向かいあわなければ。同じステージに立つことはできませんね」
紫月はそういって、ゆっくりと注射針を取り出した。
【ダイスロール】
《識暉|アイデア 達成値50》
《達成値50 → 67 失敗》
「物騒なモノを取り出すね」
そういいながら、警戒を強めた。
向こうが仕掛けてきたら、いつでも動けるように、準備をしておく。
「そんなに警戒しないでください。直ぐに終わります」
そう言いながら、紫月は注射筒に針をセットした。
そうして。
左袖をあげて。
腕に針を突き刺した。
紫月の顔が、痛みに歪む。
何をしているのか一瞬分からなかった。
ただただその光景に、圧倒されてしまっていた。
紫月は注射器を押し、中身を腕の中に押し込んだ。
痛みを殺し、声を殺し。無音の悲鳴を上げた。
――なぜ気が付かなかった。
なぜ化け物は注射筒に入っていた。
なぜ『左腕くらいなら大丈夫』なんていった。
全部このためだった。
ショゴスを自分の体に注入するためだった。
紗儚なら、きっと気が付けた。
その思いが、重たい泥になって、頭を埋めていった。
「これが、私の決意です。正義とか悪とか、私はどうだっていいんです。私は、私の為にやり続ける。たとえお二人を敵に回しても。たとえ体の一部が化け物に蝕まれようとも。私はやり遂げる。これが私の決意です」
「なんで、そこまでして」
「たとえ世界を敵に回しても貫くもの。それが、『想い』というものではありませんか」
そういうと紫月は、左手を抑えながら立ち上がった。
「話は終わりました」
そう言うと、教室から出ようと歩きはじめる。
その足取りはふらふらとした覚束ない。
いまにも倒れてしまいそうで心配になる。
「大丈」
その言葉は、紫月の「来るな」に消された。
顔を蒼白にして、肩で息をしながら教室を出て行った。
一人残されたオレは、どうしてよいか分からなくなった。
一人ではどうしようもない。
そう思ったのと同時に、紗儚の顔が浮かんだ。
立ち止まっている場合じゃない。
そう思い、歩き出した。
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