探索③ 紫月
朝のホームルームが終わると、蛇穴先生に声をかけられた。
「紗儚は休みか?」
「うん。今朝迎えにいったら、今日は休むって」
「そうか。体力が戻ってくるのにはもう少し時間が掛かるだろうからな。見舞いに行ってやれ」
「うん、そうするつもり」
それから、できるだけ小声で聞いた。
「ところでさ。先生、どうやって紗儚を治したんだ?」
「それか、それは。おまじないだよ。気持ちを落ち着かせる、おまじない」
蛇穴先生はそう言った。
それから腕時計を見た。
「もう時間だ。教室に入れ」
なんだろう。はぐらかされたような気がする。
「なにそれ。後で詳しく教えてよ」
そう言ってから、先生と別れた。
◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇
放課後。
蛇穴先生に話を聞こうと席を立った。
そこでクラスメイトに声をかけられる。
「乾さん、呼んでるよ」
視線を向けると、そこには忘れられない顔があった。
紫月盟。
瞬間、怒りで視界が白む。
席から、紫月の前に歩いていく間に色々な方法を考えた。
人体急所とそこへ攻撃を加える方法。それを何通りも想定した。
紫月の前に立つ。
考えるより先に手が動いた。
紫月の細首を締め上げる為に、まっすぐに伸びる。
(止めなさい!)
紗儚に、そう一喝された気がした。
その声で我に返った。
そうだ。
紗儚だったらこんなことはしない。
暴力になんて頼らないで、もっと上手くやる。
すごく冷静に、話をするはずだ。
紗儚と同じにはできないけど、オレもそうしようと思った。
「なんだよ。そっちから来るなんて」
その言葉に、紫月の目が細くなった。
「すみません。乾さんには何をされても仕方がない。そう思って来ました。ですがこうして話をして頂けて」
「そういうのはいいよ。オレも紫月に聞きたいことがあったからちょうど良かった。場所を変えようか」
「では静かな場所に。誰も来ない良い場所があります。ついて来てください」
そう言って紫月は歩き始めた。オレはその後をついていく。
紫月が選んだのは生徒会室だった。
「昨日の今日でココに案内するんだね。続きをやろうってこと?」
そう言って、紫月の出方を見る。
「そんなつもりはありません。乾さんの力は私には手に余ります。出来れば戦いたくない、それが本心です。今日は乾さんとお話をしたいと思っています」
言葉を重ねるより一回殴り合った方が、よっぽど相手のことが分かるのに。
普段ならそう言う所だった。
だからあえて逆を言った。
「そうなんだ。オレも紫月と話したかったんだ」
「そう言ってもらえると、こちらとしても嬉しいです。たとえそれが、乾さんの本心でなくても」
紫月の笑顔に、やれやれ、を返す。
「話って、どんな話?」
「お願いです。この件から手を引いてください」
紫月はそう言って、深く頭を下げた。
「随分ストレートだね。どうして急に?」
「乾さんの力は私の手には負えません。ですが私はどうしても、やり遂げないといけません」
「精神を弱らせて命の危険にさらすような、馬鹿げたことを?」
紫月は俯き「はい」と答えた。
「言い訳は致しません。ただ、知って欲しいのです。なぜこんなことをしなければいけないのか。その上で判断して欲しいのです」
「まるで仕方なくやってるみたいな言い方だ」
「はい。これしか方法がなかったのです。多くの人を救う為に、少数の人に負担を請け負ってもらう。それは決して肯定されることではありません。ですが、これしか方法がなかったんです」
「――聞かせてよ」
ありがとうございます。
紫月はそう言って頭を下げた。
「これはある人の話です。ここではその人をKと呼びますね。Kは、怪異やこの世ならざるモノ。そういった普通の人間には手に負えない出来事を解決する専門家でした。ある日、Kの所に昔の知り合いが訪ねてきます。化け物の駆除。それが知り合いからの依頼でした。その化け物を駆除する為には、莫大な精神力が必要でした。それは一人でどうこうできるものではありませんでした。そして、そんな多くの精神力を直ぐに集めることは、普通はできません。たった一つの方法を除いて」
そこで言葉を切ると、紫月はこちらを見た。
その目は「もうお分かりですね」と言っている。
「この学校の生徒から搾取する」そう答える。
「そうです。ココはうってつけの場所でした。人数が多く、若い。人数が多ければ、一人が負う負担は少なくなります。それに、若ければ精神力の回復も早い。まさにうってつけの場所でした。ですが、Kはそれを選択することが出来ませんでした。
『子供は守られるもの』
そう言って、首を縦に振りませんでした。その間にも、化け物は成長を続けます。放っておけばいずれ、手に負えなくなることは分かっていました。Kの代わりに精神力を集める人が必要でした。その役を私が貰いました。物事は順調に運び、あと一息で精神力が集まる。あと少しで、化け物を駆除できる。この機会を逃したら、もう手に負えなくなる。今はちょうど、その瀬戸際なんです」
紫月はそこで言葉を切った。
静かにこちらを見つめている。
「まるで、紫月のしていることは善で。オレがやっていたことが、間違いみたいな言い方だね」
「善悪は立ち位置によって、容易に変わります。絶対的ものなんて存在しません。神を除いては」
「で。オレの方に折れてくれって、そういうこと?」
「はい。あと二日我慢して頂くだけです。それで全て解決します。仮に乾さんたちが私の持っている小瓶を割ってしまえば、全てのことが無駄になり、取り返しのつかない事態になります。私のしていることは、乾さんには悪に写るかもしれません。でもそれは、大きな脅威を取り除くために必要な犠牲なのです。
肯定して欲しいわけではありません。
ただ、理解してほしいのです。」
――。沈黙。
紫月が話している間、ずっとその様子を見ていた。
嘘は気配に出る。
自然ではないことをしようとすれば、変な力みや呼吸の乱れが出る。
でも、話している間の紫月にはそんな様子は無かった。
むしろ、必死ささえ感じた。
紫月の言っていることは、多分、嘘じゃない。
オレは、自分のしていることは間違っていないと思っていた。
苦しんでいる人を助ける。それは正しいことだと思っていた。
でも本当にそうなのだろうか。
オレは、間違っているんじゃないか。
もし紗儚が居れば、すぐに答えを出してくれるのに。
その紗儚は、今はいない。
紫月の言葉を聞いてから、地面が揺れている気がした。
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