探索② 幸運

人形のように、温かさが無かった。


【ダイスロール】

《識暉|親しい者の異常な様子の目撃 達成値80》

《達成値80 → 72 成功》

《識暉 正気への侵食 なし》


「乾、落ち着け」


 蛇穴先生がそう言って、肩に手を置いた。

 それにすがるように、そちらを見た。


「紗儚が、どうしよう」

「だから落ち着け」


 蛇穴先生の鋭い声に思わず息を飲んだ。

 先生は「下がっていろ」オレを紗儚から離した。

 入れ替わって紗儚の様子を見た。

 手をかざして、紗儚の目に入る光を遮ったり当てたりしている。


「大丈夫だ、対光反応がある。生きている証拠だ。放心しているだけだ。なにか、精神的な強いショックでも受けたようだな」

「紗儚は、大丈夫?」心配と不安に、声が震えた。

「ああ、大丈夫だ。だから乾は言われた通りにしろ」

「何をすればいい」すがるように先生に聞いた。

「食べ物だ」

「食べ物?」

「治ったら、何か食べさせないといけないだろ。消化が良くて美味いもんを作れ。そのあいだに、こっちもなんとかする」

「わかった」


 そう言ってからすぐ部屋を飛び出して一階に降り、台所に走った。


【ダイスロール】

《識暉|料理を作る 達成値10》

《達成値10 → 88 失敗》


 冷蔵庫を開けて、あるものを確認する。

 うどん、ほうれん草、卵、があった。

 うどんとほうれん草を茹でて、卵をいれよう。

 そう決めて料理に取りかかる。

 料理の基本は「さしすせそ」だって、聞いたことがある。

 砂糖、塩、酢、醤油、ソース。この5つをいれれば大体は美味しくなる。

 鍋に水をいれて沸かす。そこに塩をスプーン3杯? くらいいれて、うどんをゆでる。

 次にほうれん草を砂糖でもみ洗いして、うどんの中にいれる。

 これで砂糖と塩はクリアー。

 卵を割ってといた後に、醤油を少し入れて鍋の中に回しいれる。

 最後に酢とソースを入れれば完成。

 早く紗儚に届けないと

 出来た食事をお盆に載せて、溢さないように部屋に運ぶ。


「先生、作ってきた!」


 部屋に入ると、紗儚が驚いたようにこちらを見た。

 その顔は血の気が通っていた。お盆を机に置くと紗儚に駆け寄った。


「紗儚」

「あ、うん」


 曖昧な返事をする紗儚に抱きついた。


「おー、よしよし。心配させちゃったね」


 そう言いながら背中を撫でてくれる。

 紗儚の胸から顔をあげる。

 大丈夫なことを確かめたくて、もう一度顔を見た。


「そんなに嬉しそうな顔しないで、恥ずかしい」


 そう言って、オレの頬を押して遠ざけた。


「よかった。本当に良かった。先生もありがとう。先生のお陰だ」

「まぁな。でも、一番の功労者は乾だ。乾が居なかったら、俺は家に入れなかったからな。神宮寺も後で礼を言っておけ」


紗儚は「はい」と頷いた。


「それから、神宮寺はシャワーでも浴びたほうがいい。そのままじゃ可愛いが台無しだ」

「先生。それ、セクハラですよ」


 紗儚の言葉に先生は肩をすくめた。



 ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ 


【ダイスロール】

《紗儚|幸運 達成値5》

《達成値5 → 16 失敗》

《仁|危機察知 達成値??》

《達成値?? → 49 成功》


 紗儚の為に作ったご飯を、最初に口に入れたのは蛇穴先生だった。

 そのことを激しく抗議すると、先生は逆に聞き返して来た。


「世の中ではこういうのを錬金術って言うらしいな。後学の為に教えてくれよ。普通の材料で、普通に作ったんだろ? どうしたら、こんな味を作れるんだ」


 何を言われているのかわからなかった。

 「食べてみろ」そう言われて味見をしてみると、それは。

 ――不味かった。


【ダイスロール】

《識暉|不味さによる正気の侵食 達成値75》

《達成値75 → 34 成功》


 蛇穴先生は黙って食器を下げた。それから五千円紙幣を1枚おいた。


「俺はもう行く。神宮寺はゆっくりでいいから、何か食べた方がいい。乾。お前が責任をもって、お前が作った料理以外を食べさせてやれよ」

「分かったよ。でも、お金は」

「別に俺の懐から出すわけじゃない。あとでちゃんと静に請求する。この方が静も安心するだろう。あいつの金だから気にするな。栄養のある食事をしろ」


 そう言って、立ち上がった。

 玄関まで、先生と一緒に降りていった。


「先生。今日はありがとう」

「大変なのは、この後だろうな。応急処置でなんとかなった。でも、紗儚が本調子に戻るまではもう少し時間がかかる。それまで、しっかり支えてやれよ」


 先生の言葉に「分かった」と返した。

 先生を見送ったあとは、紗儚の部屋に戻った。

 オレは紗儚と二人になった。

 でもなぜだろう。

 いつもは他愛もない話をするのに、今日は二人とも黙ってしまった。

 聞きたいこと、話したいことは山ほどある。

 でも言葉になる前に、喉の奥に戻っていってしまう。

 呼び鈴の時と一緒だ。ずっと迷って、なにもできない。


「ねぇ、識暉」紗儚はそう、話しかけてくれた。

「そうしてかな。いつも二人でいたのに。今日は気恥ずかしいね」

「うん」

「もう、家族みたいに思っていたのに」

「うん」

「ちょっと。うん、以外に何か言えないの?」

「――ゴメン」


 紗儚はなぜか、それを聞いて笑った。


「識暉は可愛いなぁ」


 そういって、ほっぺをツンツンしてくる。

 嫌な気はしない。だからされるがまま。


「良かった。普通に喋れた」


 紗儚のその言葉に心臓を締め付けられ、紗儚の顔を見た。


「心配だったんだ。なんか自分が自分じゃないような気がして。識暉とうまく話せなくなっていたら、どうしようって」

「オレも紗儚と喋れてよかった」


 紗儚は笑った、だからオレも笑った。

 それから色々な話をした。

 その会話の端々から、なんとなくわかった。

 紗儚は自分の中にある、記憶の一つ一つを確かめていた。

 なぜそんなことをしてるのかは分からなかった。

 オレにできることは、ただ紗儚と一緒に話をすることだけだった。


 その日は遅くまで一緒にいた。それから「また明日ね」と約束をして別れた。

 その言葉が、俺は不安だった。

 明日が、今まで通りの明日になるかなんて、分からなかったから。

 いや。

 そうならないことが、何となく分かっていたから。

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