戦闘⑤ 決戦《決着》

「お分かりですね。これでチェックメイトです」


 盟の言葉に、溜め息をつく。


「わかった。私の負けよ。抵抗はしない。だから識暉を傷つけないで」


 そう口にしながら、頭をフルに回転させる。

 諦めなければチャンスは来る。

 そのチャンスを生かすために、考えられる手段を虱潰しに挙げていく。

 そんな私を、盟は鋭い視線を射抜いた。


【ダイスロール】

《盟|心の動きを見透かす:達成値??》

《 達成値?? → ??(結果は公開されない)》

《紗儚|抵抗ロール 達成値??》

《達成値?? → ??(結果は公開されない)》


「その意志です。白旗を掲げながら、頭の中では逆転の一手を探している。決して諦めない意志。それこそが探索者としての稀有な才能。でもそこまでです」


 そう言って盟は別の《愚者の石》を取り出した。

 

「いくつ持っているのよ」

「7つ」その返事に、溜め息が出る。

「なにが2つか3つよ。倍以上持っているじゃない」


 そう、この場にいない先生に文句を呟いた。


「分かった。本当に私の負け。抵抗もしない。だから識暉には手を出さないで」

「分かりました。お約束いたします」


 その言葉に、溜め息をひとつ。

 負けた。

 でも識暉が無事ならそれでいい。

 次は負けない。それだけのことだ。


「で、そちらの要求は何? この事件から手を引け、かしら」

「いいえ、違います」

「じゃあ、何?」

「紗儚さんから、あるものを奪います」

「いいわよ、好きなものをもっていけばいい。お望みはなに?」

「――正気」


 そう、盟は言った。


「紗儚さんには狂気を体験していただきます」


 そう言って、盟はボロボロの体を無理やり動かして、私の前に来た。

 いつの間にか《肉体の拘束》を掛けられている。

 身じろぎ一つ出来ない。


「直ぐに終わります。ほんの少し、我慢して下さいね」


 そう言って、呪文を唱え始める。

 意味のわからない言葉。

 それに応じるように体の熱が大きくなる。

 熱は喘ぎに変わり、呼吸ともつかない不連続な息が吐き出された。

 始めは苦しかった。その苦しみは熱で溶かされ、身体を犯していく。

 やがて思考さえも溶けてしまい、私は白濁とした思考の中に溶けていった。



 ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ 



 気が付くと、私は黒い廊下を歩いていた。

 ここはどこだろう。

 私は、どこに向かっているんだろう。

 私の足は意志とは関係なく、勝手に進んでいく。


「やぁ、久しぶりだね」


 不意に声をかけられた。

 いつの間にか、隣に人がいた。

 長身痩躯で漆黒の肌をした人。


(何だろうこの人?)


 その疑問に、その人は応えた。


「えっ、ボクに見覚えが無いの? 残念だな。なんてね。冗談だよ。ボクはいつでもどこにでもし、どこにもい。だから、君が気が付かないのも、無理はないよね。まっ、そんなことは今はいいよ。それよりもさ。この先のことだよ。

 このまま先に進むのはお勧めしないよ。我が主への謁見は、脆弱な人間には耐えられないだからボクがこうして、忠告しに来たのさ」

(じゃあ、止めておく。帰るわ)

「おっと。帰るのは無理だよ。君の精神は魔術の力で拘束されて、この空間に縛り付けられている。首輪がついているのと一緒。ここから出ることはできない」

(どうやったら、出られるのよ?)

「この先に進む。御大の所までいけば、その拘束は効力を失う」

(……つまりは。危険を承知で先に進むか。安全にここにいるか。どっちか選べってことね)

「流石、と言うべきかな。その通りだよ」


 そういって、その人はニコニコと笑顔を浮かべた。

 それを見てわかった。

 この人は優しさでココにいる訳じゃない。楽しむためにいるんだ。


「どうするの?」

(別に選ぶってほどのことじゃないわ。先に進んで、あなたの御主人とやらを見て、ココから出る。このまま進む。一択ね)

「ふぅん。さっきも言った通り、君たち人間の精神には、御主人の直視は耐えられないと思うけどなぁ。ボクのご主人様は何て呼んでいるか、知っている?

 狂気に満ちた宇宙の真の造物主。

 如何なる形をも持たない無形の黒影。

 名状し難くも恐るべき宇宙の原罪そのもの。

 飢えと退屈に悶える白痴の魔王。

 とまぁ、色々だけれども、これだけ並べたら人間にとってどれだけ有害か分かるでしょ。直視すれば正気ではいられないだろうし、最悪の場合、精神が崩壊して狂人インセインまっしぐらだろうね。それでもいいの?」

(考えるまでもないわ。ココには識暉がいない。だったら居る価値なんてない。ココには私が失いたくないモノはないんだから、当然の選択よ)


それを聞いたその人は、くつくつと声をあげた。


「やっぱり人間は面白いね。ボクの知る限り君は臆病な人間だったはずだ。戦いもしない内から負けることを考えて。それがどうだい。ひとつの物に執着して、固執して、偏執して。まるで偏執狂パラノイアだ。

 イイよ。そういうのがイイんだ。君を選んで正解だったよ。神宮寺紗儚」


 そう言って、またくつくつと笑った。

 なんか、変なヤツだ。多分、まともに話ができるヤツじゃないのだろう。人をからかって楽しむタイプ。そう感じた。

 ただ、ひとつだけ聞いておきたかった。


「貴方の名前は?」

「ボクの名前だって? そんなのどうでもいいじゃない? まぁでも、君の勇気に敬意を表して、教えちゃおっかな。ボクは貌の無い神、ニャルラトホテプさ。これで満足かな」

(明日には忘れてそうな名前)

「その明日が来るといいね」


 そう言い残すと、その人は消えてしまった。

 ため息ひとつ。それから、先に進んだ。

 どのくらい進んだかわからない。

 不意に、強い光と共に視界が変わった。


 白い。

 黒い。

 赤い。

 何もない。

 何もないはずなのに、そこで何かがうごめいている。

 夢を見ながら、身悶えしている。

 あれはなんだろう。

 何もない空間に輪郭が浮かび上がる。

 身悶えしてたいたものが形をとり始める。

 それは、年経た大樹に見えた。

 ツヤのある無骨な幹が、瘤や虚でデコボコとしていた。枝葉が四方に伸びてその先に名状し難い蠢くものが生えている。その生き物は悲鳴をあげて、死んでいき、新しい化物が生まれていた。そうして、次々に枝葉を伸ばしている。まるで何かを祝うように、不気味な声の合唱が続いていた。無骨な幹はその歌声に喜んでいるように身悶えを続けている。

 何もわからなかった。ただ、この世ならざるものの直視に、正気がキリキリと音を立てて、絞り消えていくことだけがわかった。


【ダイスロール】

《紗儚|神格の直視による正気度喪失判定:達成値73》

《達成値73 → 84 失敗》

《神格の直視による正気の蝕み:1D100》

《1D100 → 85》

《紗儚|正気73 → -12》

《紗儚|狂気の理解 達成値75》

《達成値75 → 08 成功》

《正気度0による狂人化キャラクターロスト》 

《この正気の蝕みは一時間に1ポイントづつ行われる》

《73時間後、神宮寺紗儚の正気度は0になり、人格が完全に崩壊する》



                Session1 神宮寺紗儚 END 

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