お前のやるべきことはここに突っ立って後悔することじゃない

戦闘① 生徒会室

 生徒会室の前、ノックをすると。「どうぞ」と返って来た。

 扉を開けて中に入る。

 会議の形に配置された長机。

 その最奥の議長席。

 そこに座る長い髪の女子生徒。

 長い前髪と眼鏡に隠れた目。

 口元だけが静かに笑っている。


【ダイスロール】

《紗儚|盟の心中を探る:達成値80-50(対象者による抵抗補正)》

《達成値30 → 05 成功》


 盟は歓迎している。

 でもそれは、普通の歓迎とはちょっと違うように感じた。

 憧れとも好きとも違う、なんだか気になる人。

 そんな人とたまたま隣同士になった、そんな嬉しさに近くて。

 でも、何かが奇妙だ。


「わざわざお越し頂きありがとうございます。紗儚さんとお話しするならば、ココだと決めていました。誰もいない、静かな所ですから。人の匂いの無い場所って、なんでこうも落ち着くのでしょうね」


 確かにこの教室には、匂いというものが無いように感じる。

 いや。ほんの少し、甘い香りがする。


「私はずっと紗儚さんに興味がありました。こうしてお話しできることを嬉しく思います」

「生徒会長さんからそんなお言葉をいただけるなんて、身に余る光栄ね。でも、私なんかにどうして興味を?」

「あの樸生先生のお気に入り。そういわれれば、誰だって興味を持ちます」

「あの? あの堕落した人間失格先生はそんなに有名?」

「ええ。魔術に通じるもので、樸生先生を知らない人は恐らくいないでしょう。人の身でありながら、炎の神の加護を受けた稀代の魔女ですから」

「それはきっと別の人ね。あの人はただのポンコツ人間だから」


 その言葉に、盟は少し笑った。

 それから、飾り気のない素直な言葉で語った。


「本当は、私もそう思います」


 それから、前髪を左右に流し分けた。

 その後ろにあった眼鏡と両目がこちらを見る。

 眼鏡の下には、ネコの目のように丸く形の良い眼が嵌っている。

 その目が、遠慮のない視線をこちらに向けた。


「安心しました。紗儚さんとは気が合いそうです」


 その仕草と言葉に、嫌悪感を抱く。

 好意を示すことで相手にも同じものを求める、心理的な誘導。

 それは私が得意としているものと同じ。

 盟と私は、考え方が似ている。

 表面上ではどんなに笑顔を作っていても、心の中では他人なんてただの駒としか思わない。冷たくて無味乾燥な人形。

 そう思うと、なんだか嫌な気分になってくる。


「ありがとう。でも、私はそうではないわ。私は貴女のことが嫌い」

「嬉しいです。紗儚さんの中に感情を残せる人間であることが」


 盟の言葉一つひとつにイライラしてしまう。

 そのイライラを溜め息に変えて吐き出した。

 出来るだけ、話したくない。


「ややこしいのは得意じゃないの。だから単刀直入に聞くわ。なんで輝梨さんにあんなことをしたの」


 盟は口元を僅かにあげて言った。


「世界を救うため、です」


【ダイスロール】

《紗儚|言葉の真意を探る:達成値80》

《達成値80 → 27 成功》


 その表情からは、盟の言葉が半分本気で、半分は冗談であるように感じた。

 それを見透かしたように、盟は言葉を重ねる。


「そう言ったら、紗儚さんは信じてくれますか?」


 私はYesもNoも言わない。

 盟の真意を見破ることに徹する。


「それが真実であれ、なんであれ。紗儚さんは信じはしないでしょう。ですので、別の言い方をさせて頂きます。コレはゲームです。私は世界の為に、他人を犠牲にする。紗儚さんたちは、私を止める。これはそういったゲームなのです」


私は溜め息をつく。


「世界を救うためだとか、ゲームだとか。どちらにせよ、私には理解しかねるわ。でも、貴女がコレをやめる気が無いことは分かった。それに、貴女も本気なことも。だからこそ興味があるの。貴女がこんなことをする、その理由に」


 その言葉に盟は小さく笑った。


「世界を救うのに、理由が要りますか?」

「……教える気はない、ってことね」


 私の言葉に、盟は嬉しそうに頷いた。

 そうして制服のポケットから、小さな香水瓶を取り出した。

 その中には虹色の液体が揺れている。


「この小瓶にはみなさんから集めた精神力が入っています。私からこの小瓶を奪って壊せばいい。それがそちらの勝利条件であり、私の敗北条件です」

「ずいぶんと簡単にバラしちゃうのね」

「勝利条件がはっきりしないと、ゲームになりませんから」


 盟は微笑んで言った。


「ただ、もし私を止めたいと思うなら、急いだ方がいいかもしれません。あと3日もすれば必要な精神力が集まりますから。その時は、私の勝ちです」

「3日ね」


 そう言って、鼻を鳴らした。


「残念ね。私は面倒なのは好きじゃないの。今この場で、貴女から小瓶を奪って壊す。それで終わりにする」

「それも、いいかもしれません」


 そう言って、盟は髪を耳に掛けた。

 その動作のあとに、ほんの少し甘い香りがした。


「だとしても、もう少し注意したほうが良かったかもしれませんね。今この状況は、決して楽観できる状況ではないのですから」

「何を言って、」いるの。


 そう言って立ち上がろうしたところで、異変に気が付いた。

 体が動かない。


「魔術に通じるもので樸生先生を知らない者は、恐らくいない。そうして私は、魔女としての樸生先生を知っている。だとすれば、私が魔術に通じている可能性については警戒すべきですね。私も樸生先生ほどではないにせよ、魔術には覚えがあります。《肉体を縛る》を使いました。これでもう、紗儚さんは動けません」


 盟はゆっくりと立ち上がり、私の後ろに立った。

 そのまま、私の髪に触れる。そして、髪に唇を当てる。


「紗儚さんは、精神力の源は何処にあると思いますか?」


 そう言って、盟は私の両肩に手を置いた。

 左手がゆっくり胸に這い伸びる。「心臓でしょうか?」

 右手がゆっくり頬に這い上がる。「それとも、頭の中でしょうか?」

 言いようのない気持ち悪さと恐怖が背中を冷たくする。

 触れられるたびに、白くべた付く汚れをつけられているように感じた。

 でも体は動かない。


「それとも、もっと別の所でしょうか?」


 そう、耳元でささやく。

 直接見られなくても、笑っているのが分かった。


「紗儚さんの体にもう一度、あの蛇を入れます。精神力が今度は簡単に外せないように、体の奥深い場所に」


 盟の手が、頬から首筋に移る。それから鎖骨に、胸に、お腹に、その下に。

 白く長細い蛆虫のようだった。それが体を蠢きながら這い回る。

 気持ち悪さに声を上げるが、か細い空気が漏れ出ただけだった。

 恐怖と汚れが体を蝕んでいくのを、感じ続けるしかなかった。


【ダイスロール】

《理解を越えた異常な事態》

《紗儚|正気の蝕み:達成値73》

《達成値73 → 55 成功》

《紗儚|正気73 → 72》

《紗儚|幸運 達成値5+80(識暉の幸運による補正)》

《達成値85 → 27 成功》


「紗儚!」


 叫び声と、けたたましい音。

 識暉の声だった。


【ダイスロール】

《識暉|古武道:達成値80》

《達成値80 → 20 成功》

《ダメージ 2D6+1D4 → 6+2+2=10》

《盟|回避:達成値??(公開されない)》

《達成値?? → 19 成功》


 識暉の蹴りの風切音が聞こえた。

 でも当たった音は聞こえない。

 視界の端で、盟は軽く飛び退いて躱したのが分かった。

 同時に、私を縛っていた不可視の力から解放される。

 体に上手く力が入らず、机に肘をついて体を支える。


「待っていましたよ、識暉さん」


 盟はそう言って微笑んだ。


「紗儚に何をした」

「まだなにも」


 ギリリと音がしそうなくらい、識暉は歯噛みする。


「識暉!」


 識暉の飛びかかりそうな勢いを、声で止める。


「不用意に近づいてはダメ!」


 盟は満足そうに目を細める。


「どうやら楽しい時間は終わりのようですね。楽しみは次の機会に。その時はゆっくり楽しみましょう」


 そう言って、無防備に歩き出した。

 私と識暉の横をなんの警戒も無しに通り過ぎ、生徒会室を出て行った。


「紗儚。大丈夫か?」


 紗儚は体にうまく力が入らなかった。感覚がしびれて、上手く立てない。

 全身に見えない汚れをつけられたような感じがする。


「紗儚」心配層そうに声をかける識暉に

「大丈夫。本当に大丈夫だから」と言った。


「でも、二つだけ頼みたいの」

「なんだ」

「肩を貸して」

「わかった」識暉は肩を抱いて、体を支えてくれた。

「次は?」

「誰か来る前に、部室棟のシャワー室までつれてって」

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