探索⑤ 決断

 二人だけの部屋は、なんだか静かだった。


「紗儚」

「なによ」


 識暉が言いにくそうにしながら、言葉を続けた。


「怒ってる? よね」

「なんでよ」

「なんか、紗儚の空気がトゲトゲしてる」

「ちゃんとわかっているじゃない」


 識暉は体を小さくして、それから「ゴメン」と言った。


「私が何に怒っているか、わかる?」

「オレが続けるって言ったこと」

「50点」


 溜め息をついて、それから識暉の目を見て言った。


「もう半分は、識暉の無神経さよ。先生が言っていたでしょう。識暉の近くに、本当に心配している人がいるの。知っている?」

「ん、誰?」

「期待通りの答えをありがとう。原生生物からやり直そうか?」


 識暉は、本当に分からないようだ。

 首を傾げて、頭の上に「?」を浮かべていた。

 分かっていたことだ。

 識暉は心理系の感覚は貧弱だ。特に自分に向けられた好意には。

 だから、一つ一つ言ってやらないとダメなのだ。

 大きく溜め息をついた。

 それから、ゆっくりと話を始める。


「私は識暉のことが心配なの。もし識暉が輝梨さんみたいになったら、私は心配でたまらないの。それは分かる?」

「オレだったら大丈夫」


 そんな根拠のない自信は、今はどうでもいいから「黙って聞け」


「……はい」

「先生が言っていた、識暉を心配している人って、私のことなの。その心配している人を前に、危険なことを安請け合いしないで、って話。

 わかる?」


 私の気持ちは伝えた。あとは識暉にどれくらい伝わったか、だ。

 今度は識暉の番だ。私の気持ちに識暉が応える。


「紗儚の気持ちは分かった」


【ダイスロール】

《紗儚|識暉への説得:達成値70−50(対象者からの妨害)》

《達成値20 → 35 失敗》 


「でも大丈夫だよ」


 右と左の耳の間から、ぷつりと何かが切れる音が聞こえた。手近にあったクッションを掴んで、識暉に投げつける。


【ダイスロール】

《紗儚|識暉への八つ当たり:達成値25+20(近距離による補正》

《達成値45 → 17 成功》

《識暉|クッションの回避:達成値70-20(近距離による補正)》

《達成値50 → 31 成功》


 私の、物理的な想いを識暉は軽く避けてしまう。

 可愛げのない奴め。

 でも。

 誰かの為に、見返りも求めずに突き進める。呆れるぐらいに真っ直ぐな姿は、識暉らしい。そんな識暉を説得して、この件から手を引かせるなんて、私にはできのかもしれない。

 溜め息をついた。

 それでも、やらなきゃいけないから。

 識暉の強靭な意志に勝たなきゃいけない。

 どんなことをしてでも。

 識暉の目を見る。

 こんな状況でもなければ、ずっと見ていたいと思うような眼。

 綺麗な赤みがかったブラウン。

 その瞳は、急に真剣な眼差しを向けられ、揺れている。

 私は両手を、識暉の両手に重ねた。

 それから、精一杯の本心で、識暉に言う。


「私は識暉が心配。だからこの件には、これ以上関わり合いたくない。樸生先生なら、きっと何とかしてくれる。だからお願い。もうここで終わりにしよう」


【ダイスロール】

《紗儚|説得:達成値70》

《達成値70 → 12 成功》

《識暉|説得に抵抗 達成値30+30(識暉の信念による補正)》

《達成値60 → 39 成功》


 識暉は、

 眉間を皺を寄せて、

 困った顔をして、

 苦虫をかみつぶして、

 そうして、答えを言った。


「紗儚の気持ちは嬉しい。でも、答えは変わらない。オレは、オレが助けられる人を助けたい」


 ダメだった。

 識暉の正義を折ることは出来なかった。

 知っていた。

 識暉の道を曲げれるほど、私は強くない。

 でもいい。私は敗北主義者だから。負けることには慣れている。

 だから負けるのもお手の物だ。

 諦めにも似た気持ちで言った。


「私の負けよ」


 識暉は目をパチクリさせて、その言葉を聞いていた。


「私も続ける。当然でしょ。識暉が安全に突き進めるようにサポートするのが、私の役割なんだから」


 その言葉に、識暉は目を輝かせながら、子犬のように飛びついてきた。


【ダイスロール】

《紗儚|識暉のダイブを回避:達成値30−20(至近距離による補正)》

《達成値10 → 15 失敗》

《紗儚|幸運:達成値05》

《達成値05 → 33 失敗》


 勢いよく飛び込んでくる識暉をかわす時間は無かった。とっさに、手近にあったクッションに手を伸ばしたが、虚しく空を切った。

 結果、識暉のダイブをモロに受けソファに押し倒された。

 ソファがあってよかった。

 いや、ソファがあったから飛び込んで来たのかも。

 まぁ、どっちでも良いや。


「紗儚、大好き」

「はいはい、私も大好き」


 適当な返事をして、それから識暉を引き剥がす。


「でね、識暉。一緒に続けてあげる代わりに、条件があるわ」

「何?」

「勝手に行動しないこと。私の言うことは絶対に聞くこと。わかった?」

「わかった」


 絶対にわかってない返事を、識暉は笑顔とともに返した。

 諦めを溜め息にしてはき出す。


「そうと決まれば、さっさと終わらせてしましょう」


 そう言って日記を手にとった。

 人の日記を見ることに良心が疼く。

 でも、そんなことを言っている状況でもない。

 そう思い直し、日記を開いた。

 その中身に思わず。


「――なんで」


 そうとしか言えなかった。

 その日記は。


          白紙だった。

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