探索④ 後悔と笑顔

 静かな部屋で聞く外の慌ただしさは、休日の雨音みたいだ。まるでテレビの中のことのように、どこか自分には関係ないことのように感じる。


 識暉が日記を見つけた後すぐに、樸生先生が来た。先生は状況を把握すると「後のことは私が預かるから、2人は少し休んでいてくれ」そう言って、このゲストルームに行くように言われた。

 私と識暉はソファに座って、外から聞こえる音を聞くとは無しに聞いていた。

 私の頭の中では、何度もあの瞬間が繰り返されていた。

 

「そんなことをしても無駄」


 私は識暉に対して、そういったのだ。


「そんなことより」


 そう言って、輝梨さんを助けたいと思う識暉の気持ちを切り捨てた。

 それが、とつく液体になって、胸のあたりにまとわりついている。

 モヤモヤした気持ちを吐き出すために、識暉に気づかれないように、静かに溜め息をついた。

 答えなんてないのは分かっているのに、答えを出そうとして、そうして気持ちは沈んでいく。

 ダメだ。

 これは、ダメなヤツだ。

 ――よし。一回全部忘れよう。

 それから、識暉に謝ろう。

 答えなんてどうでも良い。

 識暉に謝りたい。そう思うから謝る。

 それがいい。

 そう思って、口を開きかけたときだった。


「ねぇ、紗儚」識暉の声がした。

「なに?」

「ありがとう。あと、ごめん」

「どうしたの、急に」


 識暉は深刻な顔で下を向いている。


「ずっと考えてたんだ。オレは本当はどうすれば良かったのかって。あの時、紗儚がいてくれなかったら、オレはずっと輝梨に声をかけ続けていた。目の前のことでいっぱいになって、他のことが見えてないままだった。紗儚がいてくれたから、オレは正しいことをできた。だから」


 そう言って、識暉は顔をあげた。

 まっすぐに私の顔を見て。


「ありがとう、紗儚。あと不甲斐なくてごめん」


 識暉は良い子だ。真っ直ぐな気持ちをそのまま言葉にできる良い子だ。そんな真っ直ぐな気持ちに対して、悪いのだけれど。

 私は可笑しくて笑ってしまった。

 それから、こちらを見てとしている識暉に言った。


「ごめんね。識暉は真面目だったのに、笑っちゃって。実はね、私も識暉と同じことを考えていたの。そして、識暉の方が正しいと思ったの。私たち同じこと考えて、出した答えがまるっきり反対って。ちょっと面白くなっちゃって」

「紗儚の方が正しいよ」

「ありがとう。でも、なんかもう、どうでも良くなっちゃった。正しいとか、正しくないとか。そんなものどうせ、結果からしか判断できないんだから。そんな不確かなものよりも、識暉の気持ちの方が嬉しい。それに、過程がどうであれ、コレがここにあるんだから」


 そう言って、その日記を取り出した。

 私だけでは見つからなかった、識暉が見つけた手がかり。

 突然、こんこん、とノックの音。それから「入るぞ」樸生先生の声。


「おっ、二人とも落ち着いてるな。いや~、大変だったな」


 軽い口調は気分を落とさないための、先生なりの気遣いだろう。だから私も、軽く返す。


「本当ですよ。こんなに大変なことになるは思いませんでした」

「まぁ、そうツンツンするなよ。輝梨の状態も大丈夫だ。発見と処置が早かったからな。青葉寮ここの特殊性を考えると、発見が遅れていた可能性が高いからな。お前たちのお手柄だよ。二人が輝梨を助けたんだ」


 先生の言葉に、ああ、と気がつく。

 これは識暉への気遣いだ。

 実際に先生の話を聞いて、識暉は安心した表情を浮かべている。

 先生のそういう所が、私は嫌いだ。

 先生の言葉は労いや労りじゃない。相手が欲しい言葉を口にして、そうして相手の心理を自分の良いように誘導する。

 私にはそれが分かる。私も同じことをするから。だから私は、先生のことが嫌いだ。

 あー、やだやだ。

 私がうんざりしているのに気が付いたのだろう、先生は苦笑を浮かべてそれから本題を切り出した。


「なにか手がかりは見つかったか?」


 私は軽くため息をついてから、日記を取り出した。先生はピューォと口笛を吹いた。


「最重要アイテムだな。こんな状況の中だ、そこまで気が回らないと思っていたが。正直、ここまでやってくれると思わなかった。流石としか言いようがないな」

「そんなことはどうだっていいです」


 そう言って、先生に日記を渡した。

 先生はやれやれと肩をあげて、それから日記を開いた。

 はじめはパラパラ。それから、大切そうな所は指でなぞりながら読んでいる。一通り確認すると、日記を閉じ、顔をあげた。


「大当たりだ。これで輝梨があんなことになった原因が分かる。まぁなんだ、優秀過ぎてビックリするよ」


 そういうと先生は笑顔を浮かべた。

 いや、この表情は本当に笑顔なのだろうか。


【ダイスロール】

《紗儚|個人技能『敗北主義者の洞察』:達成値60 − 40(対象者からの妨害)》

《達成値20 → 34 失敗》

 

 嬉さ? 悲しさ? 後悔? いろいろな感情が混ぜ合わされた表情だ。

 料理に入れられた調味料のように、私には全てを読み切ることはできなかった。

 先生は、そんな私に気が付いたのだろう、小さく鼻をならした。


「二人に、大切な話がある。今回、輝梨のことは少なからずショックだったと思う。だが、あれがマシだと思えるようなことが、この先、間違いなく起こる。だからここが最後だ。手を引いて、日常に戻るか、このまま続けるか。選んでくれ」


 あー。はいはい。

 この選択肢のない選択。

 保健室と一緒だ。

 そう思ったときだった。


「特に識暉な」


 急に名前を呼ばれて、識暉は条件反射のように「はいっ」と元気良く答えた。


「識暉はなにも考えず、本能で決める節があるからな。それは悪いことじゃない、でも今回はそれ以外のこともちゃんと考えてくれ。特に、お前を心配しているヤツが近くにいるってことを、忘れずにな」


 意外だった。

 今回は本当に選択させてくれるらしい。少しだけ、先生を見直した。

 でもそれ以上に意外だったのは、識暉だ。


「心配してくれている人って、先生のこと?」


 識暉の鈍感さが主人公並みだったことだ。

 先生はそれに、笑って答えた。


「そうだよ、私も心配している。こりゃ強敵だな、紗儚」

「ええ、そうですね」


 できるだけ不満そうな表情をつくって、識暉を見た。

 識暉は「?」を浮かべた表情を返してくれた。

 それを見た先生はカラカラと笑った。


「まぁ、良いよ。もう好きに選べ。どんな時にでも、識暉の判断は識暉のものだ」


 それから、目を細めて選択を促した。


「さぁ、どうするんだ」


 識暉の選択は早かった。


「やるよ」


 識暉は、ぶれない。いつだって。

 だから私が、なんとかしなきゃいけない。


 「識暉、ちょっと話をしようか」


 そういってから、先生を見た。


「返事は今必要ですか?」

「いいや。大切なことだ。二人で良く考えて決めれば良いさ」


 先生はそういうと、日記をテーブルにおいた。


「使うなら持っていけ。要らないなら置いていけ。携帯の番号を置いていくから、決まったら連絡してくれよ」


 その言い方は、結論がわかっているようで、嫌だった。


「じゃあな」


 そういって、先生は部屋を出ていった。

 部屋には、私と識暉の二人だけになった。

 さぁ、ここからが勝負だ。


 私は識暉を相手にしなければならない。

 敗北主義者の私が、識暉の信念を相手に勝負をする。

 笑えるくらいに、結果が見えている。

 勝てるわけがない。

 それでも私はやらなきゃいけない。

 識暉のために。何より私のために。


 静かに、呼吸を整える。

 そうして識暉の眼と、向かい合った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る