探索② 鉄のカーテンと奇妙な音

 樸生先生から渡されたカードキーを通して、入り口を潜った。

 その先にあったのは、広く開放感のあるエントランス。併設されたラウンジには、柔らかなソファーと、硝子づくりの低いテーブルが置かれている。そこに置かれた花瓶や絵画などの調度品は、一つひとつが意匠を施されていて見ていて飽きない。ゆったりとしているだけでなく遊び心もある空間。


 青葉高校女子寮『青華寮』。

 写真や映像では見たことがあったけれども、直接見るのは初めてだった。

 この青華寮という場所は学校の中にあって、ひときわ異質だった。寮生以外の生徒は勿論のこと学校教員でさえ、事前申請と許可証がなければエントランスにさえ、入ることが許されない。学校と私生活。その二つをはっきりと切り分ける。その厳格な信念は、排他的な制度となって明文化され、青華寮を覆う鉄のカーテンとなった。

 外からはけっして、その内側を覗き見ることはできない。そんな異質な青華寮を、樸生先生は若干の揶揄も込めて秘密の花園と評した。


 放課後、私と識暉は樸生先生の指示で青華寮に来ていた。

 先生からクラスメイトである角倉輝梨かどくらかがりの体調の確認をしてきてくれ、と頼まれていた。

 先生曰く「昨日輝梨が不調で保健室に来ててな、その時の様子がちょっと変だった。ただの不調とも違うようだったから、気になっていたんだ。今の体調がどうか、経過も含めて知りたいから、ちょっと行ってきてくれ。ついでに話を聞けたら、なにか良いことが聞けるかもしれないな」と。そういうことだった。

 要はていの良い使い走りだ。

 まぁ、愚痴を言っていても始まらない。

 気持ちを切り替える。

 それから、受付のガラス窓越しに、寮母に声をかけた。


「失礼します」


 声をかけると、冷たい視線と声が返ってきた。


「何か用かしら」

「はい。保健の樸生先生に言われて来ました。先日輝梨さんが体調不良で保健室に来たようなのですが、その後の体調は大丈夫かどうか確認するように言われています」

「部外者の立ち入りは許可されていません」

「許可証を預かっています」


 そう言って、許可証を渡した。

 許可証に目を通す寮母の様子は、なにか粗を探すような感じだった。どうやら、あまり歓迎されていないみたいだ。


「あなたは、樸生さんかしら?」

「いえ、私は神宮寺紗儚です」

「この許可証、申請者が樸生静となっているわね」

「はい。樸生先生の代理として来ています」

「そうなのね。でも、あなたが申請者でないなら、会わせるわけにはいかないわね」


 そういって、ぶっきらぼうに書類を返してきた。

 つっけんどんで、取り付く島もない。嫌な態度だ。

 文句のひとつも言いたくなってしまう。

 でも、文句を言っても始まらない。

 それに、面白い。

Noとしか言えない相手に、Yesと言わせるのは。


【ダイスロール】

《紗儚 | 寮母の思考を読む:目標値60》

《目標値60 → 02 大成功クリティカル


 寮母の態度や物言いは、過剰に攻撃的だ。

 でもその後ろにあるのは、寮母という立場の責任と信念であるように思った。

 寮の子供たちを守る。そのために、少しでも関係ないものは排除する。

 そんな思いが、こんな冷徹な対応になっている。

 だとすれば。

 ――口許が弧を描く。

 やりようはいくらでもある。


「それはすみませんでした。そう判断されるなら従うしかありません。

 ですが、樸生先生は輝梨さんのことを本当に心配していました。

 手が回らない中で、樸生先生が私たちにいくように頼んだのがその証左です。最近は風邪のような症状から、急に容体が悪くなり病院に運ばれている例が多くなっています。救急車が校内に来たことはご存じかと思います。

 輝梨さんに、何もなければそれで良いのですが。

 もし万が一があった時には。私はきっと後悔すると思います。

 5分で構いません。面会は叶いませんか?」


 その言葉に、寮母の視線がはじめて揺れた。


【ダイスロール】

《紗儚 | 寮母の思考を読む:目標値60》

《目標値60 → 58 成功》


 その視線の揺れから、寮母の思考がわかった。

 外からの不審者をいれてはいけない。けれど、もし輝梨さんの容体が悪くなったら。

 部外者を入れる危険リスクと、症状悪化の危険リスク

 どちらを受け入れて、どちらを排除するか。


 そんな風に、考えているのだろう。天秤は左右に等しく揺れている。

 であれば、その片方にほんの少しだけ、重りを追加する。

 寮母の目の届かないところで、後ろ手に識暉にサインを送る。


「お話の途中にすみません。はじめまして、乾識暉です。オレ、前に輝梨からノートを見せてもらって。輝梨が休んだら今度はオレがノート見せるよって、約束したんです。その時に輝梨、じゃあ安心して休めるねって言ってて。その約束を果たしたくて。

 だから、オレからもお願いします」


そういって頭を下げた識暉を見て、寮母は眼鏡をはずした。

眉根を潜めて、目頭を強く押し、深い溜め息を静かに吐いた。


「わかりました。今回は特別に許可します」


 識暉と視線でハイタッチ。


「ただし」寮母はきつい口調で言った。

「面会は5分以内。私も同席します」


 それはちょっと面倒だな。

 そんな思いを「ありがとうございます」に変えて返した。

 寮母は忌々しそうなため息をついて立ち上がり。


「輝梨さんの部屋は2階です。案内しますから、ついて来なさい」


 そう言って立ち上がり。受付から外に出てきた。私と識暉はその後ろに続く。

 2階の廊下には、似たような扉が左右に8つずつありその中のひとつの前で寮母は足を止めた。たぶんそこが、輝梨さんの部屋なのだろう。

 寮母はその扉をノックをする。


「輝梨さん、お友だちがお見舞いに来ているわよ。」


 中からの反応はない。寮母は少し待ってからもう一度ノックした。

 やはり、反応はない。


「寝ているのかも知れないわね」

「本当に寝ているのなら良いのですけれど」

「どういうことかしら?」

「いえ、もしも意識を失っていたら、と思って。樸生先生から教えてもらった症状に、そういうのがあったので」


 寮母はそれを聞いて、扉の向こうを見た。その視線の後ろに不安の影がさしている。

 もう一度ノックをし、そうして反応がないことを確認すると。


「輝梨さん、扉を開けるわよ」そう言って1秒、それからゆっくりドアノブを捻った。


 ドアノブは入室を拒むように途中で止まった。それは想定していたようだ。寮母は内ポケットからマスターキーを取り出し鍵を開けた。

 それからドアノブを回し、押した。

 

 ねちゃり


 粘着質な音。

 動かない扉。

 再度の挑戦。

 結果は同じ。

 悪い予感は。

 確信になる。


【ダイスロール】

《紗儚|音の正体を見極める:達成値55》

《達成値55 →     》

《識暉|音の正体を見極める:達成値40》

《達成値40 →     》

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