心に訴えかける恐怖は容易に抗えるものではない

探索① 保健室の魔女と秘密の花園

 白を基調とした穏やかな部屋だった。

 学校の中にあって、部屋と呼んでも差し支えない作りのそこは保健室。

 その主たる人物は背もたれに体重を預け、だらしなく座っていた。


「なんだ、紗儚。人生相談か? それは結構なことだ」


 誰も何も言っていないのに、勝手に話を続ける。


「悩め若人よ。そのとき君は美しい」


 私は、この変人が嫌いだ。

 ヨレとシワだらけの白衣の下には、パーカーを着ている。

 学校という公的な場にありながら、その様子はひどくだらしない。

 でもそれは、だたの上っ面。

 だらしなさの奥に、冷徹な観察眼と洞察力を隠し持っている。

 保健教諭ほけんしつのせんせい樸生きじなせい

 この人の前では、すべてを暴かれるように錯覚してしまう。

 だから私は、この人が好きじゃない。


「樸生先生に相談があって来ました」神那さんの言葉に、

「春のことだろ」先生はすぐさま返した。


 わかるわかる~。とでも言うような、軽すぎる口調だった。


「この前、救急車で運ばれたからな。幼馴染みとして、心配なんだろう」

「はい。樸生先生は、私と春が幼馴染みだって、知っていたんですか?」

「保健の先生の情報収集能力を見くびるなよ。そんなことしかやること無いから、大体のことは知ってるからな」


 仕事しろよ。

 いや、この人はそっちが本業か。


「ここに来たってことは、春の調子は良くないんだな」


 神那さんは一瞬、目を伏せた。それからすぐに「はい」と答えた。


「まぁ、なんだ。助けてやりたいんだろ」その声は優しかった。


 それが、作り物の優しさなのか、それとも本心からなのか。

 私には判断できなかった。


「春の不調の原因だがな。一応心当たりがある」

「本当ですか!?」

「ああ。春の不調の原因は、精神の流血だ。簡単に言うとやる気だな。それが出なくなるんだ。起きることさえもできなくなるほどに。怪我と一緒で、時間が解決する場合が殆どだ。だが今回は程度が酷い。放っておくわけにはいかないからな。応急手当が必要だ」


 樸生先生は椅子を回転させ、くるりと背を向けると、キャスターを滑らせて机の前まで移動した。

 子供みたいな移動の仕方だ。だいの大人がやることじゃない。

 机の引き出しを開けて、がさごそさせると、何かをもって戻ってきた。


「これを持っていってやれ」


 そう言って、神那さんにそれを渡した。

 それは琥珀のような透き通った飴色をした石だった。

 先には紐が通され、ネックレスのようになっている。


「コイツはな、所謂パワーストーンってやつだ。紛いではなく、本物の、な。これを使えば春から流れ出るものを補ってくれる。まぁ、精神の点滴、とでも言おうか」


 神那はそれを受け取ると、驚いたような表情をした。


「・・・・・・分かります。持った瞬間、手が暖かくなるような感じがしました。それに、なんか頭が冴えてくるような気がします」

「だろう。上等なヤツだからな、効果は保証するよ」


 そういうと、神那さんの肩に手をおいて言った。


「行ってやりな。面会時間外だが、神那ならうまく融通してもらえるだろ」


 神那は「はい」と答えると、そのままきびすを返し走り出していった。

 その後ろ姿は、すぐに見えなくなった。

 それを確認して、樸生先生は「さて、と」と話を始めた。


「さっきも言っていたが、あれは応急処置だ。一時しのぎにしかならない。根本的な原因を解決しない限り、春は治らない。本当なら、私が何とかしたいところだが、今仕事が立て込んでしまっていてな。困った、困った。誰か代わりに問題を解決してくれる人は、いないなかぁ~」


そう言って、こちらを見てくる。


「誰かいないかな~」


先生の、こういった所が大嫌いだ。直接言わずに、変に遠回りな聞き方をする。

そんな所が、イライラさせる。

いっそのこと無視をしてしまいたい。

でも、そうはできない。

私は無視できても。


「オレがやるよ」識暉はできない。

「オレがやる。何をすれば良い?」


識暉は、進むことしか知らない。


「おお、識暉がやってくれるか。助かる。

 でも、識暉一人じゃちょっとてが足りないから、もう一人くらいいるといいなぁ~」


そう言ってこちらを見る。

識暉を人質にして、要求を通す。

この人と話すと、いつもそうだ。気がつけば逃げ場がない。

そうするしかないように、巧妙に道を塞いでしまっている。

でも、だ。

あまのじゃくな私は、簡単に首を縦に降らない。


「先生。私が2番目に嫌いなことって知っていますか?」

「いや、興味があるね。是非きかせてくれよ」

最長手順で詰ますまわりくどいことです。直接言えば良いじゃないですか。『頼む』って」


 その言葉を聞いた魔女の目は、細く弧を描いた。


「頼む、か」その笑顔はひどく攻撃的で思わず声を失った。

「なんだ、そんな良い言葉があるんじゃないか」


 魔女の顔が近づく。

 目の前まで迫り、直接瞳を覗き込む。

 私はなぜか、動けなくなる。


「紗儚。頼むよ」


 その言葉に、不可視の力で頷かされる。


「・・・・・・はい」


 魔女は満足そうに、嬉しそうに笑うと、私から目をそらした。

 全身の力が抜ける。息を止めていたことに、遅蒔きながら気がついた。


「いや~、嬉しいな。二人に協力してもらえて、樸生さんは超ハッピーだ」


 そんな様子からはさっきの圧は感じられなかった。

 この触れ幅が、怖い。


「そういうことでな。二人共、頼んだ。そうだ。このままだと二人には利益メリットがないからな。報酬を用意しよう。紗儚は魔術に興味があっただろ。本来はそうそう簡単に教えられるものじゃないんだが。紗儚も17歳いいとしだ。この問題を解決できたら、報酬として魔術を教えてやろう」

「本当ですか?」

「ああ、本当だ。とは言っても最初から危険なものは教えられない。

 ごく簡単な、初心者向けのやつだ。

 『動物と話せる魔術』

 『無欠の投擲の魔術』

 『記憶を忘却させる魔術』この3つから1つだな」

「3つ全部」

「1つだ」

「識暉も動いているんです。識暉の分と合わせて2つ」

「識暉はそれでいいのか?」

「紗儚がいいなら」できれば、動物と話せる魔術がいいなぁ。


 識暉が小声で言ったのは聞こえなかったことにした。


「交渉成立です」

「わかった。2つだな」


 先生は小さく息を吐くと、指示を出した。


「早速だけど、情報だ。最近保健室に来た人間でな、春と似たような症状の子がいた。なんでもなければ良し、もしもビンゴなら、なにか有力な情報を得られるかもしれない。というわけで、早速その子のところに行ってもらいたい」

「場所は、どこですか?」


 先生はニヤリとして、言った。


秘密の花園The Secret Gardenだ」

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