導入④ 帰り道と致命的な失敗
明日の朝、学校で。そう約束をして、神那さんは帰っていった。
帰り際の神那さんは、元気こそなかったが、澱のようにあった影は幾分和らいでいた。
希望という灯火は、神那さんの進むべき道を照らした。
それはきっと救いになっただろう。
まぁ、とりあえず良かった。
私は、もう温かくは無い紅茶に口をつける。
識暉の方もまだコーヒーが残っている。でもそれを飲む様子はない。
唇に拳を当て、宙を見るともなく見ている。
【ダイスロール】
《紗儚|識暉の考えていることを考える:達成値95》
《達成値95 → 62 成功》
識暉の考えが分かり、思わず笑顔になる。
識暉はきっと答え探しをしているのだ。
神那さんとの話の中に納得できない部分があって、その答え探しをしている。
そんな識暉の様子に思わず口元が緩む。
紅茶を飲み干し、それから識暉に話しかける。
「そんな難しい顔して。分からないなら聞けば良いのに。
なんで嘘だって分かったのか、それを考えていたんでしょ」
識暉は「えっ」という顔になった。
「どうしてわかったの?」
「いったでしょ。私は心の声が聞こえるって」
そう言って、今度は本当に笑った。
◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇ ■ ◇
「大体、識暉は鈍感なのよ。神那さんが私を見た時の表情、気がついた?」
「え、ずっと暗い表情だと思ってたけど、なんか違かった?」
「識暉はもう少し、相手の表情をみれるといいわよ。
神那さんは、識暉が私を連れてきたことに、戸惑っていたわ。大切な話をしようとしているところに初対面の人がいたら、普通は良い顔はしない。そもそも、大切なことを話せない。だから私は最初から、全部が本当だとは思ってなかった」
「じゃあ、嘘だって言ったのは、カマをかけたの?」
「いいえ。あそこでは確証があった。そもそも神那さんはずっと、嘘をついていますって自白していたから」
「え、そんなこと言ってた?」
「もちろん、言葉ではいってないわよ。それ以外のもの」
「言葉以外? 動作とか?」
「正解。神那さんは話をする前と後で、飲み物に口をつけていたの。気がついた?」
「そうだっけ?」
「そうなの。人は嘘をつくとき、飲み物を飲むの。嘘を、本当のことだと、自分のなかに飲み込むために。心理的な動作が体にも出るっていうのは、よくあることよ。はじめから疑っていたから、そういった類いの動作には気を付けていた。あとは話の内容ね。違和感だらけだったから。小さいことから大きいことまで、不自然な点は色々あったから。
まぁでも。
そんなこと言わなくても、あの様子をみたら、なんとなくは察せるでしょう。相手が大切な人であればあるほど、心配ってのも大きくなるものだから。だからきっと、神那さんにとって春さんは大切な人なんだって。それを必死に隠そうとして、見せたくない所を嘘で固めた。そんな所でしょうね」
「それにね」そう言いながら人差し指を、くるりと回す。
「最近、ウチの学校では奇妙なことが起こっているのよ。急に意識不明で倒れる。そうして、ずっと眠り続ける。そんな人が増えてきているの。
春と全く同じ症状ね。私の知っている限り、春は5人目よ」
「5人も?」
「識暉もそう思うでしょ。偶然は2回まで。5人目となれば、間違いなく何かの原因がある。私は、その原因を知りたいの。神那さんに協力するって気持ちは嘘ではないけれど。正直にいうと、この奇妙な出来事への興味の方が大きいかな」
「興味ね。あれだ、猫を殺すヤツだ」
「気の利いたことを言おうとしたのは評価するけど、残念ね。ネコを殺すのは好奇心よ」
「大体同じでしょ」
「そういう事にしといてあげる」
そういって会話を切った。私の嘘を識暉が見抜いてしまう前に。
――本当の理由は興味なんかじゃない。
恐怖だ。
私は敗北主義者だ。そして、同時にとても臆病者だ。
挑戦は失敗するし、戦ったら負ける。それが私の基本原則。
だからと言って、なんでも受け入れられるわけじゃない。絶対に受け入れられないことだって、ある。
万が一、これが
識暉に起こってしまったら
だから、最悪の状況を想定しながら、そうならないように、できることをする。
最悪の事態を避けるため。そのために知っておきたい。
この奇妙な出来事が危険なのか、そうじゃないのか。
――ふいに。識暉の声が降って来た。
「最後に一つだけ聞きたいことがあるんだ。これが一番知りたいかも」
識暉と視線を交わし、無言で「どうぞ」と促した。
「本当に心を読んだの?」
「今までの話を聞いて、それでもその質問をする?」
つい大声になってしまい、識暉が眉をしかめて両耳を塞いだ。
私は、口から小火をだしながら言った。
「識暉の頭の中には、藁でも詰まっているの?」
識暉は怒られた子供のように、しゅんとしなだれてしまった。
ちょっと言い過ぎてしまった。罪悪感を溜め息に変え。それから説明をした。
「今までの中で、私は何を根拠に話をしていたか、分かる?」
「様子、とか?」
「その通り。非言語コミュニケーション。言葉ではない言葉を聞いて話していたの。『目は口ほどにものをいう』とはよく言われるわね。実は言葉以外で伝えている情報ってかなり多いのよ。私はそれをしっかり聞いていただけ。
私は魔女じゃない。
魔法も魔術も使えない。
みんなができることをしていただけよ。
識暉にだって、ね」
それを聞いた識暉は複雑な表情をした。
きっと私の言葉を聞いて「本当は自分でも気が付けたはずなんだ」なんて思っているのだろう。識暉は、なんでも正直に、真っ直ぐに受け止める。いちいちそんなことをしていたら、身が持たないだろうと思う。
でも、そんな真っ直ぐな識暉が好きでもあり、少し憧れてもいる。
「ゴメンね、識暉」
「え、なに?」
「そういう方面は私の役割なのに。
なんか識暉を責めるみたいに言っちゃったかも。
だからごめんね。今の話は気にしないで」
「オレも。今回のことは、紗儚に頼りきりになっていて。ごめん」
「そんなことないんだけどな。役割分担よね。識暉に足りない所は私が補うから、私が出来ないことは識暉が頑張ってね」
「オレ、何かできるかな」
「なに弱気になっているのよ。識暉にしかできないことなんていっぱいあるでしょ。飛んだり跳ねたりとか、他には純粋な目で見るとかね。結構頼りにしているんだから」
「本当?」
「嘘をついてどうするの? 本当よ」
そう言うと、識暉は子供のように笑顔になった。
そんな顔を見て、こっちも笑顔になってしまう。
「じゃあ、識暉に問題」そんな言葉の後ろに、照れを隠す。
「私は今、何をかんがえているでしょう?」
自分で出しておきながら、ひどい問題だと思った。
でも、いいんだ。
識暉が一生懸命考えてくれることが嬉しいから。
だから答えはなんでも良かった。
どんな答えでも、正解と言うつもりだった。
なのに識暉は、
私の予想を越えてきた。
【ダイスロール】
《識暉|問題の答え:達成値90》
《達成値90 → 98 致命的な失敗》
識暉は、分かったと言うような笑顔を作った。それから。
「晩御飯のこと!」
私も笑顔を作りながら、識暉の生足に蹴りを入れ、先に帰った。
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