導入③ 情報と専門家
「どうして、嘘をついたの?」
【ダイスロール】
《紗儚:敗北主義者の洞察:達成値60》
《達成値60 → 15 成功》
私の言葉に、神那さんの顔から色が引いていく。
「あ」も「う」もつかない形に開いた口、震える唇、落ち着きなく動く視線。誰の目にも明らかなほど、凛は動揺していた。
そうと分かれば逃がさない。
無駄な嘘を重ねる前に逃げ道を塞ぐ。
「私の勘違いなら、それでもいい。それでこの話はおしまい。誰も、どうしようもできない。そう思って諦めればいい。でも、貴女が本当のことを話せば、もっと別の道が開けるかもしれない。
私の言っていること分かる?」
神那さんは動揺していた。
忙しない視線の移動、震える手、まばたきの回数。
そういった様子から、思考を読み取っていく。
【ダイスロール】
《紗儚 | 思考を読み取る:目標値80》
《目標値80 → 03
(どうしてバレた?
いや、違う!
カマをかけられているだけ。
でも、本当だったら?
この人は信用できる?
話せるほど、信用できる?)
頭の中を疑問符が埋め尽くし、その重さに判断が揺れ動く。その様子がありありと分かる。そんな神那さんのただならない様子を心配して、識暉が口を挟んできた。
「ちょっと、紗儚。どういうこと? 神那が嘘をついているって」
「識暉は黙っていて」
問答無用に切り捨てられ、怒られた子犬のように識暉はシュンとする。
そんな識暉を横目にして、神那さんに視線を向ける。
神那さんは瞳を震わせながら、それでも顔をあげて私を見た。
なんども躊躇いながら、蜘蛛の糸を見つめる。
私は黙って、神那さんが選択するを待つ。
真実を打ち明けるか、それとも。
「……っ」
神那さんは一度、きつく目を結んだ。
目元から一筋の光が落ちた。
その涙は、神那さんの心の叫びを表しているように見えた。
そんな必死な姿を見て、助けてあげたいと思った。
だから。
神那さんが決断できるように、私はそっと背中を押す。
「私、心の声を聴けるの」
「……嘘、だよね」
私は微笑む。
神那さんが白旗をあげられるように、神那さんの望む言葉を口にする。
「本当よ。神那さんの春さんを心配する気持ちはわかった。
だから私に出ることがあるなら、してあげたい。
私が力になってあげたいのは春さんの方。そのために、本当のことを話して」
それを聞いて、神那さんは崩れるように力を抜いた。
その口からは空気が漏れた。
掠れた声。引きつった笑み。
それから、全てを諦める様に深く重たい息をついて、顔をあげた。
もう残った表情が、それしかないような、疲れた笑顔を張り付けて。
「ゴメン。騙すつもりじゃなかったんだ。
言っても何も変わらないと思ったから。
でも違った。紗儚さんの言うとおりだ。
私が守ろうとしていたのは、春じゃなくて私だった。
……話すよ」
そう言って、神那さんは秘匿された情報を開示した。
「私にとって、春は特別なんだ。
ずっと一緒にいた。ずっと一緒にいたかった。
でも私の周りには人が増えすぎた。
それは、春にとってはいいことじゃない。
春が特別だってわかったら、春に迷惑がかかるかもしれない。
そんなのは嫌なんだ。だから嘘をついた。
悪気はなかったんだ。ただ、春に迷惑がかかって欲しくなくて。
だから黙っていた。
お見舞いに行ったのも、本当に心配だったから。
できる限り一緒に居てあげたかったから。隣にいてあげたら、目が覚めるんじゃないかって思ったから」
そこで言葉を切った。カップを包む手が小さく震えている。
一度息をついてから、続きを話した。
「春はきっと、病気なんかじゃない。本当はお医者さんだって気が付いているはずなんだ。アレをみたら誰だってわかるよ。
春は眠りながら、言ってたんだ。
『・・・けて・・・けて』って。
はじめは聞き間違いだと思った。
でも何度もそういうんだ。
それで分かった。
『助けて』だって。
春に何か悪いことが起こっている。
そのことをお医者さんに言っても、『そういう病気なんだ』って、『出来ることはしている、待つしかないって』って。
取り合ってもらえなかった。それで、どうしたらいいかわからなくなって」
神那さんはそこまで言うと、言葉を止めて、コーヒーカップに口をつけた。飲むためではなく、それで気持ちを落ち着かせようとするため。
少しの間の沈黙。
それを終了の合図だと受け取った識暉は、そっと神那さんの隣に行き、肩を抱いてあげた。こういうことを自然にできるところが識暉らしい。
「ありがとう。辛い話をさせたね」
辛いときにそんな言葉をかけられたら、私だったら識暉の胸に顔を寄せて泣いてしまうだろう。そんな風に思ったが、神那さんの反応は、違かった。
神那さんは、体を固くした。
「・・・ま・・・る」掠れた声はうまく聞き取れなかった。
注意深く聞き取ろうとしているうちに、神那さんの体にはどんどん固くなり、カタカタと小刻みに震えだした。
「・・・ま・・・ぁ」機械仕掛けの人形が壊れてしまったように、「・・・ぁ・・・ぁ・・・た・・・ぁ」自分でもどうしようもないように「・・・ぁ・・・ぁ・・・ぁ・・・ぁ」神那さんは震えだした。瞳が激しく震えている。手に持ったカップからは、コーヒーがこぼれテーブルに音をたてて落ちていく。
極度の緊張状態。
多分、自分ではどうしようない類いのやつ。
神那さんの様子に識暉は動揺している。
恐らく届いていないだろう声を、かけ続けている。
そんな動揺する識暉を見たおかげで、私は逆に冷静になれた。
だから、錯乱した神那さんに必要なことをする。
【ダイスロール】
《紗儚:神那を落ち着かせる:達成値60》
《達成値60 → 26 成功》
手を伸ばし、神那の両頬を包む。
その感触に、驚いたようにこちらを向いた。
神那さんの瞳の中に私を入れる。
触覚と視覚を繋げて、そちらに意識がいくようにする。
「私の声は聞こえる?」
震えが止まり、コーヒーカップが静かにテーブルに置かれた。
「あ、ありがとう。ごめん。思い出したら怖くなっちゃって。震えが止まらなくなって」
「いいよ、辛かったら。話さなくていい」識暉の言葉に、神那さんは首横に振った。
「春のためなら、話したい」
静かに息をしてから、神那さんは話し始めた。
それはにわかには信じられないないようだった。
「 溶けたんだ。
握っていた手が、黒い液体になって、溶け落ちた。
最初は錯覚だと思っていた。直ぐにもとに戻っていたし。
でも、多分現実だった。この手に、痕が残ってたから」
神那さんはそうして手のひらを見せた。
そこには液体が流れた跡のような、薄いアザが広がっていた。
「そんなことがあって。
だから春は病院じゃ治らないじゃないかと思って。
そしたらもう、どうしていいかわからなくなって」
話しはそこで、本当に終わったようだった。
神那さんは情報を開示した。
だから、今度は私が手札を開ける番だ。
「話してくれてありがとう。神那さんが勇気を出して話してくれたから、正確な情報が聞けたから。もしかすると、春さんは治るかもしれない」
神那さんは俯いていた顔をあげた。「本当、に?」
その言葉に、私は頷きを返す。
「神那さんの言う通りだと思う。お医者さんに任せても、春さんはきっと良くならない。
専門が違うから。春さんを助けられるのは、もっと別の専門家よ」
「専門家?」
「そう。不思議や異様。そういったモノを扱う専門家」
そして、私は口にするのも忌々しい言葉を言った。
「優雅に怠惰を貪る、保健室の魔女にね」
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