第31話
※
作戦会議終了後、第二小会議室。
「つまり、竜弥くんと楓さんは会ったわけだね? 楓さんのお母さんに」
どうにかいつもの調子を取り戻した西野が、二人の目を覗き込む。その隣、会議室の前方には、神山が腕を組んでスクリーンのそばに立っている。
その眼光は鋭いままだが、そこにどこか揺らぎがあるように見えたのは気のせいだろうか。と、竜弥は思った。
「もう一度訊くけれど、葵さんは確かに言ったんだね? 駅前再開発地区が、次回の
怪獣の出現場所で、それも今夜中に現れる可能性が高いと」
「理由があるんです、西野さん」
竜弥が説明を買って出た。
「周囲を高層ビルに囲まれていれば、バンカーバスターで撃ち抜かれる可能性が低い。そして、夜に出現するのは、いわゆる夜目を鍛えるためでしょう」
「ふむ。確かに、竜弥くんの予想では、あの円盤多脚怪獣はずっと眠りに就いていた。まだ暗闇に目が慣れていない。この星を侵略するためには、どうしても夜間行動ができるようになる必要がるわけだ」
大きく頷く竜弥。
「だが、目的は何だ? まさか夜の散歩に洒落込むつもりではないんだろう?」
「んなわけあるか、楓! 自分の身体を慣らすために決まってるだろ!」
「とにかく、私は奥義を一回使ってしまえば、非力な小娘だ。待機場所を教えてくれ」
「そ、そうだな。西野さん、自衛隊はどう動きますか?」
西野はちらりと神山に目を遣り、語り出した。
「今回、葵さんが君たちに託した情報は極めて具体的だ。我々はそれを信用する。ですね、隊長?」
ぐっと顎を上下させる神山。竜弥は内心舌打ちしたいと思ったが、今は堪える。
「我々は、既に作戦行動に移っている。一体目の円盤多脚怪獣を倒した時、一機に地雷を起爆させただろう? 確かに順応されてしまっている可能性もあるが、物理的に地面を陥没させ、怪獣のバランス感覚を鈍らせることはできる。そこで、楓さんが怪獣の円盤部分を斬りつける」
「あっ、ちょっと待ってください!」
ガタン、と席を立ったのは竜弥だ。
「俺は? 俺はどうしますか?」
「地雷の起爆地点に至るまで、人間大の怪獣の相手をしなくてはならない。そこで頼りになるのが、その脇差だ。本来なら、作戦行動に民間人を起用するなどあってはならないことだが……」
「俺が勝手に乱入したことにしてください。もし任務から外されても、俺はそうします」
その言葉に、ようやく西野の頬が緩んだ。
「そうだな。妹さんのためだものな」
その時だった。
《こちら地雷付設班。目標現出予想地点周辺に、指定された地雷を設置完了。これより一時、駐屯地まで撤収する》
「了解。地雷の付設が終わりました、神山隊長」
竜弥の挑むような視線を無視して、神山はうむ、と一つ頷いた。
そして低い、しかしよく通る声でこう言った。
「今回の作戦で、確実に奴の息の根を止めるぞ」
※
同日午後四時半。
やや傾いた夏の夕日が、食堂の西側の窓から降り注いでいる。そこにぽつん、と並んで座っているのは、竜弥と楓の二人だった。
どうしてこんな状況になったのか、彼らにもよく分からない。作戦会議後、共に会議室を出て、食堂に入り、カレーライスを注文して、それから烏龍茶をがぶ飲みして――。
どうして自分たちは、そのまま座っているのだろう? 出撃三十分前だというのに。
穏やかな沈黙をささやかに破り、竜弥が口を開いた。
「なあ、楓」
「何だ」
どこか輪郭のぱっとしない口調で、楓が応じる。
「お前も家族を亡くして生きてきたんだよな」
「そうだ。父上は遠方修練から半年も帰らず、弟一人と妹二人は、栄養失調と流行り病で死んだ。末の弟は、一人で夜道に出たところを、怪獣に殺された。そして師匠、母上は――」
「ああ、もういいんだ。すまない、悲しいことを思い出させちまって」
「そう、だな」
つと、楓は目を上げた。それから何が可笑しいのか、ふっと口元を緩めた。
「どうした、楓?」
そう問いを投げた時には、しかし楓はかたかたと震えていた。
「私に力があれば、少なくとも末の弟と母上は救えたんだ。私に魔術の素養があれば」
「そ、それは……」
『そんなこと分からないだろう』と言い切るつもりだったが、竜弥は失敗した。竜弥とて、母と弟を喪っている。それを思い出して、実感させられてしまったのだ。
「俺は、無力だった。楓、お前と違って悔しがることもできない。そんな俺自身のことを、俺は恥じている」
「お前は武人ではない。他者を守る義務はないはずだ」
「あったさ」
竜弥は首をぐいっと曲げて、楓と目を合わせた。
「武人であろうとなかろうと、大切な人を守りたいと思うなら、そこに義務感が生まれる。いや、義務なんて言葉も煩わしいな。もっと単純で、明確で、こう……腹の底から湧き上がってくるような思いだ」
『だから、俺はせめて、お袋と弟を守ろうと動くべきだったんだ』――そう言って、竜弥は俯いた。
「まあ、当時の幼い俺に、命を懸けろとは誰も言わないだろうけど……。だとしたら、そう、次があるなら、俺は必ず大切な人を守る。この身を捨ててでも」
「……ふふっ」
「なっ!」
竜弥はぐいっと椅子を振り向け、楓に向き直った。楓は口元に手を遣って、意地の悪い笑みを浮かべている。そして、竜弥は気づいた。
「ん……男の中二病はドン引きされるって言うしな」
「む? 『中二病』とは何だ?」
すると、竜弥は自分の顔に血が上ってくるのに気づいた。
「こっ、今回の作戦が完了したら、その意味を教えてやる」
「重篤な病なのか?」
「いや、そういうわけじゃ……でも、人前ではな、うーん……」
「難しい年頃なのだな、竜弥も」
「おっ、お前に言われたくねえよ!」
再びくすくすと肩を上下させる楓。そんな彼女を見ながら、竜弥は冷水を頭から被ったような気分になった。
「楓、お前は――」
「ん? どうした」
「ああ、いや、何でもない」
『家族を全員喪った今、何を守るために命を懸けるのか』――そんなこと訊けるはずがない。訊けるとすれば、今がよほどの緊急事態に陥っているか、あるいは訊く方が筋金入りの馬鹿なのか、そのどちらかだろう。
「確かにこの時代、私には守るべき人がいないように思われるのは、仕方のないことかもしれないな」
「いないように『思われる』って何だよ? 『思われる』って?」
実際、楓にも守りたい人がいるのか? この時代で? 強いて言えば実来のことだろうが―—。
「私は守りたい。神山竜弥と実来の兄妹を」
「ぶふっ!」
竜弥は口に掌を押し当てて、烏龍茶が噴出するのを留めた。
「お、俺? 俺を守ろうって?」
「おかしいか?」
「お、おかしいも何も……。今度の作戦は、実来を救出することだぞ! どうして俺まで守られなくちゃいけないんだよ!」
すると、今度は楓がさっと顔を赤らめた。
「そっ、そそそれは、えっと、実来が帰って来た時、お前がいなかったら寂しいだろう、竜弥?」
「いやまあ、そうだろうけど」
「あと……。私は知りたいんだ。この世界のことをもっともっと知りたい。この時代のことも。……お前のことも」
さらり、とポニーテールが揺れて、楓の顔がこちらを向く。その半分は夕日に照らされて、頬のつやめきは宝石のようだ。
口をぱくぱくさせていた竜弥は、やっとのことで言葉を喉から押し出した。
「そんな……俺のことなんてどうでもいいだろ。恋人じゃあるまいし」
「私では不足か?」
「へ?」
「お前の下に嫁ぐのに、私では不満があるのか?」
竜弥の手からカップが落ち、中身が円を描くようにテーブルに広がった。
「と、とつ、ととと、とつ、ぐ……?」
ぐわんぐわんと揺れる竜弥の視界。しかしその中央で、楓はじっと、熱いまなざしを注いでいた。
「同世代の男児と話すのがこんなに快いものだとは、全く考えたこともなかった。それに、竜弥は私が時代を超えてやって来たのだということを、すぐに信じてくれた」
「いや、あの時はわけ分かんなかったし、はいそうですかと信じるしかなかったんだ」
「信じてくれたことに変わりはない。私、國守楓は、神山竜弥に、その……恋、をしている」
竜弥は一つ、大きなため息をついた。
「竜弥、やはり私のような粗暴な女子では不満か?」
「違う。ただ、早とちりしないでほしいだけだ」
咳ばらいをして、竜弥はこう言った。
「もし実来を救出して、二人共生きて帰って来れたら考えてやってもいい」
すると、途端に楓の顔色が変わった。悪戯っぽい笑みを浮かべた楓は、唇の端を吊りげながら、
「今の言葉、忘れるなよ」
と言って、席を立った。
「……何だったんだ、あれ」
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