第30話
竜弥が首を捻っていると、いつの間にかスクリーンに近づいた西野が説明を買って出た。
《これは推測ですが、後から現れた円盤多脚怪獣は、バンカーバスターによって味方がどのような損傷を受けたのか、それを分析しようとしているものと思われます》
「つまり、次回出現時には、バンカーバスターに対する策を練ってくるということか?」
《そうです》
西野のは一つ、咳払いをした。
《この怪獣の、環境適応能力は生半可なものではありません。そうでもなければ、地球の気温や湿度、大気組成に馴染む前に死に絶えているはずです》
そうか、と竜弥は合点がいった。楓も見たことのなかった円盤多脚怪獣は、楓が元いた時代から地中で眠りに就き、自らを地球環境に適応させていたのだ。
だから、大正時代に山林に落着してから、すぐに行動を起こそうとはしなかった。
逆に言えば、あの怪獣は地球環境に馴染んでしまったのだ。今がまさにその時だ。
《仮に自分の推測が正しければ、怪獣が次回出現する際は、間違いなくバンカーバスターに対する防御策を講じてくるでしょう》
「どうすれば倒せると考える、西野?」
神山が問いを投げる。
《爆薬、砲弾の類は既に使ってしまいましたから、残る策はそうそう残されてはいません。電波妨害、毒ガスの投入など、試す価値はあるかもしれませんが、すぐさま順応されてしまうことは目に見えています。圧倒的物量で、一瞬で目標を消滅させることができなければ、地球は奴らの手に……》
微かな、しかし重苦しいひそひそ声があちこちから聞こえてくる。
そんな中、ふっと竜弥は我に返った。自分まで悩む必要はないと、思い直したのだ。
実来がいなくなってしまった今、怪獣が何を傷つけ、誰を殺そうと、最早知ったことではない。身寄りのない自分に、一体何ができると言うのか。どんな人生が待ち受けているというのか。
いっそ、東間と一緒にハンヴィーの事故で死んでいればよかった。
そんな考えは、しかし一瞬で覆された。
「おい、あれを見ろ!」
「どうしたんだよ、楓」
「実来が……実来が生きてる!」
突然の発言に、半信半疑で竜弥は顔をスクリーンに向けた。そして、喉が握り潰れたような叫び声を上げた。
バンカーバスターを喰らった怪獣を地中に引っ張り込むもう一体の怪獣。
その足先に、確かに見えた。人間が一人が丸々入れるようなカプセル状の物体が握られているのが。
「にっ、西野さん! 実来のスマホの位置を逆探知できますか?」
《今は無理だ。既に電波が切れてしまって》
電池切れか。しかし、わざわざ怪獣が大事にさらっていったところを見るに、実来にはまだ人質としての価値がある、すなわち存命であるということだ。
もちろん、これが怪獣による陽動だとも考えられる。
しかし、竜弥にはそれこそが、自分の人生でたった一つ残された希望の光に見えた。
それに、もし実来が死んでしまい、怪獣側の人質がいなくなったとしたら。その頃には、あの怪獣は完全無欠になっていなければならない。
まだ、奴を倒す手はあるかもしれない。竜弥は楓の肩を叩き、作戦司令室を後にした。
※
「どっ、どうしたんだ、竜弥? 実来が生きているかもしれないのだから、驚いたのは分かるが……」
「魔晴剣だ」
「えっ?」
「楓の刀なら、まだあの怪獣に通用するんじゃないか? 俺が預かってる脇差でもいい」
楓はため息をついて、目を合わせた。
「さっきの西野たちの会話を聞いていなかったのか? 一旦使用された武器には、怪獣は順応してしまって――」
「それは物理的な話だ」
意味を解せず、首を傾げる楓。無視して竜弥は説明を続けた。
「お前の母さんは魔術師だったんだろう? その一派が受け継いできた刀なら、怪獣も順応しきれないんじゃないか?」
「根拠はあるのか?」
「もちろんだ」
竜弥は大きく頷いた。
「百年以上前に、あの怪獣たちは地球にやって来た。にも関わらず、お前の刀は現在の奴らにも通用した。きっと魔物を駆逐するまじないか何かがかけられていて、怪獣たちはそれに順応できずにいるんじゃないか?」
「ふむ、それは一理ある。だが、円盤の怪獣の脚部には、この刀が通用しない部分もあった。それはどう説明するつもりだ?」
「確かに……。いや、しかしこういう時のための奥義じゃないのか? 楓が奥義を使ったのは、俺が知る限り、つまり現代では二回だけ。それも人間大の怪獣に対してのみだ。あのデカブツは、まだお前の本気を知らない。俺が脇差を使える、ってことも」
ふむ、と短く唸ってから、楓は口元に手を遣った。
「俺たちにはまだ勝機がある。実来を救出できる。協力してくれないか、國守楓」
ずいっと身を乗り出した竜弥。その額に、軽い痛みが走った。
「いてっ! 何すんだよ!」
「いわゆる『デコピン』というやつだが?」
「見りゃ分かる! 何で俺が真面目な話をしている時に――」
すると楓は真顔で、こう言い放った。
「添い寝するぞ、竜弥」
「だから人が真面目な話をしている時に……って、え?」
「わっ、私だって恥ずかしい! 繰り返させるな」
竜弥は身の危険を感じ、ざざざっ、と後ずさった。
「お前、頭でも打ったのか? 一体何をどう考えればそんな考えが出てくるんだよ!」
「師匠の下を訪ねたい」
その一言に、竜弥の噴出しかけた鼻血はすぐさま引っ込んだ。
「お前の母さんに?」
「そうだ。目下のところ、一番の問題は、次に怪獣がどこに現れるか分からない、ということだ。それを師匠に教えてもらうんだ」
「だ、だったら一人で寝てればいいだろ?」
「それでは駄目なんだ!」
楓特有の、視線だけで物体を切断できそうな瞳。竜弥はそれに射抜かれ、黙した。
「私はこの時代に来てから、師匠とは現実でも夢の中でも会っていない。しかし竜弥、お前は一度とはいえ、言葉を交わしたのだろう? 手伝ってくれ。私を、お前と同じ夢に導いてくれ。師匠なら何か知っているはずだ」
「そ、そういうことなら……」
「なら話は早いな。寝るぞ、竜弥」
「は、はあっ⁉」
竜弥は後頭部に遣っていた手を止め、じっと楓の瞳に見入った。
日本人にしては、やや紅色がかった美しい瞳。そう、竜弥はいつの間にか、楓の瞳を――楓本人を美しいと認識していたのだ。
「じゃ、じゃあ、空いてる医務室を探して使おう。勝手に忍び込むことになるけど」
「問題あるまい。この時代で言うところの、『超法規的措置』といやつだ」
全く、どこからそんな言葉を覚えたのか。竜弥は肩を竦めながらも、頷いてみせた。
※
「さあ、寝つけ」
「寝つけるか!」
淡々とした楓の声に、怒鳴り返す竜弥。二人は病室の一つを借りて、共に仰向けの姿勢でベッドに横たわっていた。竜弥の左手は、楓の右手を握りしめている。
『寝つけ』と言われて眠れれば、誰も苦労はしない。そう言ってやろうと思ったが、睡魔は思いの外早くやってきた。疲れていたのだろうと、竜弥は自分の身の上を考える。そして、ぎゅっと瞼を閉じた。
次の瞬間、眼前には、いつか見たはずの寺院のような建物が、そっくりそのまま建っていた。しかし、そばにいたはずの楓の姿が見えない。
それでも、不思議と不安感はなかった。この障子の向こうに、師匠、つまり楓の母親・葵がいるはずだ。
竜弥はゆっくりと障子を開け、自分の予想が正しかったことを知った。
こちらに背を向け、ひざまずく姿勢の楓。その前では、拝むように掌を合わせた葵が瞑想している。
立ったまま瞑想というのは聞いたことがないが、そういう流派もあるのだろう。
「さあ、お入りなさい、竜弥さん」
「あっ、し、失礼します」
おずおずと入室する竜弥。すると、勝手に障子がしまり、部屋全体が青白い柔らかな光に満ちた。
「次に怪獣がどこに出現するか。それを知りたいのですね」
「は、はい」
「今、楓の頭にその場所を記憶させております。しばしお待ちを。それと――」
何かを言いかけて、葵は口をつぐんだ。
「どうかなさったのですか?」
「楓にも言ったのですが、彼女は負傷しています」
「あっ」
そう言えば、確かに楓は脇腹から出血していた。命に別状はないようだったっけれど。
「彼女が奥義を使えるのは、あと一回限りです。どうかそれをお忘れなきよう」
「わ、分かりましたっ」
そう答えると、葵は女神のような、落ち着きのある笑みを浮かべてみせた。
「この星の未来、あなた方に確かにお任せしましたからね」
その言葉の直後、葵の姿を中心に、視界が歪んだ。ぐるぐると回転し、また、暗転してゆく。竜弥は、これが目が覚める前兆なのだと理解した。
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