第27話【第五章】

【第五章】


 楓による竜弥の訓練は、翌日も行われた。

 昨日、今日と、大変な事態に見舞われてばかりだったが、竜弥は疲労が極めて軽いことに気づいた。不思議なほどだ。


「何をぼさっとしているんだ、竜弥! もう一度かかってこい!」

「おう! でやあああああああっ!」


 脇差を抜刀する要領で左腰から鞘ごと抜き出す。ぐっと腰だめに構え、下手にリーチを伸ばさないように注意を払う。身体の重心を前に傾け、一気に加速。

 それを木刀で弾いた楓の前で一回転し、回し蹴りを打ち込む。


 バックステップで距離を取った楓に向かい、勢いよく跳躍。上から打ち込む、と見せかけて、膝を無理やり曲げてしゃがみ込み、楓の腹部にアッパーカットを見舞う。以前やられたことのお返しだ。


 しかし、楓も自分の技が竜弥に盗まれたことは察したらしい。上半身を横に捻るようにずらし、アッパーを回避。その勢いで回転しながら、自分は木刀で竜弥の側頭部を狙う。

 が、竜弥の頭部はさらに下にあった。一旦脇差を置き、両の掌をついてそこを軸に再び回転。斜め下から楓に蹴りを放つ。


 だが、それは楓の予想の範疇だった。竜弥の片足は、楓の二本の木刀に挟まれてしまったのだ。


「うあ!」


 勢いよく左右に振さぶられ、それを実感した時には、竜弥は公園の草原に転がっていた。


「今のは失策だったぞ、竜弥。今のお前が使うには、いささか大技過ぎたようだな」

「失策もへったくれもあるかよ」


 素早く立ち上がり、砂埃を叩き落す竜弥。


「俺は、実来を救出できればそれでいい。今の技だって習得してやる」


 そんな竜弥に向かい、楓は不敵な笑みを浮かべた。


「では、もう一度」


 そう言って楓が木刀を構えた、その時だった。竜弥のポケットから電子音が響いてきた。


「どうした、竜弥?」

「……」

「竜弥――」

「西野さんから緊急連絡。円盤多脚怪獣が動き出したらしい」


 楓は眉間に皺を寄せた。しかし、驚いた風ではない。彼女なりの、決戦に臨む覚悟の表れなのだろう。


「だが竜弥、どうやってそれが分かったのだ? この時代の技術でも、地中にいる怪獣を捕捉するのは困難なのであろう?」

「実来のスマホだ」


 竜弥は自分のスマホに目を落としながら言った。

 

「親父の言い分でな。事件や事故に巻き込まれてもすぐに救助できるよう、実来のスマホの発する電波は強いんだ。それを、駐屯地のグラウンドに埋め込んだ受信機で捉えたらしい」

「では、怪獣はもうすぐそばに?」

「ああ。実来の救出までをいかにスムーズに行えるか、そこが勝負どころだな」


 楓は腕を組み、横目で竜弥を見遣った。


「しかし、怪獣が出現したら、バンカーバスターとやらで空から攻撃するのだろう? 実来を救出できても、その後すぐに味方の攻撃に巻き込まれてしまっては――」

「心配するな。西野さんに話は通してある」


 聞けば、竜弥は西野にこう頼んでいた。実来のスマホの反応が捕捉されたら、正規の部隊より先に自分に知らせてほしいと。


「何も、あの怪獣を倒す必要はないんだ。俺たちは実来を救出する。そうしたら逃げて、自衛隊の作戦の邪魔にならないところまで避難するんだ」

「では、答えにくいことを訊く。竜弥、実来は生きているんだろうな?」


 楓にとしては、竜弥の逆鱗に触れかねない言葉だった。しかし、竜弥は悪態もつかず、むしろ笑みさえ浮かべてみせた。


「だから俺たちが助けるんだよ」


 その表情に、楓も自然と頬が緩んだ。そう、彼女の使命は、この時代の人々を怪獣から救うことなのだから。


「もしもし、竜弥です」

《竜弥くん? 楓さんもそこにいるな?》

「はい。西野さん、中継お願いします」

《怪獣のうちの一体、つまり実来ちゃんを拉致した方の個体が、そちらに急速接近中だ。間もなく地上に現出する。しかし、もう一体の動きは掴めていない。警戒を怠らないでくれ》


 竜弥が『了解』と吹き込んだ直後。

 ずずん、と地面が揺れた。

 地震のように感じられたのも束の間、何かに突き上げられるような感覚が二人を襲った。


「来たな……」


 自分たちの来たほうに目を遣ると、様々なことが起こっていた。

 マンホールの蓋が吹っ飛ぶ。アスファルトが陥没する。細かなひびが蜘蛛の巣状に広がっていく。

 中には、倒壊する建物も出てきた。自分たちが開けた公園で迎撃できるのは幸いだ。


「やはりな」

「どうした、楓?」


 楓は木刀をそっと脇に置き、左の真剣を抜いた。


「そっ、それは……」

「この刀の特性なんだ。使用者に危機、いや、使い時が近づくと、それを伝えるべくこうして紅色に輝く。今日は一際美しいな」


 この場で『美しい』などと、呑気なことを言っているように聞こえるかもしれない。

 しかし竜弥は、それを咎める気が全く起きなかった。

 この紅色に照らされた楓の横顔が実に凛々しく、宝石のように見えたのだ。


「来るぞ、竜弥。お前も抜刀しろ」

「お、おう」


 脇差を抜くと、こちらはこちらで青白く、神秘的な光を帯びていた。水族館に展示された、美麗な熱帯魚を連想させる。


 竜弥はその脇差を両手で構え、フットワークに身体の重心がついていくように意識を集中した。

 しかし。


「ん?」


 地震が収まった。近くの電柱が根元から折れて、ごとんといって倒れ込む。だが、それだけだ。


「西野さん、状況は?」

《君たちの百メートル手前で怪獣は停止した! 何か策を弄してくるつもりだ、三百六十度警戒してくれ!》

「了解。聞いていたな、楓?」

「無論だ」


 楓はさっと竜弥の後方に回り、背中を合わせた。

 さて、敵はどこから現れるのか――。


 それは、まさに突然の出来事だった。二人を取り囲むように、土埃が上がったのだ。三百六十度、完全包囲である。

 そこから出てきたのは、人間大の甲殻類の怪獣だった。


「ッ! こいつら!」

「落ち着け、竜弥。私の余力からして、ここは何とか奥義を使わずに切り抜けたい。助太刀してもらえるか?」

「馬鹿言え、お前が俺の助太刀をしてくれてるんじゃないか」

「ほう? お褒めに預かり光栄だ」


 そう言うと、二人は互いの背中を弾き飛ばすようにして怪獣の群れに突撃を敢行した。




 楓は得意の回転斬りを繰り出しながら、怪獣たちに果敢に立ち向かう竜弥を視界の端に捉えていた。

 自分の訓練の賜物、などと自画自賛的なことは思わないが、それでも安心して背中を任せられそうだ。


「はっ! とっ! やっ!」


 怪獣の鋏の下から潜り込んだ楓は、立ち上がりながら刀を振るう。軽々と頭部を斬り裂き、傾いた死体を肘で突き倒す。そのまま回転しながら、周囲の三、四体をまとめて細切れにする。


「頃合いか!」


 楓はバックステップで、元いた場所へと舞い戻る。ちょうど、竜弥と背中合わせの格好になった。残る怪獣は、およそ半分ほどの数に減っている。


「無事か、竜弥!」

「当たり前だろ! それより、実来はどこだ?」

「まだ分からん! 取り敢えず今はこの怪獣を――」


 と楓が言いかけた、その時だった。再び地面が盛り上がり、何かが飛び上がった。巨大だが、円盤多脚怪獣ほどではない。こいつは――。


「畜生、いつかのムカデ野郎か!」

「ぐっ!」


 悪態をつく竜弥に対し、楓は歯を食いしばった。竜弥と実来と初めて遭遇した時、二人はこいつに襲われていたのだ。そして、それを駆逐するために、自分は奥義を使わざるを得なかった。

 しかし今はそうはいかない。脱出どころか、実来の救出すらできていないのだ。


 周囲の怪獣は一旦距離を取り、半円形を描いてムカデと自分たちの戦いを見つめているようだ。大きく上体をもたげ、今にも二人に跳びかからんとするムカデ。

 一体どうすれば――。


「楓、何か技はないのか?」

「今奥義を使うわけにはいかん! とにかく回避して様子を見なければ!」


 そう言う間に、ムカデの五つの複眼が二人を見下ろす。鋏と牙がカチリ、と狙いを定める。


「来るぞ!」


 楓は思いっきり、竜弥の肩を突き飛ばした。反動で自らも反対側へと跳びすさる。

 直後、ムカデは倒れかかってきた。しかし、脱力しきった様子で。


 ずずん、と倒れ込むムカデと、舞い上がる土埃。その頃になってズドン、という銃声、否、砲声が轟いた。青黒い血と肉片が舞い散る。


「おい、何をしたんだ、楓?」

「私じゃない! 私では――」

《伏せろ、二人共》


 その声に、楓ははっと目を見開いた。どこにいるとも分からない味方に向けて、声を張り上げる。


「東間? 東間だな? あなたが援護してくれたのか?」

《伏せろと言ったはずだぞ》


 ざわつく怪獣たちを無視して、とにかく楓と竜弥はその場で伏せた。

 今度は、最寄の怪獣が木端微塵になった。銃声は、今回も一つだけ。二人が伏せている間に、怪獣たちはあっという間に駆逐されてしまった。

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