第24話

 その決定に、竜弥は不服だった。いや、焦燥感に駆られていたというべきか。

 もし怪獣に戦車砲が効かなかったら、戦車部隊の隊員たちまでやられてしまうではないか。

 そんな竜弥の苛立ちを察したのだろう、西野が声をかける。


「心配は分かるよ、竜弥くん。だが、我々自衛隊は、できる限り最小限度の武力行使で敵を倒すよう定められているんだ。戦闘ヘリや戦車は大がかりな装備品でもあるし、今のところ使えるのはここまでだ」

「ッ……」


 竜弥は唇を噛み締める。


 怪獣は山々を踏み越え、直線距離で戦車隊の展開区域に接近していた。恐らく、怪獣たちもまた、人間の有する火力を推し測ろうとしているのだろう。


《戦車第一中隊、砲撃準備よし》

《第二中隊、準備よし》

《第三中隊、只今展開を完了、準備よし》


 竜弥は大型ディスプレイに映された戦車隊を見つめた。東間と楓が乗っているヘリからの映像だそうだ。無言の数分間が、会議室を覆う。


 それは、唐突だった。ヴォン、と全身を震わせて、怪獣が山影から姿を現したのだ。しかし本当に驚くべきは、その直後のことだった。


「ん?」


 上空からの映像で、画面がすっぱりと切れた。ディスプレイの故障かと、竜弥は訝しむ。

 同時に、ディスプレイのスピーカーと窓の外から、凄まじい爆音が響き渡ってきた。

 低く、重く、そして破壊的な音が。


「うわあっ!」


 思わず耳に手を遣る竜弥。

 無理もない。怪獣の進路を妨害するように、一直線に地雷が仕掛けられていたのだから。この両日で集められるだけ集められた、高性能地雷がいっぺんに起爆したのだ。

 昼間の行動が緩慢な、人間大の怪獣の隙をついて仕掛けられたものだろう。


 すると、怪獣の円盤型の頭部が大きく傾いだ。おおっ、というどよめきが会議室を支配する。


《戦車第一より第三中隊、砲撃開始!》


 今度の轟音は、地雷よりはいくらかマシだった。

 バスン、バスンと連続する砲撃音。その爆圧を前に、怪獣は明らかに足を止めていた。地雷で足が千切れとんだのかもしれない。


 竜弥は、これで楓の母親や弟妹の敵討ちになるのではないかと、静かに胸を高鳴らせていた。これで楓の願いは叶う。そうすれば、自分だって実来を助けに行ける。

 

 そう思えたのには理由がある。実来の居場所が掴めたのだ。

 実来は怪獣にさらわれた時、自分のスマホを持っていた。いつもの癖で、しっかりポケットに突っ込んでいたはず。そのスマホから出る電波を、東間と楓のヘリが受信してくれていたのだ。


 応答がないことから、実来は気を失っているのだろう。しかし、彼女がどこにいるかははっきりしている。少なくとも、今戦闘中の怪獣が彼女を連れているわけではない。


 地雷で多脚の大半を吹き飛ばされた怪獣は、思いっきり前傾姿勢で倒れ込んだ。円盤の中央部分、すなわち最も硬質な部分が前面に押し出され、土煙が濛々と舞い上がる。


 今回戦車が用いているのは、貫通性に長けた徹甲弾である。

 戦闘ヘリよりも効果が高かったのか、怪獣は残り短い脚部をばたつかせ、円盤部分を転がすようにして暴れ狂っている。


《第二波、第三波、各車砲撃続行!》


 それからしばし。

 怪獣の円盤部分は、見事に穴だらけになった。その内部では、静電気のような白い光が走っている。


 完全に動きを停止した怪獣の映像を前に、ほっとした空気が会議室内に溢れる。恐らくは、戦車の中でも、ヘリの中でも、作戦司令室の中だってそうだろう。

 それはつまり、皆が一斉に油断したことを意味する。怪獣たちの勢力を把握し切っていなかったばっかりに。


《こちら東間、地下二十メートルの深さに動体反応。戦車隊の両端より急速上昇中》


 再び会議室は静まり返った。

 巨大怪獣がまだいるのか? それも戦車隊の『両端から』とは、少なくともあと二体?


《各車、全方位警戒! 下から来るぞ!》


 怪獣は、人間たちの戦闘力を推し測ろうとしている。そしてその目的は、見事に達せられた。

 今撃破された円盤多脚怪獣は、データ収集用の、いわば捨て駒だったのだ。


 嫌な地震が、竜弥たちの足元をも震わせる。


「皆、何かに掴まれ!」


 西野が叫ぶ。その時だった。

 

《地中から通信機器の電波を捕捉。神山実来のスマートフォンと確認》


 東間の淡々とした声音とは対照的に、竜弥は叫んでいた。

 

「実来! 誰か、誰か助けに行ってくれ!」


 その叫びは皆の耳に届いた。しかし、虚空に呑み込まれたも同然だった。

 誰もそちらに意識を振り向ける余裕がなかったのだ。


 やがて、ヴォン、という唸りと共に地面が割れ、円盤状の頭部が姿を現した。一体、もう一体。


《全車、各個に攻撃! 怪獣を近づかせるな!》

「待ってくれ! そこには実来が!」

《射撃開始!》


 素早く陣形を組み直した戦車隊が、砲撃を開始した。しかし、十分な射角が取れない。怪獣が近すぎて、肝心の円盤部分を狙えないのだ。

 それでも、戦車隊は砲撃を再開した。しかし、


《こちら第二中隊、目標周辺に、オーロラ状の光沢を確認! 弾道が逸れています!》

《馬鹿な! バリアとでもいうのか? こっちは徹甲弾で応戦してるんだぞ!》

「そんな、せっかく奴らを倒せると思ったのに!」


 竜弥が叫ぶ。すると、隣にいた西野が呆気に取られながらも言葉を発した。


「……したんだ」

「な、何ですか、西野さん!」

「順応したんだ……。あの円盤状の怪獣は、戦車砲の威力を見極めてバリアを展開しているんだよ!」

「バリアだなんてそんな、アニメやゲームじゃあるまいし――」


 ディスプレイから振り返り、反論を試みる竜弥。しかし、僅かに細められた西野の瞳に曇りはなかった。


「こいつらは、大正時代にこの山林に落着した。そして、地上部隊――働き蟻のような連中は、國守葵の捨て身の攻撃魔術でほとんどが死滅した。だが、実際は見ての通り、生き残っていたんだ。そして、密かに我々人類を研究し、いかにしてこの星を我が物にするか、策を練っていたんだろう」

「それが、あのバリア……?」

「恐らくは」


 竜弥は再びディスプレイに目を遣った。


「これは冗談じゃないぞ……。東間、聞こえるか!」

《どうした、西野》

「できるだけ早くその空域から離れろ! とにかく急げ!」

《了解》


 その直後だった。

 怪獣のうち一体が、素早く円盤を回転させた。竜弥には、その回転に合わせて赤い閃光が走ったように見えた。


 次の瞬間、地雷に勝るとも劣らない大爆発が、戦車隊を覆い尽くした。


「なっ、何だ⁉」


 怪獣の攻撃を初めて見て、慌てふためく理化学研究所の研究員たち。

 しかし、竜弥には分かった。あれは、以前ヘリを撃墜した時に使った熱線だ。それを、戦車隊を相手に走らせたのだ。


《戦車隊、損耗七十パーセント! 後退します!》

《各車、山影に逃げ込め! 今の装備では――うわっ!》


 何事かと、皆が改めてディスプレイに目を凝らす。そこには、驚愕の映像が映し出されていた。


 無事だった戦車が、怪獣の脚部に絡めとられ、持ち上げられて行く。すると同時に、その怪獣の円盤上部が展開した。否、『開口した』。

 機械的な印象を与える、円盤多脚怪獣。だが、その『捕食』の場面は実に生々しく、吐き気を催すほどだった。


 開口された円盤中央部には、無数の牙が並んでいた。まるで円を描くように。

 そこに放り込まれた戦車は、甲高い音を立てて回転する牙によって粉微塵にされた。


「く、食われた、のか……?」


 すると、戦車を捕食した怪獣の脚部に異変が起きた。ぶわり、と広げられる脚部。

その先端が、変化していく。それは見る見るうちに、大砲を形成した。


 全く唐突に、怪獣は脚部の先端を、残存する戦車隊に向けた。そこから発射されたのは、熱線ではない。今まで使用されていたはずの徹甲弾だ。


 まるで試し打ちを楽しむかのように、怪獣は砲弾を山や地面、残存した戦車部隊へと撃ち放っていく。


「何が起こってるんだ……」


 呆然とする研究員たち。だが、竜弥と西野には思う節があった。


「皆さん、ディスプレイから目を放さずに聞いてください。あの怪獣は――」


 西野が口火を切り、竜弥が補足説明にあたる。こうして、次の憶測が展開された。


 怪獣たちは、人間の攻撃を学び、適応し、自らのものにするの力を有すること。

 人質を取るだけの、高度な知性を有すること。

 そして、


「人類が互いを滅ぼし合うだけの武力を有する機会を待って、その武力を我が物とし、それを用いて人類を根絶しようとしていること。以上です」


 会議室に聞こえるのは、戦車隊の隊員たちの悲鳴のような通信と、爆発音だけだった。

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