第23話

 ちょうどその時、室内に備え付けられていたスピーカーから音声が流れた。


《理化学研究所より、研究班第一陣が到着。化学分析班は直ちに合流し、怪獣に関する所見を報告せよ。場所は第一大会議室。後に第二化学分析室。怪獣の死骸のサンプルは、冷凍室にて保存中。繰り返す――》


 それを聞いて、西野ははっとした。


「竜弥くん、楓さん。僕は君たちの意見を尊重するよ。下手をしたら、自衛隊が民間人を見捨てたとも言われかねない事態だからね。自衛隊の存続に関わるんだ。説明補佐として、二人のうちどちらかに同行願いたいんだが――」

「じゃ、じゃあ――」


 楓がすっと身を乗り出しかけた時。


「俺が行きます」


 そう言ったのは、竜弥だった。

 振り返ったその目には、『静かな闘志』と呼ぶべきものが宿っている。


 竜弥は大股で楓に近づき、その両手を取って握りしめた。


「ちょっ、た、竜弥?」

「楓、お前には、怪獣と自衛隊の戦いを見て何かヒントを掴んでほしい。生身で接近戦ができるのは、お前だけなんだ」

「それは……」

「目の前に実来の姿があった時、一番救出に向いてるのは楓なんだよ。頼む」


 返答を言い淀む楓。そのそばで、


「私が國守楓に同行しよう」


 そう言い出したのは東間だ。


「ただし、お前の武器はまだ預からせてもらう。飽くまでも、我々の目的は観察と分析だ。いいな、國守?」

「そ、それは承知している。早速戦況の分かるところへ案内してもらいたいのだが」


 すると東間は顎をしゃくって廊下を示した。楓について来いと言いたいらしい。

 粛々と歩み去っていく二人。それを見て、西野はようやく自分の肩が叩かれていることに気づいた。


「西野さん、俺を研究者の人たちのところへ連れていってください」

「ああ、そうだった。第一大会議室、だな。一緒に来てくれ」


 こうして、四人二組はそれぞれの任務に就いた。


         ※


「本当にいいのか、東間? このヘリコプターという乗り物は、貴重な戦力なのだろう?」

「構わん。これは哨戒機だ。武装はしていない。それに、コールサインを出していれば、味方の攻撃に巻き込まれることはない」


 楓と東間は、グラウンドの隅に追いやられた哨戒ヘリのうちの一機に乗り込んでいた。

 東間はヘリの操縦免許を取得していたのだ。これで作戦空域に入るギリギリまで接近し、怪獣の戦い方を楓に分析させようという考えだ。

 これには既に、楓も同意している。


「……実来は無事だろうか」

「そうと信じていられなければ、できることもできなくなる。弱音を吐くな、國守」


 柄にもなく自分を励ましてくれた東間に、楓は心がぎゅっと引き締まる思いがした。


「こちら哨戒ヘリ、東間鉄也・三等陸曹。戦闘空域直前までの接近許可と、敵味方識別コードの登録を要請する。機体コードは――」


 東間が作戦司令部と交信している間に、楓はこっそり刀を取り上げ、両腰に装備していた。

 万が一、この機体が墜落の憂き目に遭うようであれば、魔晴剣術奥義でゆっくりと地面に降り立つつもりだ。


「よし、離陸するぞ。國守、シートベルトを」

「了解」


 聞いているうちに口癖になったのか、楓は短く復唱した。

 微かな振動を伴って、哨戒ヘリが離陸する。独断専行にしては、司令部はあっさり離陸を許可したらしい。そこに神山の意志が介在したかどうかは不明だが。


 駐屯地の正面、まっすぐ飛行すること約三十分。山々をいくつか越えたその先に、黒い点々が浮かんでいるのが見えた。間違いなく、陸自の戦闘ヘリだ。

 当然、戦闘ヘリは観測ヘリに比べて、敵性勢力の探知性能は劣る。しかし、流石に十分近づいていたのか、戦闘ヘリ部隊は各々が狙いを定め、じっと怪獣の出現を待っていた。


「國守、これを」


 東間が楓に、何かを放って寄越した。小型のヘッドフォンだ。


「戦闘ヘリ部隊の隊長機と、他のヘリとの通信が聞けるはずだ。かけていろ」


 東間の見様見真似で、楓はヘッドフォンを装備した。既に通信は聞こえるようになっている。


《こちら隊長機、全兵装の使用を許可。目標の市街地侵入を、何としても防ぐんだ》


 いくつもの復唱の声が上がる。

 その直後、楓は空気が震えるのを感じた。自分の身体は空中にあるにも関わらず、だ。

 この殺気――間違いなく、実来をさらった円盤多脚怪獣の気配だ。


 楓が山の稜線沿いに視線を走らせた、その時。

 稲妻が闇を切り裂くように、正面にあった山に亀裂が入った。ヴォン、という地鳴りのような声も響いてくる。


 怪獣の出現は、地面からのっそり、ではなかった。引き裂かれた山の中腹から、歩み出るようにして現れたのだ。


《全機、機関砲準備! 射程に入り次第、各個に攻撃を開始!》


 戦闘ヘリ部隊の隊長が叫ぶ。その直後、怪獣を半円形に包囲するようにしていたヘリが、一斉に火を噴いた。人間に目視できるのは、数発に一発込められている曳光弾だけだったが。


 それに対して怪獣は、ぐっと円盤を前方に傾け、機関砲の弾丸を頭頂部で受けた。最も装甲が厚い、ということだろうか。

 機関砲の弾丸は、全弾が呆気なく弾かれた。


《隊長、機関砲、効果を認められません!》

《全機、攻撃を誘導弾に切り替えろ! 隙を与えずに叩き込め!》


 再び『了解』という復唱が繰り返された後、今度は目で追える速さの物体がヘリから発射された。

 それらは怪獣に触れた途端に爆発し、ドウッ、と鈍い音と共に真っ赤な炎を上げて、円盤部分を包み込んだ。濛々と、濃い黒煙が夕日の紅色を汚していく。


 自機に備え付けられたディスプレイは、ほぼ真っ黒である。何も見えない。

 素早くシートベルトを外した楓は、東間の肩越しに顔を突き出し、目を細めた。東間は楓に注意を促すこともなく、淡々とヘリをホバリングさせている。


《全弾発射、残弾なし!》

《損傷機は?》

《こちらは損傷なし、爆炎の鎮静化待ちです!》


 やった、のだろうか。

 楓がそちらに注意を取られた、次の瞬間だった。


 怪獣正面で待機中だったヘリが、唐突に爆発四散した。


「國守、伏せろ!」

「ぐあっ!」


 楓はヘリの狭い機内を転がった。東間が咄嗟に回避運動に移ったからだ。

 ひとしきり全身を打ちつけた楓は、ようやくディスプレイを視界に入れた。そして、背筋が凍る思いがした。


 熱線。怪獣の発した熱線が、まるで自身の意志を持っているかのように、軌道を変え、湾曲し、次々にヘリに襲い掛かっていたのだ。

 掠めただけで、ヘリは爆散。とても回避できるものではなかった。


 東間は相変わらず無言。しかし楓には、そこに鋭い警戒心が垣間見えたように感じた。


「こちら哨戒機、東間三曹。対戦車ヘリ部隊は全滅。繰り返す――」


         ※


《こちら東間、ヘリ部隊全滅。直ちに戦車隊による地対地攻撃の開始を進言する》


 第一大会議室は、静まり返っていた。

 まさか、対戦車誘導弾が通用しないとは。いや、よく見れば、怪獣の円盤部分はいくつかの凹みが見られる。

 しかし行動には全く支障がないようだ。ずるずると多脚を引き摺りながら、怪獣は前進を再開した。


「あ……」


 あまりの事態に、竜弥は言葉を失っていた。一瞬で、二個小隊もの対戦車ヘリが撃墜されたのだ。軍務に明るくない竜弥にも、その恐ろしさは十分すぎるほど実感された。

 既に怪獣の進行は為されている。実来が誘拐された時、怪獣は山林や駐屯地の下をくぐるようにして市街地に突然現れた。あんな暴れ方をされたら、この街は、日本は、いや、世界は――。


「竜弥くん?」

「……」

「竜弥くん、聞こえてるか?」

「あっ、は、はあ」


 締まりのない声を漏らす竜弥。声をかけてきたのは、案の定西野である。


「対戦車ヘリの装備では歯が立たなかったが、次は戦車隊が総攻撃を仕掛ける。今度こそ、奴を止められるはずだ」


 西野の気遣いは分かった。しかし、そんな簡単にあの怪獣が倒されるところは想像できない。

 何よりこの作戦は『実来を見捨てる』ことを前提に進んでいる。これでは、この戦いに人類が勝とうが負けようが、結局自分は独りぼっちになってしまうことに変わりはない。

 早い話、竜弥は自暴自棄の一歩手前まできていた。


 この大会議室での話し合いで分かったのは、次のようなことだ。

 人間大の怪獣と円盤多脚怪獣には、何らかの関係性があること。

 円盤怪獣が地下に潜った際、最初に駐屯地を襲わなかったのは、こちらの武器の金属反応を探知し、警戒したからであろうということ。


 その後は、戦車隊がどれだけ怪獣を負傷させられるか、それを見てからということになった。

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