第22話【第四章】

【第四章】


 面倒なことになってしまった。

 西野は頭を抱えたいのを抑えつつ、陸上自衛隊の小型トラックを走らせていた。


 行き先は、神山二佐の待つ駐屯地。市街地に怪獣が出現したということで、現場に駆けつけた帰りである。

 トラックの助手席には、竜弥と楓が腰を並べて座っている。たまたま事件現場で遭遇した際、自分たちを神山たちのいる作戦司令部へ連れて行くようにと懇願されたのだ。

 ちなみに、神山宅に寄って楓は道着に着替え、刀と脇差を装備している。


「西野、まだ到着しないのか?」

「あと十五分ほどだ、少し大人しくしてくれ」

「別に騒いではおらん! 実来を助け出したいだけだ! なあ、竜弥?」

「……」

「竜弥?」


 楓に合わせて、西野もちらりと竜弥に目を遣った。実来に対する心配の念が高まって来たのか、無感情を顔に貼りつけたまま俯いている。


 楓はどのくらい、神山家の事情を知っているのだろう?

 それは分からないが、少なくとも親子仲、というより神山と竜弥が絶交状態であることは西野も知っている。

 竜弥が、唯一家族と認める実来が怪獣にさらわれたことで、父親との難しい遣り取りを強いられるであろうことは想像に難くない。


 神山は我が子をどう思っているのか。

 同期の東間と違い、未婚の西野には知る由のないことである。


 それからきっかり十五分後。トラックは駐屯地へと滑り込んだ。

 その野戦訓練用のグラウンドは急遽、戦車及び対戦車ヘリの発着場となっていた。

 戦車は既に臨戦態勢で、後部から黒煙を吹き上げている。対戦車ヘリも離陸を待つばかりで、今にも回転翼が稼働しそうな緊張感を醸し出していた。


 しかし違和感が一つあった。観測ヘリが、一機も飛んでいないのだ。

 円盤からの遠距離攻撃を恐れているのだなと、西野は察した。

 もしそうだとしたら、空からの観測に役立つのは人工衛星だ。しかし、この地域だけを観測し続けるための衛星など存在しない。これでは、怪獣の動向は掴めない。


 どうしたものかと思案している間に、西野は駐屯地内に設けられた作戦司令室に向かっていた。

 すれ違う隊員たちは、誰もが驚愕と焦燥の色を浮かべていた。怪獣が市街地に出現したという事態の推移を憂慮しているに違いない。

 しかしそれも、西野と目が合う度に怪訝なものへと変わる。

 そりゃあそうだよなあ、と内心ため息をつく。子供をこんなところに連れてきてしまっては……。


 もちろん、西野とて反対したのだ。竜弥と楓は飽くまでも民間人。しかも、年端の行かない少年少女である。それを、彼ら自身の意志で『作戦決定の場に同行させろ』というのは、いくらなんでも無理がある。


 それでも連れてこざるを得なかったのは、単純に脅されたからだ。たとえ刀を手にしていなくとも、楓には他者を殺傷できる能力がある。そのことは、西野とて分かっていた。


 生き残れたら、懲罰でも何でも受けてやる。

 こうして、半ば自棄になって、西野は二人を駐屯地へ連れてきたのだった。


「ここだ。テロ対策で、作戦司令室は地下三階にある。まあ、駐屯地が司令室になるなんて、想定しづらい話だったんだけどな」

「この階段を下りた先に、神山殿がいらっしゃるのか?」

「そうだよ、楓さん。一応ここからは道なりに――って、竜弥くん?」


 制する間もなく、竜弥は階段を勢いよく駆け降りていた。


「ちょっと待ちたまえ! 本来なら民間人は――」

「私も急ぐ。案内に感謝する、西野」

「楓さんまで! ああもう!」


 やはり始末書では済まない事態になりそうだ。。

 眉間に手を遣りたいのを堪えて、西野は二人を追った。


         ※


 階段を駆け降りた先にあったのは、両脇に開くスライドドアだった。あまりにも人の出入りが頻繁なので、開きっぱなしになっている。

 竜弥は躊躇いなく、ぐっと足を踏み入れた。突然の闖入者に、皆の視線が集中する。


 しかし、それよりも皆を驚かせたのは、竜弥の発した大声だった。


「親父、親父!」


 その時の竜弥には、ついつい神山を父親呼ばわりしてしまったことに気づく余裕すらなかった。


「待て、待つんだ竜弥!」


 追いついた楓が、竜弥の肩に手を置いた。ひどく息を切らしている。しかし竜弥は、汗をかきながらも全く疲労の色を見せなかった。そんな余裕がなかった。


「おい、どうして子供がここにいる?」

「何をやっていたんだ、警備隊員は?」

「とにかく邪魔だ、摘まみだせ!」

「ま、待ってください!」


 視線が竜弥から逸らされる。その先にいたのは西野だ。


「かっ、彼らは怪獣を間近で見ています! 証言を聞くくらいなら……」

「実来がさらわれた!」


 その一言に、事情を知らない皆がはっと息を飲んだ。


「か、神山隊長……」


 弱々しい西野の声。竜弥と楓は、西野と同じ方向を見つめていた。

 そこにいたのは、腕を組み、眉間に皺を寄せながら地図を見下ろす今作戦の司令官。


 僅かに顎を上げた司令官――神山は、西野に向かってこう言った。


「西野三曹、東間三曹、二人を小会議室へ移送しろ。尋問は西野に任せる。東間は警戒に立て」

「了解」

「……」

「おい、西野」

「あ、はッ、了解しました!」


 東間に名を呼ばれ、西野ははっと我に返った。その場で敬礼し、竜弥と楓の肩を叩いて退室する。すぐ後から、東間が駆け寄ってきた。


「國守楓、その刀と脇差は預からせてもらうぞ」

「くっ」


 そう言う東間の腰元には、両脇に拳銃がホルスターで吊るされている。

 勝ち目がないことを悟ったのか、楓は素直に武器を東間に預けた。


         ※


 再び階段を上がり、西野は竜弥と楓をとある一室へいざなった。神山の言う小会議室だ。

 今のところ施錠されてはおらず、また、中には誰もいない。


「さあ、入ってくれ」


 気遣わし気な西野に対し、東間は仁王像のような迫力で、若者二人にプレッシャーをかけている。きっと先ほど、『実来がさらわれた』と聞かされた時も、彼は眉一つ動かさなかったに違いない。


「え、ええっと……」


 突然仰せつかった『尋問』という任務に、西野はやや躓きを覚えていた。

 一体何をどう訊けばよいのか。災害派遣の際、任務地の住民と話した時にはスムーズに訊き出せたのに、今は何故か上手く行かない。


 しかし、この会話の主導権を握ったのは、西野ではなかった。


「俺の妹がさらわれたんです! 神山実来が! 俺と楓はその場にいて、はっきりとその瞬間を見たんだ! 早く助けに行ってください!」

「あ、ああ、竜弥くん、落ち着いてくれ、もう少し具体的に……」

「ったくもう!」


 両の拳をデスクに叩きつける竜弥。その腕に自分の手を添えたのは、楓だった。


「竜弥、お前は無理して話さなくていい。私から説明させてくれ」


 楓はすっと西野を見て、素早く丁寧に当時の状況を説明した。時折、東間の方にも目を遣って、理解を求める。完結にまとめれば、次のようになる。


 怪獣は、実来をさらってすぐにその場を去ったこと。

 気絶した実来は緑色の結界と思しきものに包まれ、無傷であること。

 

「そして言いにくいのだが……。私はこの時代に来る前から、怪獣について考えを巡らせてきた。もしかしたら、怪獣は実来を人質に使うつもりではないか?」


『怪獣に、流石にそんな知性はあるまい』――そう否定してほしい気持ちが、楓の中にはある。しかし、西野が語ったのは全く逆、状況を暗転させる事実だった。


「僕も同じことを考えていたよ、楓さん。奴らには知性がある。想像の域を出ないが、もしかしたら街中に出現した円盤の怪獣は、あらかじめ実来ちゃんを拉致する目的で現れたんじゃないかとも思うんだ」

「何故です? 俺や楓ではなく、実来を狙ったのは?」


 身を乗り出す竜弥に向かい、西野は真摯な瞳を合わせた。


「もし楓さんの言う『結界』があった場合、戦闘能力に長けた楓さんや、脇差を用いて怪獣の相手ができる竜弥くんを拉致しても、結界は内側から破られる可能性がある。山林に戻った時に、仲間に被害が出かねない。だから実来ちゃんを選んだんだろう。そもそも――」


 西野もまた前のめりになって、竜弥と楓に顔を近づける。


「竜弥くんと楓さんを重大な脅威と認識したこと。二人を殺すのではなく、その心を揺さぶろうと画策したこと。そして君たちの居場所をすぐさま突き止めたこと。これらの事実からして、やはり連中は頭がいい。我々の常識は通用しないかもしれないな」


 じっと黙り込む、竜弥と楓。彼らの注意を惹いたのは、東間の声だった。


「空対地攻撃第一波、対戦車ヘリ小隊が発進する時間だ」


 感情のない声で告げる。楓は竜弥から西野に目を戻した。


「ちょ、ちょっと待った! 西野、お前は実来が人質だと言ったな? 今怪獣に攻撃したら、実来の命が!」

「そ、それは……」


 西野が焦点の定まらない目を東間に向ける。東間は一つ頷いて、こう言った。


「神山竜弥、國守楓。お前たちの証言が遅すぎた。この戦闘に、人質救出任務は含まれていない」

「なっ! わ、私たちは確かに、神山殿に状況報告を――」

「今回の作戦は速やかに立案された。今になって部隊を引き返させることはできない」

「そんな!」


 二人の遣り取りに驚愕する竜弥。

 その背後では、戦車隊の車列が黒煙を上げながら展開を開始した。

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