第14話




 楓ははっと意識を取り戻した。

 しかしその原因は、物理現象ではなく直感的なものである。明確な殺意だ。


「ッ!」


 今度こそ、自分の両腰に刀が差さっているのを確かめてから、楓は立ち上がった。


「ど、どうしたんだ、楓?」


 何やら寝不足な様子の竜弥を無視して、楓は周囲を見渡す。

 ゆっくりと白んできた木々の向こうから、一筋の朝日が差し込む。いいや、そっちではない。どこだ? 殺気はどこから来る?


 嫌な汗が、こめかみからつつっ、と頬を伝う。その時だった。微かな振動が足の裏から全身を震わせ始めた。


「皆、銃を持て! 何かが来る!」

「おい楓、何事なんだよ?」

「竜弥、お前は私の後ろを離れるな!」


 徐々に高まってくる振動。ゴトゴトッ、という重低音による空気の揺れが、それに混じっていく。


「下から来るぞ! 総員、耐ショック姿勢!」


 神山の声が、轟音を破って響き渡る。


「しゃがめ、竜弥!」

「うわっ!」


 メキメキと木々のへし折れていく音がした。自分たちの進行方向は南。その左の方、つまり東だ。そちらを見遣った直後、何千門もの大砲を一気に撃ち放ったかのような爆音が、山林の木々を一本残らず震わせた。


「ぐっ!」


 咄嗟に両耳を塞ぐ楓。竜弥は驚きのあまりか、その場で転がり回った。

 素早く刀を構え直し、敵の姿が見えてくるのを窺う。しかし、それは叶わなかった。

 凄まじい量の土砂が、情け容赦なく降り注いできたのだ。


「何だ? 爆発か?」


 こちらに駆け寄ってきた西野に向かい、『違う!』と叫び返す楓。


「今までの怪獣の気配じゃない……だが、すごい敵意と殺意を感じる!」


 そう言いながら、頭を庇う楓。しかし、土砂の落下はすぐに収まった。そして、ようやく地下から湧き出してきた『それ』が視界に飛び込んできた。


 真っ先に目に入ったのは、円盤だ。ただ円形をしているだけではなく、その中央が盛り上がっている。もし楓が現代の文化に詳しければ、典型的な『UFO』の形を連想したことだろう。


 問題は、その大きさである。直径三十メートルはあるのではないか。朝日の逆光に照らされ、真っ黒に見える円盤。しかし、現れたのはそれだけではなかった。


 円盤には、足があったのだ。一本、二本、三本……。数え切れない。その脚部はすらっとしていて長く、円盤本体を高みへと押しやっていた。また、それら脚部とは別に、じゃらじゃらと音を鳴らしながら蠢くものがある。


 脚部補助用の鞭のような腕だ。これもまた、脚部同様に多数の節を有し、細長い。

円盤の下部からぶら下がり、地上の様子を探るようにゆらゆらと揺れている。


「どうした、シェパード4?」


 神山の声に、さっと振り返る。神山は何やらヘルメットの上から、耳に手を当てている。どうやら、この時代の通信機器を用いて、遠くの部下と遣り取りをしているらしい。

 見る見るうちに、神山の眉間に皺が刻まれていく。


「待て、シェパード4! 敵の戦闘力は不明だ、先制攻撃は許可しない! 奴を刺激しないよう、慎重に行動を――」


 神山が言葉を言い終えることはなかった。理由は単純で、巨大な円盤の脚部で、爆炎が上がったのだ。

 楓たちのいる部隊が有していない、無反動ロケット砲による攻撃。

 だが、あまりにも敵の背が高すぎて、とても円盤本体には届かない。


 しかしながら、円盤はすぐさま反撃に移った。円盤の外周部がぐるり、と回転し、脚部を伸縮させることで俯くような姿勢を取る。すると一瞬、真っ赤な閃光が煌めいた。

 その直後、ピシュン、という音と共に、円盤の足元で大爆発が起こった。


「どうわっ!」


 足元で竜弥が腰を抜かしているが、構ってはいられない。

 普段の楓なら、すぐさま森の中を駆け抜けて、あの足や腕に斬撃を加えるところだ。

 しかし、楓は動かなかった。いや、動けなかった。

 敵の力が圧倒的だったからだ。今のままでは勝てない、自分が死ぬぞ、と本能が告げている。


「神山隊長! シェパード4、応答ありません!」


 悲鳴のような西野の声がする。しかし、その声もまた途切れてしまった。神山が西野を振り返り、叫んだからだ。


「あれを止めろ! ヘリを撤退させるんんだ!」


 はっとして、楓は空を見上げる。『ヘリ』というのは初めて聞く単語だったが、それが何を指すのかはすぐに分かった。あの円盤に接近中の飛行物体のことだ。あれは味方らしい。

 その機体に、真っ赤な炎がてらてらと反射している。


 ゴゥン、という音を立てて、巨大怪獣は再び脚部を調整。前方と思しき部分をぐいっと斜め上方に向けた。


「駄目だ!」


 楓はずいっと身を乗り出し、声を張り上げた。しかし、そんなものがヘリのパイロットに届くはずはなく、増してや怪獣の攻撃を止めさせる力などあるはずもなかった。


 再び響いたピシュン、という呆気ない音と共に、ヘリは空中で爆発四散した。

 その爆音は、先ほど同様、山林全体の木々と人々を震わせた。そして爆光は、網膜を焼かんばかりの生々しい光として捉えられた。


「総員、あれに向かって発砲するな! 今の装備では足止めも叶わん! 撤退行動に変わりはない、急いで下山しろ!」


 皆について行こうとした直前、楓の目に、ヘリと呼ばれた飛行物体が複数飛び交うのが見えた。

 そのいずれもが、巨大怪獣からの退避行動に移っている。


「くそっ、空から援護はしてくれないのかよ!」


 竜弥が悔しさを声に滲ませる。

 楓は、自分がこの時代の人間でないことを理解しつつも、竜弥が無茶を言っていることは察しがついた。

 きっとヘリとやらに積まれている武装でも、手に余る相手なのだ。それは、あの赤い光線をみれば分かること。


 だが、それよりも多きな不安が楓を苛んでいた。

 あれは、母親の力で転移させられる前の時代では見たことのない怪獣だ。あんな外見、あんな図体、あんな攻撃。想像の及ぶものですらなかった。


 この時代では、一体何が起こっているんだ?




 それを目にしていたのは、何も自衛隊員たちばかりではない。民間人扱いされている楓と竜弥、そして実来もだ。

 巨大怪獣が出現した時の轟音で、実来は神山の背中で目を覚ましていた。

 

 眼前の風景が目まぐるしく移り変わる中で、大変な爆発が起こったのは分かった。

 二回だ。どちらも、真っ赤な閃光の後に大爆発が起こった。

 一発目は土壌を抉るような勢いで地面に当たり、二発目に至っては、犠牲になったヘリが爆発四散し、一瞬で塵になってしまった。


「な、何なの、あれ……」

「今は気にするな、実来。早くこの森を出るぞ」


 神山の背中で身をよじってみると、巨大怪獣の本体はモスグリーンで、脚部・腕部は銀色に輝いている。あれは金属なのだろうか、骨が露出しているのだろうか。少なくとも、地球の生き物の類ではない。


 何機ものヘリが、高度を取りながら巨大怪獣を観測している。これ以上、撃墜されるヘリが出ないようにと、実来は祈らずにはいられなかった。


 まさかその願いが通じたわけではないだろう。だが、巨大怪獣は一度、周囲を威嚇するようにヴォン、という重低音を響かせ、腕と足を総動員して土砂を巻き上げ始めた。

 どうやら、地面に戻る気らしい。


 それから先の下山は、あっという間に済んだ。


「神山隊長、見えました! 増援の人員輸送車です!」

「よし、後部ハッチから乗り込む。負傷者と民間人を優先して運び込め」

「了解!」


 この車両は、実来も一度イベントで乗せてもらったことがある。軽装甲車だ。通称ハンヴィーというのだったか。


「よし、出発しろ! 二両目、来てくれ! まだ怪我人が残ってる!」


 神山は、部下が車両誘導を行うのを静かに見つめている。

 しかし、そうしていられる時間も僅かだった。先ほどの、ヴォン、という巨大怪獣の鳴き声がしたのだ。


 はっとして、皆が振り返る。すると、爆発現象こそ起きていないものの、山林の中腹部で、巨大怪獣が陣取っているのが見えた。


「何なんだ、あれは……」

「どうした、楓?」


 呆然と呟く楓に、竜弥が声をかける。

 それを無視して、楓はぎゅっと拳を握りしめた。


「ほら、下ろすぞ、実来」

「えっ?」


 実来が気づいた時には、自分も父親に抱っこされ、ハンヴィーに乗せられるところだった。

 竜弥と楓も続いて乗り込んでくる。


 実来は楓と目が合って、一瞬呼吸ができなくなった。しかし、相手の顔に厳しさはない。

 強いて言えば、焦り、だろうか。それだけではないようにも思われたが、とても詮索をする状況ではない。

 実来は黙り込んで、ハンヴィーの揺れに身体を任せた。

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