12月25日
「わたしはロボットではありません」の項目に鼻歌をうたいながらチェックをする彼女を見ながら、わたしはコーヒーを入れていた。まだ彼女はコーヒーが飲めない。平均的な十三歳の少女はコーヒーが飲めないので、わたしも難しいの、と彼女はなにかを誇るかのように宣言した。自分のなにかしらの特質を「世界のせい」にできるのは少し羨ましいなとわたしは思う。
それで? とわたしは彼女の肩越しにモニターを見た。
「無事チケットは取れそうなのかい」
「ええ、もちろんよ。いちおう抽選だけれど、そんなに倍率は高くないと思うの」
年明けの新春ライブに行きたいのだそうだ。二人分のチケットを取りたいからパソコンを貸してという彼女のために、トランクの奥からモバイル機器を引っ張り出してきた。わたしが施設に到着したのはわずか三日前で、まだすべての荷解きは終わっていない。二月ぐらいまではここで過ごそうと決めていたので、約二カ月分の生活用品がトランクのなかで混沌を極めている。
「あ、まただわ、すぐセッション切れちゃうのよね」
ゆっくり操作していたから、もう一度最初からやらなくてはならないらしい。はーあ、とため息をついて嫌がる彼女の横で、わたしは苦笑した。画面には「トップにお戻りください」のリンク文字と一緒に、ミュージシャンの動画が流れている。
ふと、動画の右下に表示されているプロデューサー名に見覚えがあることに気が付いた。
「ああ、そのミュージシャンか……待ってくれ、二十年前は、彼、自分で歌っていたんだよ」
今、画面のなかで歌っているのは少女で、聞こえてくるのも伸びるような高音だ。合成音声だろう。でも、彼自身は男性で、そして以前は自分でマイクを取っていた。
「ああ、あった……これだ」
トランクからレコード盤を引き出し、彼女に一度手渡す。たしかこの部屋には汎用プレイヤーが用意されていたはずだ。宿の設備一覧に書いてあった。
「レコードがお好きなの?」
「古いものはなんでも」
「ノスタルジックよね」
正確には、これはレコードそのものではなかった。アナログ記録できるデバイスなんて、マニア向けだとしてもさすがにもう手に入らない。だからこれはただそれっぽく見せているだけのデジタル記録媒体なのだが、それでもなんとなく『レコード』と呼ぶのがしっくりくる。
プレイヤーを開き、レコードを挿入し、針を落とす。カラカラと音が鳴ってから、すこしラジオ風の加工がされた歌声が、部屋の中に響いた。
このキャンドルの明かりがとどく てのひらの内側で きみが世界について語っている つめたい瞳のようにみえたのに わらっているのは世界のほうだったので ぼくは弱者の味方をしようと決めた
改めて聞くと、暗い歌だなという感じがした。クリスマスに聞くような荘厳さもないし、彼女がチケットを取ろうとしている歌手の雰囲気にも少しも似ていない。しかし、彼女は微笑みを浮かべて歌を聞いていた。
「みんなこの曲を聴いてたの?」
「そんなにヒット曲ってわけでもない。今と違って国民のトレースデータが公開されていなかったから、ヒット曲を作るのも難しかったしね。中ぐらいに売れた曲が沢山あったんだ」
「じゃあ、曲を手作りして、実際出してみるまで、みんなが聞いてくれるかどうか分からなかったってこと?」
「その通り」
ひえー、大変ね、と少女が感心したようにレコードの盤面を撫でる。まあ、そうだろう。昔の人はいろいろ大変だったんだ。人間の情緒をクイズみたいに当てさせられたり、遺伝子組み換えに許可が必要だったり、生活以外に金銭のための仕事をしていたり。
「じゃあこの曲を聴きながらケーキを食べる?」
「いや、それは止めよう。きみのために持ってきた、もっともっとクリスマスらしい歌がいっぱいあるんだ。そうだ、その女の子の歌でもいいよ」
「ほんと? 少し聞いてくれる?」
彼女がはしゃいでモバイル端末をプレイヤーに繋ぐ。若者らしいポップソングが部屋のなかを満たしていく。普段ならビジュアルで勝手に自分向けではないと判断して開きもしなかっただろうが、実際聞いてみると結構よかった。歌詞も、あのプロデューサーが書いているのだろう。そう、彼の声というよりは、書く歌詞が一番好きだった。どこか厭世的で、やわらかく、でも光がある。音のなかに光を宿せると信じている人の音楽。
「そろそろケーキを出していい?」
「もちろん」
彼女が両手でホールケーキを抱えてやってくる。まったく、二人で食べきれるはずもないのに。チキンだって食べたあとなのに。
小さな窓辺の円卓に、ケーキとシャンメリーを置く。フォークがないと一通り大騒ぎしてから、念願のフォークを握りしめて椅子に座る。ケーキのうえではトナカイが走っている。
「メリークリスマス」
「メリークリスマス」
12月1日 mee @ryuko
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