第12話 木に登って降りられなくなった猫を助けに登ったら降りられなくなっちゃった女子を助けるラブコメ

緩急かんきゅうの動きを正しくあつかえれば、三次元的な動きは不要なの。そういう意味で、あの子はまだまだね」


「あ、そんな専門的なこと聞いてないです」


「ちなみにあれはアスリートスタイルで玄人くろうと向けだから真似しないように」


「できないし、聞いてないです」


「それにしてもやっぱり新体操部は動きが派手よね」


「新体操部で納得の動きだったけど、聞いていないんです!」


「キンプリ好きで、最近、ナガセくんからヒラノくんに推しを変えたらしいわよ」


「どうでもいいし、聞いてないんですってば!」



 もっと共感性を働かせようよ!


 今、話さなければならないこと他にあるよね!?



「さっき言ったでしょ。積極的にとそうとする奴らがいる。堕とせば、エロいことし放題だからね」


「それが、あそこに並んでいた男子連中ってことですか」


「そう。だから、私達も対応して、あぁやって簡単な護身術を学んだりしているの」


「ほとんどサーカスでしたけどね」



 しかし、この学園にまつわるラブコメの呪いというのは、周知の事実のようだ。昨日から、既に何度か目の当たりにしているが、はっきりいって常識から異なる。


 こんなアホなことを、大真面目にやるなんて。


 うーん、でも、どうだろう。稀久保学園に普通に入学して、ちゃんと説明を受けて、学友がいれば、僕もあそこに並んでいたかもしれない。


 何か、楽しそうだし。こう、悪さを一緒にするって、連帯感を増すよね。



「もしも、あなたがあそこに並んでいたら、後ろから蹴り上げるからね」


「……ナニを、ですか?」



 恐ろしいことを告げられて、僕はすくみあがっていたわけだけれども、今のところ、あの阿呆あほうの列に陳列ちんれつされる予定はないので、気を取り直して、ヴィオラ先輩の横に戻った。



「注意することってあれですか? でも、僕は男ですよ」


「どうして女が並ばないと思うの?」


「おう……」



 ごうが深いな。



「それにあれは注意することの一つよ。まだまだたくさんあるわ。例えば、あれね」



 ヴィオラが指さした先は細い路地だった。意識して見なければ視界に入らないような薄暗い路地に、人の影がある。


 女子生徒だ。


 それと男子が3人。


 座り込む女子生徒を、3人の男子生徒が取り囲んでいる。あれは、まるで、というか、間違いなく――


 襲われている!?



「助けなきゃ!?」


「待ちなさい」


「ぐへっ!」



 僕は後襟うしろえりを引っ張られて、踏まれたカエルのような無様な声をあげてしまった。



「何するんですか! 女の子が襲われているんですよ!」


「いいのよ。あれは演出だから」


「え? 演出?」


「そう。襲われている演出。昨日、説明したわよね。救世主パターンの典型。襲われている女子を助ける。そのための演出。あなたみたいな阿呆な子がからんだら即堕ちよ。気をつけなさい」



 何、その蜘蛛の巣みたいなシステム?


 僕は、地面に座り込む女子生徒を見やる。パッと見、気弱そうで、そんな悪女には見えないけど。



「あの先輩、でも、もしも、本当に襲われていたら?」


「試しにそこで10分くらい見てなさい。一切動かないから。ちなみに、あの子、3ヵ月くらい前から、よくここで見かけるわ。たぶん狩場なのね」


「……行きましょう。遅刻しちゃいます」


「そうね」



 人を信じる心が失われそうだ。いや、そういう意味では、最初にヴィオラ先輩に出会えたことは、僕にとっては幸運だったのだろう。彼女には、僕をだます気はないらしいし。


 まぁ、ちょっとバイオレンスだけど。


 そんなバイオレンス先輩は、学園の校門のところで思い出したように告げる。



「そういえば、言い忘れていたけれど、学園内では、木の近くを歩いちゃだめよ。女子が降ってくるから」


「あの、先輩。もう少し順を追って説明してくれますか? その説明で理解できるのは、ホームズか、どこぞの少年探偵くらいですよ」


「私、本編より劇場版の方が好きなのよね」



 その脱線癖だっせんへきどうにかなりませんか?


 僕が、説明を求めると、ヴィオラ先輩は、面倒そうに話を続けた。



「『猫オチ』っていうラブコメなんだけどね」


「猫?」


「そ。木に登って降りられなくなった猫を助けに登ったら降りられなくなっちゃった女子を助けるラブコメ」


 

 長い。



「あぁ、そういう展開、不自然によくありますよね」


「あぁいう王道ラブコメは確実性が高いから、さっきの交差点パンツみたいに悪用する奴らが多いのよ。ほら、注意深く見てみなさい」



 言われて、僕は空を見上げる。


 校門をくぐってから、校舎に至るまでに続く桜並木。もう4月だというのに、しっかりと花をたくわえて色付いており、見ごたえがある。



「ん?」



 桜の花びら、その合間に、僕は確かに見た。



「人?」



 そう。人、というか、女子生徒が桜の木の枝に足をかけ、下を通る生徒を見下ろしている。


 しかも一人ではない。ほとんどすべての桜の木に、女子生徒がぶらさがっていた。



「何ですか、あれ?」


「言ったでしょ。木に登って降りられなくなった猫を助けに登ったけど降りられなくなった女子よ」


「どんだけ降りられない猫いるんですか!?」



 間抜けすぎるでしょ、その猫たち!



「いや、そんなのさすがにおかしいでしょ。絶対、あの子達、猫を助けに登っていないですよね?」


「猫なら抱えているじゃない」


「え?」



 言われて、僕は、彼女達を注意深く見る。すると、確かに、小脇に何かを抱えている。でも、あれは……



「ぬいぐるみじゃないですか!」


「本物の猫を捕まえるのはたいへんだからね」


「そういう問題なんですか!?」


「前に三味線しゃみせんを抱えている子もいたけど、あれはまじめにやっていたのかしら。それともブラックジョークだったのかしら。どっちだと思う?」


「どっちでもいいですよ!」



 まじめにやっているのかって、それは僕が一番聞きたいことなんですけど! ていうか、え? そんなんでいいの? 



「演出さえできていればいいらしいの。あなたはバカにするかもしれないけど、あの子達は本気だから、気を抜かないことね」


「女子が降ってくる、ですか?」


「そう」


「それは、わかりましたが、でも、わかりません。どうして、彼女達は、そうまでして、男子を堕としたいんですか?」



 男子が女子を堕とそうとするのは、まぁ、わからんでもない。性欲。そこに従ったものだろう。でも、女子は? 女子にも性欲はあるだろうが、誰でもいいとはいかないだろう。


 いや、男子だって誰でもいいわけではないけどさ。



「当然の疑問ね。この学園の事情を知らなければ、だけど。むしろ、その事情を知って、この学園に入学してくる奴もいるくらいなんだけどね」


「事情? 何か、理由があるっていうんですか?」


「それはね、玉の輿よ」

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