部活見学には気をつけろ!

第11話 交差点パンツ

 首をさすりながら、僕は通学路を歩いていた。


 寝違ねちがえたわけではない。昨日のヴィオラ先輩のグーパンチが、まだ効いているのだ。


 殴られた頬にれはない。あれだけ思いっきり殴られたら、青あざの一つでもできそうなものだが、何でも、この稀久保学園では、ラブコメに絡むイベントでは怪我をしにくいらしい。


 昨日のグーパンチは、パンチラへの制裁ということで、ラブコメ的ととらえられたらしい。いや、いったいどこの誰の判断かはわからないけれど。ラブコメの神様とか? 呪いなのだから、悪魔の方かな?


 そんなのはどちらでもいいのだけれど、いくら怪我が残らないとはいえ、グーパンチされたという事実は変わらない。殴られてから、違和感があって、僕は、何度も首を擦っていた。



「あら、早かったわね」



 そんな僕の苦悩を知ってか知らずにか、ヴィオラ先輩は、今朝からその美貌びぼうを宝石のように輝かせて、かるく微笑んだ。



「おはようございます。待たせてしまいましたか?」


「えぇ、5分待ったわ。つまり、さっきの、早かったわね、は皮肉よ」



 そういうのって口に出さないもんじゃない?


 ヴィオラ先輩の言葉からわかるように、登校時に、僕達は待ち合わせをしていた。


 こんな美人な先輩と、朝から一緒に登校できるなんて、僕の高校生活ってすごい薔薇色ばらいろなんじゃない? と錯覚さっかくしてしまいそうなシチュエーションであるが、ヴィオラ先輩と僕の間に恋愛感情はいっさいない。


 僕の方に下心があるかどうかという問いは全力でスルーするとして、今、ここにあるのは、共通の目標。


 このラブコメ学園をとされずに卒業すること。


 ヴィオラ先輩が。


 うん。


 やっぱり、すごい一方的な契約だよな、これ。


 僕の方は一早くこの学園の状況とルール、それから対処方法を学ぶことができるという利点はあるのだけれども、いささか不公平感はいなめない。


 とはいっても、昨日の状況では断るのは無理だったとも思うので、さほど自分を責める気にもなれないけど。


 パンツも見ちゃったし。


 ヴィオラ先輩のスカートの下に広がるスカイブルーを思い出していると、彼女は、スッとスカートを抑えた。



「そんな顔しても今日は見せてあげないわよ」


「そ、そんな顔って何ですか? 僕は、先輩のパンツのことなんてほんの一欠片ひとかけらだって考えていませんよ?」


「語るに落ちているわよ」



 ヴィオラ先輩は、僕の頬をぎゅっとつねって、もう、とやや怒った吐息をらしてから、先に歩き始めた。



「あなたがそんな調子だと困るの。いつ、私のことを堕とそうとしてくるか、と気が気じゃないわ」


「すいません」


「別にエッチなことを考えるなとは言ってないわ。男子って、四六時中エッチなことを考えていないと死んじゃう病気なんでしょ?」



 それは極論過ぎない?


 まぁ、正面切って否定はしにくいんだけど。



「だから、エッチな本を読むのもエッチな動画見るのもどこぞの生徒でエッチな妄想をするのもあなたの勝手だけど、私だけはやめてねって言っているの。わかる?」


「……努力します」



 完全な拒絶。


 別に嫌っているわけではないのだろう。これは、僕とヴィオラ先輩の契約を完遂かんすいするために必要なこと。


 しかしながら、身近な美人さんでエッチな妄想をすることは、モテない男子の最後のオアシスというか、どうせ付き合えないんだからこれくらいは許してほしいところなんだけど。


 いや、僕はしないよ?


 しないけどさぁ、なんていうかさぁ。



「わかったならいいわ。一応、信用する。で、今日から一緒に登校するわけだけど、注意点がいくつかあるから、ちゃんと覚えてね」



 先にも述べたが、一緒に登校するのは、好き合っているからではない。


 堕とされないため。


 何でも男女で一緒にいると他の奴からのラブコメに巻き込まれにくいらしい。ただ、その男女間でラブコメが発生する恐れはあるが。


 それでも、、とヴィオラ先輩は説明する。



「まぁ、細かいことはおいおい話すとして、いちばん気を付けないといけないのは、交差点ね。絶対に飛び出してはいけないわ」



 ヴィオラ先輩は、小学生向けの交通安全教室みたいなことを言い出した。



「交差点でぶつかってパンツ覗かれちゃうラブコメ、通称『交差点パンツ』は、即堕ちはしないけど、ぶかられた方が確実にフェーズ1に進行しちゃうラブコメだから、すごい危険なの」



 パターン名はスルーしよう。



「それは身をもって体験しましたよ」


「被害を受けたのは私だけどね」



 でも、とヴィオラ先輩は続ける。



「まだ、あなたはこの『交差点パンツ』の恐ろしさをわかってないわ。この簡単に起こせるラブコメは、積極的に堕とそうとする奴にとっては、都合がいいのよ」



 そう言ってから、ヴィオラ先輩は、先の交差点を指さした。



「見なさい」


「……何ですか? あれ?」



 そこにいたのはである。ちょうど交差点にさしかかるところで、男子共が100メートル走選手のように意気込んで構えて並んでる。


 

「来るわよ」


「何が?」



 現れたの一人の女子生徒。男子の並びの前を横切るように、女子生徒が交差点にさしかかる。


 ダッシュで。


 え?


 彼女は、凄まじい速度で、交差点に差しかかった。それこそ、先ほどのヴィオラ先輩の教えをぶっちぎって無視して、交差点をぶっちぎった。


 いったい何が?


 僕が混乱している一方で、男子が一斉に動いた。


 のである。いや、交差点ではない。彼らの視線の先にあるのは、突っ走る女子生徒だ。



「「「パンツ見せろ!!」」」



 最低な怒号である。


 男子の最もみにくいところにある性欲を集めてねて煮詰めたような汚らしい声。しかし、その声を、女子生徒はかいくぐる。


 文字通り、かいくぐる。


 僕は目を疑った。真横から発射される魚雷のような男子の突撃を、女子生徒は、全力ダッシュしながらも、ときに止まり、ときに反らし、ときにねて、まるで人魚のように軽やかにかわしきった。


 もはや尾ひれまで見えてきそうなほど、華麗かれいな泳ぎを見せた後、女子生徒は交差路を抜ける。


 そのまま、彼女は、学園の方へと駆けて行った。



「あの、あれは……?」



 あまりの光景に、僕が、あわあわと口をふるわせていると、ヴィオラ先輩は、ふふと笑みを漏らした。



「さすがのあなたでもパンツ見えなかったでしょ?」



 ……言いたいことはたくさんあるんですけど、とりあえず、人をパンチラマスターみたいに言うのやめてもらえます?

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