第9話 通称、ラブコメの呪い

 聞き返す僕に、ヴィオラ先輩は、何一つ表情を変えず、もはや言葉も変えず、ただ繰り返した。



「ラブコメよ」


「先輩、冗談は冗談の顔で言ってくださいよ?」


「誰が初対面の男子の家に、わざわざ冗談を言いに来るっていうの?」



 確かに、でも。



「ラブコメって?」


「ラブコメディ。恋愛をテーマとしてあつかった喜劇のこと。マンガやアニメ、ラノベで多く見られるジャンル。学校を舞台とするものが多く、やや突飛とっぴな設定のものもあれば、日常を描くものもある。ラブとコメディの割合に特に決まりはなく、やや曖昧あいまいな概念ね」


「いや、そんなウィキなんとかみたいなことが聞きたいのではなく」


「私は、日常的なものが好きね。のんびりと愛をはぐくむ様子こそ素敵だと思うの」


「いや、先輩の趣向を聞きたいのでもなく」


「ラブとコメディが8対2の割合がベストだと思うのよ。コメディはスパイスくらいでいいわ。ほら、カレーライスもルーはちょい乗せくらいがちょうどいいでしょ?」


「僕はライス見えなくなるくらい乗せる派ですけど、そんな話が聞きたいのではなく!」



 この学園の生徒、本当に話聞かないんだけど! 伝統なんですか? それともこれも呪いなの?



「あなた、ラブコメ作品は読む?」


「まぁ、たしなむ程度には」


「不思議に思ったことはない?」


「何をですか?」


「ラブコメ作品に出てくる登場人物達は、どうしてって」


「!?」



 それは、作品にる気もするけれど、誰でも一度は思うことなのではないだろうか。


 平々凡々なスペックの主人公が、なぜ美少女、美少年達にモテまくるのだろうかと。


 でも、それって言わないお約束なのでは?


 ほら、ラブしてコメしなくちゃいけないから、主人公がモテないとお話が始まらないし。そのあたりは主人公補正ということで、皆、納得しているのではなかろうか。


 そんなかんじのことを僕が説明すると、ヴィオラ先輩は、かるく首を振って、人差し指を口元に立てた。



「あれはね、よ」



 こいつ、何言ってんだ?


 なんでもかんでも妖怪のせいにするウォッチ的な小学生じゃないんだから、すべて呪いのせいだってのは、いくらなんでも幼稚では?



「今、私のことをバカだとか思ったでしょ?」


「いえ、幼稚だとは思いましたけど」


「いい度胸しているわね」



 やば、口がすべった。



「まぁ、気持ちはわかるけど、まじめに聞きなさい。あれはね、ラブコメすると、恋に落ちてしまう呪いなの。だから、ラブコメ作品では、何の脈絡も布石もなく恋に落ちるのよ」


「はぁ、で、それが、何の……」



 あれ? そんな展開をどこかで……。



「まさか!?」


「気づいたみたいね。そうよ。呪いが発症する条件はラブコメすること。稀久保学園で、ラブコメ展開を繰り広げると、その思いを捻じ曲げられて恋に落ちてしまう。そういう呪いなの」


 

 正直、すんなり納得はできない。

 

 ありえない話。


 けれども、このとき、僕の中で、今朝からの一連の奇行、言動が、パラパラとパズルのピースがはまるように、整っていった。


 

「通称、ラブコメの呪い」



 ……やっぱりあほみたいなんだよな、響きが。



「でも、それじゃ、ラブコメ展開、ですか? そういう状況におちいらないようにすればいいのでは?」


「そうならないように努めている子達が大半よ。ただ、稀久保学園では、ラブコメ展開が起きやすくなっている。だから、いくら気を付けていてもラブコメっちゃうことはあるの」



 今朝みたいに。



「じゃ、ヴィオラ先輩も呪いに?」


「あの程度じゃ、呪いにはかからないわ。呪いにもフェーズがあるのよ。ただ、。このままだといつ私がちるかわかったものではないわ」



 ヴィオラ先輩は、そう告げて、かるくため息をついた。そのため息は落胆らくたんによるものだと思ったが、どちらかというと一仕事終えたといった様子だった。


 そこに違和感を覚えた。


 いや、実のところ、ずっと前から疑問に思っていた。この状況への違和感。今日の一連の出来事に説明がつき始めたからこそ、生じる疑問。


 

「ヴィオラ先輩は、それを僕に説明するために、んですか?」


「うふふ、あなた、とぼけたかんじなのに、妙に鋭いわね。トラモリだっけ、名前?」



 そう告げて、ヴィオラ先輩は、なまめかしく微笑ほほえみ、



「もちろん違うわ、トラモリ。ここまではただの親切。ここに来た目的は別。私が来た目的はね」



 ゆっくりと足を組み替えた。



「あなたを堕としに来たの」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る