第8話 この学園は呪われているの

「この学園は呪われているの」



 ヴィオラ先輩は、揺れる双眸そうぼうあおい光を僕に向けたまま、至極しごくまじめに、そんなことをのたまった。


 呪い。


 日本古来、いや、世界中にある強い負の念である。相手に対する恨みつらみを重ねに重ねて、怨念おんねんと化して、ただひたすらに不幸を願うというもの。


 強ければ、相手を殺してしまうほどで、古今東西、いろんなところで呪いによって不幸になった伝承がある。


 ただ、これらは伝承であり、伝説であり、言い伝えであり、つまるところ迷信である。実際に念じるだけで、誰かが不幸になったりしないし、死んだりしない。


 そんな空想染みた言葉を、ヴィオラ先輩は臆面おくめんもなく発するのだった。



「のろ、ごほ! い、ごほほほ! 辛! なんて、ごほほごほごほごほ!」


「だ、大丈夫?」



 僕は口の中に広がるカプサイシンの猛攻撃に必死に耐えていた。


 あぁ、もう、辛い! 辛いっていうか、痛い!


 食べるんじゃなかったよ、もう! 誰だよ、唐辛子食べようなんて考えたの! 僕だよ!


 やるせない気持ちになりつつも、僕は涙をぬぐって、ヴィオラ先輩の話をうながした。



「大丈夫、ですから。話を進めてください。さっきから、話が、進まないじゃないですか」


「主に、あなたのせいだと思うのだけれど」



 不服そうなヴィオラ先輩であったが、指を組んで膝の上に乗せつつ、話を再開した。



「呪いなんて信じられない。おそらく、あなたはそう言いたかったのでしょうけど、それは今日の出来事を思い出しても同じことが言えるかしら?」


「!?」



 反論しようとして、僕は、言葉を失う。今日の出来事、今朝からの奇行、不思議の連続、それらのすべてに理由をつけようとすれば、確かに、呪いなんて、突飛な話になってもおかしくない。


 おかしく、ないけど。



「僕をからかっているんですか?」


「どうして?」


「そういうオカルトは嫌いじゃないですけど、さすがにこの歳になって呪いなんて信じませんよ」


「ふふふ」


「何がおかしいんですか?」


「いえ、その反応、新鮮だと思って。普通そうよね。でも、これではっきりしたわ」



 ヴィオラ先輩は、その長い人差し指を僕の方に向けた。



「あなた、入学前の学園見学に来ていないでしょ」


「? あ、はい。入学が決まったのが直前だったので、引っ越して来たのも昨日ですし」


「そういうことね。これで、そのうすらとぼけた態度にも納得だわ」



 うすら惚けた?



「どういうことですか?」


「新入生は、入学前に、稀久保学園の呪いについて説明を受けるの。まぁ、大方の生徒は、そんな説明を受けずとも、事前に知らされているけどね。ただ、いくら聞かされても、実際にはあなたみたいに呪いなんて信じられないもの。でも、を見れば、みんな、信じざるを得ない」


「あれ?」


更生施設こうせいしせつ



 その言葉には聞き覚えがあった。



「まぁ、そう呼ぶのはまじめな連中だけで、生徒はみんな刑務所プリズンと呼ぶけどね」



 つい、最近、いや、ほんの少し前、踊り場にて、眼鏡先輩から聞かされた言葉。



「あなたも見たでしょ。刑務所に送られていった、あの見るも無残な堕落者を」



 袋詰めにされてかつがれていった先輩の姿。確かに、奇妙に思った。今日の出来事の中で、最も狂っていたかもしれない。彼女の豹変ひょうへんぶりは、確かに……



「ちょっと待ってください。更生施設? 刑務所? ということは、?」


「察しがいいわね。そうよ。稀久保学園では、ある条件を満たすと、呪いが発症する。いかなる生徒も例外なじゃない。例外なく」



 例外なく――



「発情する」



 発情する。


 ……発情する?



「……え?」



 発情する?



「発情するの」


「あ、いえ、聞こえましたけど、発情する?」


「そう特定の相手に対して、強制的に恋をして、愛して、その身のすべてを授けて、エロいことをしてしまいたくなるの」


「……はぁ」



 何だろう。


 思ってたのと違うな。いや、違わないんだけど、あの茶髪先輩の奇行を思い返せばなるほどなんだけど、呪いというからには、もっと恐ろしいものを予想していたものだから。


 拍子抜ひょうしぬけというか。



「まぁ、刑務所を見ていないと、この呪いの怖さを理解できないかもね。思いをじ曲げられるということがいかにむごたらしいことか」



 僕の表情を察したかのように、ヴィオラ先輩は付け足した。


 そうして、少しだけ理解する。自分の思いとは関係なく、別の人を好きになってしまう。あの茶髪先輩が、長身男子のことを本気で好きだったかはわからない。でも、その思いは僕への好意へと捻じ曲げられた。


 人の気持ちを踏みにじる呪い。


 確かに、たちが悪い。



「それで、その呪いにかかる条件って何なんですか? あの茶髪先輩は、その条件を満たしてしまったってことですから、階段から落ちること、とかですか?」


よ」


「はい?」

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