第6話 あなた、いつまで私のパンツを覗いているの?

 この学園は、常に僕に謎を突き付けてくる。


 今もそうだ。


 茶髪先輩を助けようとして階段から落ちたら、その子がなぜか半裸はんら痴女ちじょ変貌へんぼうして、僕を押し倒してきた。さらに、そこに突如とつじょ現れた眼鏡女子、いや、スカーフの色から見て、眼鏡先輩というべきだが、そのがわけのわからない質問を投げかけてくる。



 受諾アクセプトしますか? それとも拒絶リジェクトしますか?



 何を?


 と思うのは自然なことだろう。今、この状況下で、受け入れるかこばむか悩むものとは何なのか。


 茶髪先輩?


 彼女の愛を受け入れるかどうかということ?


 仮にそうだったとして、それをどうして突然やってきた眼鏡先輩に宣言しなければならないのだろうか。


 神父さんか何かなの?


 いや、神父だったとしても、さして感想は変わらないけれど。


 僕が追いつかない思考に、早く来て! がんばって! と一生懸命に声をかけていると、眼鏡先輩は、はぁ、とため息をついた。



「早く答えてくれませんか? 私も暇じゃないんです」


「あの、僕、状況がわかっていなくて」


「ん? あぁ、あなた、新入生ですね。入学していきなり先輩をとすなんていい度胸してます。でも、堕としたんだったら、責任を取りなさい」


「いや、だから意味がわからなくて」


「はっきりしなさい。そうしないと、そこの堕落者だらくしゃがヤり始めちゃいますよ。それとも、答えないということは、受諾ということでいいのかしら?」



 何だ?


 僕は、いったい何を求められているんだ?


 ただ、階段から落ちそうになっていた女子生徒をかばっただけなのに。その責任をとれって言われても、どう反応していいのかわからない。


 どう、しよう。


 ついに僕の脳みそは、思考をめたようだった。そもそも性能がよくないのに、今日はずっとフル回転だったのだ。もう限界だったのだろう。


 どうしよう。


 という言葉だけが、脳内をループしており、出口のない迷路を延々と彷徨さまよっていた。そのまま、完全に思考がストップした状態におちいりかけたときだった。



「拒絶よ」



 りんとした声が、この場に答えを出した。


 階段を降りてきたのは、一人の少女。いや、美少女と言うべきだろう。ダークブラウンの髪をさらりと流し、その藍色の瞳が、こちらを見据みすえている。


 そして、見覚えのある。位置的に丸見えであるにも関わらず、彼女は、スカートをはらりとひらめかせた。



「まったく。いつまでっても来ないから、迎えに来てみれば、別の女を堕としているなんて」



 何だか、すごい遊び人みたいな言われようである。


 しかし、助かった、のだろうか。美少女先輩が、助けに入ってくれたようだ。いや、この先輩も信用ならないんだけど、少なくとも僕よりは、現状を理解しているはず。


 その美少女先輩に、眼鏡先輩は怪訝けげんそうな目を向ける。



「あなたの意見は聞いてません。堕としたのは、この1年生なのだから、この子に意思決定してもらわないと」


「それなら大丈夫よ。そいつも同じことを考えているはずだから。そうよね?」



 なかば強制的な口調で美少女先輩は、僕をぎろりとにらんできた。正直、不安もあったが、もうわらにもすがる思いで、僕は首を大きく縦に振った。


 不満そうな顔をしつつも、眼鏡先輩は、一つ息を吐いた。



「それでは拒絶の意思を確認しましたので、彼女を更生施設プリズン送りとします。身元の確認は、後にしますか。早く、引きはがさないと、1年生がヤられちゃいますね」



 そんな不穏なことを平然と述べつつ、眼鏡先輩は指示を出す。すると、どこからともなくやってきた生徒達が、僕に馬乗りになっていた茶髪先輩をつかまえた。



「やめて! 私は、今からこの子と一つになるの!」



 そんな茶髪先輩の戯言ざれごとはガン無視されて、口はタオルで防がれ、大きな布で裸体をおおわれて、そのままなわしばられ、かつがれた。



「男子に見せたり、触らせたりしないように気を付けてくださいね。連行中に堕落者を出して、仕事を増やさないでくださいよ」


「「はい!」」



 統制のとれた女子生徒達の返事の後に、茶髪先輩は、またたく間にどこかへ連行されていった。

 

 一仕事終えたといわんばかりに、眼鏡先輩は腰に手を当てて、肩から力を抜く。そして、美少女先輩の方に視線を送った。



「意外ですね。あなたが介入してくるなんて」


「いろいろと事情があるのよ」


青田刈あおたがりは感心しませんが」


「そういうんじゃないって」


「まぁ、くれぐれも気を付けてくださいね。ミイラ取りがミイラになるなんて、この学園では笑い話にもなりません」



 彼女のように、と連行された茶髪先輩の方を、眼鏡先輩はあごで示唆した。


 美少女先輩は、苦笑いして、



「ご忠告ありがと」



 と返した。


 そして、眼鏡先輩は、続けて僕の方に冷めた視線を向けた。



「あなたも軽率けいそつなラブコメ行為はつつしむように。この学園に入学したからには、という気持ちはわかりますが、やるからには覚悟をもってのぞんでください。はオオカミ行為と同じくらいむべき所業しょぎょうです。事前講習で教わったでしょ」


「……はい」



 何か知らんけど、すっごい怒られた。


 僕がわるい、という指摘に対して、ものすごく納得いかないんだけど、この眼鏡先輩の視線がめちゃくちゃ怖いので、おとなしくうなずいておく。


 眼鏡先輩は、僕を注意したことでタスクを処理し終えたようで、階段をかつかつと降りて行った。


 先ほどまで何やら騒がしかったのに、いつの間にか皆どこかへ去ってしまっており、残されたのは踊り場に転がされている僕と、仁王立ちして悠然ゆうぜんとパンチラしている美少女先輩だけだった。


 なんならパンチラ先輩と呼称こしょうしてしまってもいいくらいに、今日、僕はこの先輩のパンツをおがませてもらっている。いや、だからってパンチラ先輩と呼ぶ必要はないのだけれど。


 

「あなた、いつまで私のパンツをのぞいているの?」



 あ、バレてた。



「すいません! その、いろんなことがあり過ぎて、ぼーっとしてしまっていて」


「へぇ、ぼーっとすると私のパンツを覗いちゃうんだ」



 うん、これは言い訳できない。


 どうしたら一番怒らせないでいられるだろうと僕があたふた考えていると、美少女先輩は、はぁ、とため息をついた。



「まぁいいわ。とりあえず、ここを移動するわよ。邪魔じゃまが入ると面倒だから」



 そう言って、美少女先輩は、僕の手をつかんで立たせて引いて、階段をすたすたと降りて行った。



「あの、どこに行くんですか?」


「どこって、人目の少ない場所よ。空き教室か、体育倉庫か、校舎裏か」



 あれ? あんまり状況変わってなくない?


 僕が不安をつのらせていると、美少女先輩は、そうね、と右上の方を向いてから、悪戯いたずらっぽく笑みを含めて言った。



「あなたの家とか、どうかしら?」

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